5歳

第20話 桜の木の満開の下。

 青空に、桜の花が満開だ。

 緑に覆われたなだらかな斜面を、子どもたちが歓声を上げて駆け下りていく。

 その背中を眺めながら、私たちは木陰にレジャーシートを敷いた。

「だいぶ大きくなってきたねえ」

「楽しみだわあー。それで、どっちなのー?」

「うふふ。実はね、聞いてないんだ。出てきてからのお楽しみ〜!」

 日奈子さんは、ぽんと大きなおなかを撫でた。

「え、じゃあ着るものとか揃えられないんじゃない?」

「新生児なんて男も女も一緒でしょー?けいたろうのお古よ!お古!」

「お下がりかー。そこはお金かからなくていいのね、下の子って」

 そういえば自分も、小さい頃は結構兄さんのお古着てたなー、なんて思い出す。

「もし女の子だったら、夢のお下がり譲るわー」

「ありがとう。もうおむつの替え方とか忘れちゃったわよ。だいじょうぶかなぁ?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、思い出すもんよー」

 夕子さんがのんびりした口調で言うと、ほんとにだいじょうぶな気がしてくるから不思議だ。

「でもまたあの眠れない日々がやってくるのか……そう思うと、楽しみなような、怖いような」

 日奈子さんがぶるぶるっと震える。

「たしかに!ちっちゃい頃ってすっごい疲れるよね!気が休まんないっていうか、緊張感やばかったな」

 私はソラタの赤ん坊の頃を思い返して言った。ソラタはよく眠る方だったけど、それでも一晩に3回はおむつ替えて、2回はおっぱいあげてた。そう考えたら、最近ほんとラクだなぁ。

 眠れない新生児期、一歳の離乳食は毎回ぶん投げられ、二歳は魔のイヤイヤ期……。

 思いを馳せながら、ちょっと離れたジャングルジムによじ登るソラタを眺める。

 公園に来たって、ちょっと前まではソラタを始終追いかけ回したり、砂場で遊んでやったり、ジャングルジムの下でハラハラしながらお尻を支えてあげたりしてたのに……。

 今はもう子ども同士で楽しく遊んでる。

 私は危ないことしていないか監視しながら、こうしてママ友とおしゃべりしてるだけでいいなんて。

 子育て、最初は大変だけど、どんどんラクになってくよ、って言ってた先輩ママがいたけど、ほんとだなー。

「そういえば、夕子さんちは女の子、二人だったよね。同性だとお下がりできるの?」

「うーん、でもねぇ、おそろいにしたいとか言って、結局買っちゃうのよねー」

「夢ちゃんのお姉ちゃん、笑子ちゃんだっけ?二人並んでるとほんとかわいらしいよね。あー、女の子いいなー!男なんてどうせすぐにでっかくなって、ババアとか言われちゃうのよ?」

 日奈子さんが嘆く。

「あ、うちねぇ、一番上にでっかい兄がいるのよー」

「えっ!」

「え、え、だって夕子さん、私より若いのに!」

 日奈子さんが叫ぶ。あ、そうなんだやっぱり、と私は心のなかで納得したりして。

「ヒカルさんはー?」

「え、歳?」

「そうじゃないわよお。やだー」

 夕子さんがおかしそうに笑う。

 あ、もしかして、二人目トークかな?「そろそろ二人目、考えてる?」ってやつ。

「いや、あの、うちほらアレだから……」

 私はごにょごにょと語尾を濁す。

 離婚してるって、ちゃんと話してないけど、この二人はなんとなく気付いてると思ってたんだけどなー……。

「だからー、さ・い・こ・ん、とか?」

「あ、そうだよね!ヒカルさん若いもん、全然いけちゃうでしょ!」

 って、え、そっちー!?

 どストレートすぎるでしょ!!

「あー、いやー……今は、まだちょっと〜〜あははー……」

 もう笑ってごまかすしかない。

「いい人、いないの?」

 ずいっと乗り出す日奈子さん。

「でも、子育てしてると出会いがねぇー。なんかないかしらねー」

 真剣に考え出す夕子さん。

 ……って、全然ごまかせてないし!

「はあ、再婚か。正直、まったく考えてなかったわ……」

「もったいないっ!」

 二人の声が揃った。

 ひー!

「だってまだ二十代でしょー?これからじゃなーい!」

「私が結婚したときより若いわよ!?」

「いやあの、そうね、誰かいたら、考えるけど、今んとこほんとに出会いも何もなくて……あ!ソラタ!ソラタ帽子忘れてる!ちょっとかぶせてくるわ!」

 私は逃げるようにソラタの帽子をひっつかんで、ジャングルジムへと走った。


 そっか。再婚か。

 正直、全然考えてなかった。

 ほんと毎日、ソラタのことで頭がいっぱいで。

 私は一人でソラタを育てるんだと思ってた。そう思い込んでた。

 でも……。

 そうか。再婚したら、パパのいる家庭になるのか。

 広がる青空の下、私は走りながら、一瞬目をつぶって想像してみた。

「うーん、想像……できないなー」

 がくん。

「ひゃっ!?」


「あぶなーい!ソラタくん!」

 広がる青空。

 夢ちゃんの声。

 私はジャングルジムのてっぺんで、ずり落ちそうになりながら、すんでのところで鉄の棒を掴んでいた。

 そして遥か向こうには、芝生の上ですっ転んでる私。

(おいおい、またこのパターンかいっ!)

 すっ転んだ「私」……つまり入れ替わったソラタは、むくりと起き上がって、きょろきょろしている。

 ほっ。どうやら怪我はないみたい。

「よしっ」

 私はジャングルジムのてっぺんで、仁王立ちに体勢を立て直す。

「今日の目標、迷子にならない!」

 夢ちゃんとけいたろうくんが、きょとんとして私を見上げていた。

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