番外編 ヒカル
第17話 高2 前編
河合海斗は変なやつだ。
成績はいつも上位グループ内、でも塾に行ったり勉強したりしている様子はなく、いつもクラスメイトとつるんではくだらない遊びをしている。親はどっかの会社の重役だとかなんだとか。ヘラヘラしてるようだけど、時々すっごい冷めたこと言う。みんな気付いてないけど、あたしはアイツはサイコパスなんじゃねえかって密かに思ってる。
一方あたしは、クラスではちょっと浮いた存在。生徒の九割九分が進学する進学校で、二年のアタマに「あたし、進学やめた」って言い放ったせいだ。
理由は色々あるんだけど、まあ一番は家族かな。
あたし、すんげー賢い兄貴がいてさ。超ユーメーな大学に行ったわけ。日本全国、誰でも名前知ってるようなね。
あたしはいつもいつも比べられて、イヤーな思いしたわよ。あたしはいつだって「残念な子」扱い。おかげで中学んときはちょっとヤンチャな友達とつるんだりしてさ。まあ楽しかったけど、遊びすぎたツケって回ってくるもんで、高校受験のときはマジ吐くかと思った。なんとか兄貴より3ランクくらい下の進学校に滑り込んだけどさ。デキの良い兄貴なんて持つもんじゃないね、ほんと。
その兄貴がさ、就職して一年で鬱ったのよ。
もう、びっくりよ。まあそれでもあたしは「へー」くらいだったけど、親はね。ひでえもんだよ。慌てふためいて色んな病院やらカウンセラーやら回って、講演会とか聞きに行って。もうちょっと放置したら宗教にでも入りそうな勢いだなってくらいよ。
両親はもうあたしのことなんて、いないも同然だったんじゃないかな。家に帰ってもチチオヤもハハオヤもいたりいなかったり。夜遅く帰ってきたかと思えばどうしてこうなったんだって言い争うか、それぞれ暗ーい顔して自分の部屋に閉じこもるか。ボケかけたばーちゃんだけが、あたしのメシの心配してくれてた。
ある日、疲れ果てたチチオヤがあたしに言ったの。
「お前、大学どうするんだ?まあ兄さんと同じ大学は無理だろうけどな。せめて人並みの人生送ってくれよ?」
人並みって。すげー発言だなおい。あたしのこと何だと思ってたの?いや、知ってるけど。あんたの中では、兄貴だけしか認めてなくて、あたしはいつだってそれ以下の「何か」でしかないってね。
ってかその「人並み(以上)」を目指した行く末が、今の兄貴だろ?
ほんっとわかってない。そして一生、わかんないんだろーな。
そんで、なんかやる気なくしちゃったんだよね。元々そんなに勉強好きなわけじゃねーし。いいトコ就職したいとも思ってね―しな。
これでソコソコの大学に入ったって、あのオヤは喜んだりしないだろーし。
なんか、なんもかんも、無駄じゃね?って。
あれ。あたしの話ばっかになっちゃった。
そうそう、河合海斗。
そんな家でも学校でもちょっと残念なあたしとは、多分一生縁のないタイプ。
そいつがさ。なんでかあたしに絡んできたんだ。
あのさ、校舎の端っこに……ピロティってわかる?建物の一階がなくって、二階の床がそのまま屋根になってる、変な空間。うちのガッコの校舎の端っこが、そのピロティになってるんだけど。
「進学やめた」宣言のあと、受験勉強ばっかの授業に出る気なくしてさ。そのピロティに入り浸ってたわけ。先生もハレモノに触るみたいな感じで何も言ってこないしね。よくドラマとかだと不良は屋上に行くもんだけど、残念ながらウチのガッコ、屋上って行けないんだよねー。端っこすぎて、ピロティには生徒は誰も来ない。せいぜい雨の日の放課後にテニス部が壁打ちしてたり、バスケ部の一年が体育館に入り切らずにパス練してたり、そんなもん。そんなわけであたしは、授業中は優雅に端っこぐらしを決め込んでたわけ。バスケ部一年の忘れ物の、すっかり表の皮が剥げたボールを転がしたりしながらね。
ピロティからは、いつも閉まってる裏門が見えるのね。裏門ってか、ただのフェンスにドアが付いてるだけのところなんだけど。
とにかく、そっから河合海斗が入ってきたんだ。
「おう」
河合海斗はあたしに気付いて、短く言った。
「おす。つか、なんでこっから来んの?」
「だって正門閉まってんじゃん」
「当たり前じゃん。今何時だと思ってんの」
「お前こそ、こんなとこにいるくせにな」
河合海斗はそう言って笑った。
「お前さ、受験しないの?」
「しねーよ」
あたしは投げやりに答えた。
「なんで?」
「しても誰も喜ばねーし」
「何、誰かに褒めてもらわないとできない子ちゃん?」
「うるっさいわねぇ」
そういうお前は空気読めない子ちゃんかよ。受験しねーのかとか真正面から聞いてくるやつ、滅多にいねーぞ。
「だってそうだろ。親とか関係なくない?俺は大学、自分で行きたいから行くけどな」
「あたしは別に行きたくないし」
「なんで?」
「……ベンキョー、できねーし」
「は?できるでしょ。簡単だよ?」
「嫌なヤツだな。あたしには難しーんだよ」
「ウソつけ。お前、授業聞いてないだけだろ。ちゃんと聞いてりゃ楽勝だし」
「何それ。天才?天才くん?」
「おう、天才かもな」
「マジか……認めやがった」
「教えてやるよ」
「は?あんたが?」
「うん、俺が。天才の」
ぶっ、と私は吹いた。
「あはは!天才!マジで?」
「天才の俺が教えたら、お前は絶対受かるから。んじゃ、放課後マックで待ってる」
笑い転げるあたしを放置して、天才は教室へと去っていった。
あたしはぽかーんと、その背中を見送った。
「河合海斗……変なやつ……」
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