第18話 高2 後編
「河合海斗……マジでいたのか」
数時間後、駅前のマクドナルトでてりやきバーガーセットのトレイを持ったあたしは、四人席にどっかりと座ってイヤホンして本読んでる河合海斗をまじまじと見下ろしていた。
「あ、ようやく来たのね。遅いよ」
かたっぽだけイヤホンを外して、河合海斗が言った。
「うるせえ。部活だよ」
「ウソつけ。早瀬、部活入ってないでしょ」
「……なんで知ってんだ。きめーな」
「普通、知ってるだろ。クラスメイトの部活ぐらい」
「フツー知らねーよ。あんたはどーなのよ」
「部活?やってないよ。興味ないし」
「興味ないって……」
ゆってることとゆってることが。ほんと掴めねーな、こいつ。
「はい、問題集」
向かいに座った私に、河合海斗は分厚い本を投げてきた。
「何、これ」
「だから問題集。これ問いてって」
「あんたの?」
「ああ、俺、ひと通りやっちゃって、もう使わないから。ちなみにソレ、高1の復習」
いちいちムカつくヤツだな、と舌打ちしながら、結局あたしはその問題集を端から解いていった。
解けない問題は河合海斗が解説してくれる。これがまた、こいつ教師にでもなったらいいんじゃないかってくらい、教えんのがうまい。これが兄貴に聞こうもんなら「こんなのもわかんないのか」とか余計な一言付きでわけわかんない説明始めるのに、河合海斗はそんなこと絶対言わないし、説明もわかりやすい。なんていうか、こっちが何がわかんないのか、全部わかってるみたいな。
「問題が解けるようになると、勉強も割と進められちゃうでしょ?」
河合海斗が言った。
「……うん」
あたしは無難にそう答えたけど、ほんとは違う。
河合海斗に教えてもらうのが、楽しくなってきたんだ。
「受験するぅ?いきなり、どういうことだ!?」
「ヒカル、ちゃんと説明しなさい!よく考えたの?」
三年の進路調査に志望校が書かれているのを見た親は、久しぶりにあたしに面と向かって喋った。ほんと、超久しぶり。が、この怒号。なんなの。
「もう、うるさいなぁ!いいじゃん、受験して何か悪いのかよ?勉強しろしろって散々言ってたじゃね―か!」
「散々言っても勉強してこなかっただろうが!だいたい今からやって、入れる大学なんてあるのか!?」
「はいはい、どうせバカですよっ!」
バン!と音を立ててダイニングのドアを閉める。
ああ、いつもこうだ。どうしてあたしは親と普通に話せないんだろう。絶対、怒鳴り合って終わる羽目になる。
「もう……やだよ」
伝わらない気持ちが、目尻から涙になって滲み出る。
「ヒカルちゃん、ミカン食べる?」
ばーちゃんが、和室の戸をちょこっと開いて、手招きしている。
あたしはこくんとうなずいて和室に入ると、こたつにもぐりこんだ。
「お勉強、してるのかい?」
「うん、一応」
「えらいねぇー」
「……えらくなんかない」
えらいのは、アイツだ。
あたしは、なんとなく、ほんとに世間話のつもりで、河合海斗に勉強を教えてもらってることを話した。
するとばーちゃんは、感心したように言った。
「ヒカルちゃんも、男の子に恋する歳になったんだねぇ」
「やめてよ。マジ、そんなんじゃねーって。アイツが何考えてこんなことしてくれんのかも、全っ然わかんねーし」
ばーちゃんはふふふっと笑った。
「魔法をかけてあげる。ここ一番、大事なときに、相手の気持ちがわかる魔法よ」
そしてばーちゃんは、あたしの頭の上を、両手で包むようにした。ちょうど帽子みたいに。
「それから、自分の気持ちもね」
ばーちゃんはそう言って、ぱちくりとウィンクした。
ばーちゃんの乾いた手の平の温度が、じんわりと頭を包み込んで、あたしはなんだか気持ちよくなって目を閉じた。
「大人になるとね、ほんとうに大切で、ときに最も重要な気持ちほど、わからなくなるものだからね」
「……ふうん」
ばーちゃんの言ってることは、時々難しい。でも、その声はふんわりと私を包んだ。いつだって。
それはいつまでも続くんだと思っていた。
だってあたしはまだ子どもだったから。
ばーちゃんがいなくなるなんて、もう二度と会えなくなるなんて、思ってもいなかったんだ。
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