第13話 4歳 そのさん。
「ああー!よかったあー!」
「おおー、ソラタ!ソラタももらっておいでよ!これ、あそこでくれるんだよ」
「……え?」
けいたろうくんが指差した先を見ると、なるほど、マンボウのうちわを配っているらしいお姉さんがいた。しかし、彼女の足元には……「年間パスポートご契約でプレゼント」の、看板。
「けいたろうくん……あのさ、これ、タダじゃないんじゃ……」
「えー?タダでくれたよ?ねえ!これタダだよね!?」
いやいや、ちょー待って。ゴリ押しに巻き込まないで。
「あらー、お友だち?いいわよ〜、はい、どうぞ!」
いいのかおねーさん……ってか、迷子かも、とか、疑わないのか?
待てよ……でもここで迷子ってことになったら、夢ちゃんには何があっても動くなって言っちゃったしな。混乱させちゃうよな……。
それに万一、ソラタと入れ替わってることがバレたりしたら、余計めんどくさいことになる。
よし、ここは。
「わーい、ありがとう!じゃ、けいたろうくん、ママたちのとこ戻ろう!」
私はあたかも「迷子なんかじゃありませんよ」という顔で爽やかに挨拶すると、有無を言わさずけいたろうくんの腕をひっつかんで、くるりと回れ右して、そのままクラゲの部屋を目指して走った。
「わ、お、あ、ソラ、ソラタ、ママ、見つかっ、たの?」
私に引っ張られて走りながら、けいたろうが聞いてくる。
「まだ!とにかく夢ちゃんと合流しよう」
「えー、けいちゃん、まだ、見たいよ、あ!ショーやってる!」
がっくん。
けいたろうくんの急ブレーキで、あやうくすっ転びそうになった。
確かに、照明が一段落とされて、音楽が鳴っている。
「ショーって、これイワシのショーでしょ?さっき見たやつじゃん!行くよっ」
「ええー……」
めちゃくちゃ後ろ髪を引かれているけいたろうくんをイワシのショーからひっぺがして、クラゲを目指して進む。
そんな私に引きずられながら、けいたろうくんがボソリ。
「なんかソラタ、ママみたい……」
ぎく。
「……えっ……?」
「だって……『もう見たからいいでしょ、行くよ!』って、超ママそっくり」
ぎくぎくぎく。
うわぁ、そっか、私ったら、無自覚に母親的口調を……!
「え、き、気のせいじゃない?あっ、わたっ……うちのママも、よく言われるよ〜〜うつっちゃったかなぁ〜あはは〜……」
私はすっかりしどろもどろだ。
うう、鋭いなぁ、子どもと思ってあなどれん……。
そうこうしているうちに、クラゲの部屋に戻ってきた。
「……あ!」
「うわぁ……!」
けいたろうくんが、口を開けて天井を見上げた。
そう、クラゲの部屋でも、ショーが始まっていたのだ。
幻想的な音楽に、この部屋ごと深海に潜っていくというストーリーのナレーション。壁一面に投影された映像は、美しいサンゴ礁から、不思議な生物が行き来する深海へと移り変わっていく。
(夢ちゃん、動いてないよね?)
私はこっそり、大人たちの間をすり抜けて、夢ちゃんを探した。
けいたろうくんは、あんぐりと口を開けて上を向いたまま、私に手を引かれるままについてきている。
(……いた!)
夢ちゃんは、さっきのミズクラゲの水槽の前で、まるで海に溶け込んだように立っていた。ゆらゆらと揺れる光が、クラゲと夢ちゃんを青い世界に漂わせている。
(ソラタ、見たかなぁ……これ)
きっとあのくるんとした目をキラキラさせて、ほっぺを赤くして、夢中になって見ただろうな。
(見せたかったなぁ……一緒に見たかったな)
クラゲを眺める、ソラタを。
(日奈子さんや夕子さんも、心配してるだろうな)
そうだ。
次はママたちと、合流しないと!
そう決意して、私は左手につないだけいたろうくんの手と、右手につないだ夢ちゃんの手を、きつく握りしめた。
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