第14話 4歳 そのよん。

 クラゲのショーが終わって、クラゲの部屋に集まっていたお客さんたちはぞろぞろと部屋を出ていった。

 その波に流されるように、私たちも部屋の出口まで行く。

 すると、聞き覚えのあるふんわりおっとりした声が、いつものおっとり度20パーセントくらいの緊迫感で聞こえてきた。

「あー!いた!夢!日奈子さん、夢いたわ!けいちゃんも!」

「ママだ!」

「ママ―!」

 日奈子さんと夕子さんは、よほど心配したのだろう、いつもの笑顔はなかった。夕子さんがこんなに早口でしゃべるのも、初めて聞いた。

「もう、あんたたち、どこに行ってたの!?勝手にこんなところまで進んじゃって!」

「……だって夢ちゃんが勝手に先に行っちゃうから〜」

「けいたろうだって、いきなり戻ったじゃん!」

 叱られる、と悟った子どもたちは、一丁前に責任のなすりあいを始める。

「反省の色が見られん!今日はアイスはなし!」

「えーーーーっ!?」

 容赦のない日奈子さんに、子ども二人は絶望に叩き落とされる。

「まあまあ、日奈子さん、ちゃんと合流できたんだし、楽しみにしてたんだし…ね?」

 ああ、夕子さん、優しい…こんな時でも、優しい…。そしてもう、いつもの声に戻ってる。

「ソラタくんも……あら?ソラタくん、どうしたの?」

「あらま、ソラタくん、だいじょうぶ?そんなにアイス食べたかった?」

 ……え?

 ……二人とも、何を言ってるの?私べつにアイスなんて。ただ、私は……。

「ソラタくん、ママたちとはぐれちゃって、怖かったかな?」

 私はぼろぼろと涙を流しながら、首を振った。

「……っく、えっ……く……」

 ちがうの。

 はじめてできたママ友。

 大切な友達。

 その友達の、大切な大切な子どもたちを、無事に届けられて。

 ああ、ほんとに、ほんとに良かったぁぁ〜〜〜!

「えーん……ひっく……えーん……」

 私は安堵のあまり、声を上げて泣いていた。

 夕子さんが、優しく背中を撫でてくれる。

「そうだよね……ソラタくん、ママいなくて、心細いよね……」

 ……え?

 今、なんつった?

「ソラタくんのママねぇ、ついさっきまで一緒にいたんだけどね。ソラタくん探しに行っちゃって、戻らないのよね」

 ……んんん???

 ソラタくんのママ……ってことは、つまり。

「ほんと、どこ行っちゃったんだろ、ヒカルさん」

 日奈子さんがスマホを取り出して何か打っている……けど。

「全っ然、返信来ないのよねー」

 そらそーだ。平仮名読むのがやっとのソラタが、スマホで返信できるわけなどない。

 つまり。

 ここに来て。

 ソラタだけが、迷子になっている、ということだ。

(まーじーかー……!!)

 その事実に直面した瞬間、涙はすっこんだ。


「わた……俺、ソラタ、のママ、探してきまっす!」

 そう言い放って、私は駆け出した。

「ちょちょちょ、ちょっと!ソラタくん、ダメよ!オバちゃんたちと一緒にいよ?ママ、すぐ気付いて戻ってくるよ!」

 日奈子さんが私の肩を捕まえる。

「ほら、もう一回、電話かけてみるから、ね?」

 そう言って電話をかけてくれたが、やはり出る様子はない。

(バッグに入ってるから、バイブに気付いてないんだ)

 ああソラタ、あんた今、どこにいるの……?

 こうしている間にも、危険な目にあっているかも。

 子どもなら保護してもらえるかもしれないが、大人は一人で館を出ても誰も不思議に思わない。

「探しに行く……行かないと」

「気持ちはわかるけど、ソラタくん、一人で探すのは無理よ」

 夕子さんがしゃがみこんで、私の手を取って言い聞かせる。

「いや……」

 その手を、そっと押しやって、私は呟いた。

「あの子は、私が守らないと……!」

 私は駆け出す。友の声を背に聞きながら。

「ちょっと!おーい、戻りなよ!ソラタくん!」

 そう。ソラタのママは私だけ。

 あの子を守れるのも、私だけなの。

 だから、行かせて。

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