第12話 4歳 そのに。
詰んだ。
今度こそ詰んだ。
必死で親たちの姿を探すけど、どう見てもいない。
そして。
「けいちゃん、ちょっと入り口の方、見てくる!」
「あ、あっちにママっぽい人、いたかも!」
おいおいおいおい、なんでこの状況で、この場から動こうとするの!?このお二人は!
迷子の鉄則、「動かない」って、習ってないの!?
「いや、あの、ここから離れないほうが……おーい」
しかし私の呼びかけも虚しく、お二人さん、綺麗に正反対の方向に走っていった。
「ああもう、どっちを追えば……!」
とにかくどちらかと合流しないと。
ここからなら入り口のほうが近い。でも夢ちゃんは女の子。万一のことを考えたら、夢ちゃんを一人にするほうが危険かも……いや、最近は男の子も油断できないって聞くし……。
ああー!もう!どうしようどうしよう!
いや待てよ?性格的に、けいたろうくんより夢ちゃんのほうが、進むのはゆっくりなはず。けいたろうくんが入口の方に行ったなら、夢ちゃんと合流してから戻ればいい。
よし。方針は決まった。
「夢ちゃーん!」
私はそこそこ大きな声で呼びながら、順路を前に進んだ。
読みどおり、夢ちゃんはほどなくして見つかった。
「ソラタくん、ねぇ見て!クラゲ、たくさん!クラゲ!」
クラゲばかり集めた「クラゲの部屋」に、夢ちゃんはいた。
「クラゲの部屋」は、たくさんの水槽に囲まれている。そのそれぞれに、違う種類のクラゲが泳いでいる。
中央の一番大きな水槽には、オーソドックスなミズクラゲ。透明な丸っこい傘が、ふよん、ふよん、と漂っている。
夢ちゃんは、その水槽にぺったりと張り付いていた。
夢ちゃんは、ミズクラゲの動きに合わせて、右に行ったり左に行ったり。クラゲみたいなバルーン型のスカートは、夢ちゃんが動くたびに、ふわん、ふわん、と揺れる。
ふよん、ふよん。ふわん、ふわん。
夢ちゃんの水色のスカートには、白いシフォンの生地が重ねられているので、色も半透明のクラゲみたいだ。七色に光るスパンコールが、スカートのあちこちに散りばめられて、キラリ、キラリと光っている。
「夢ちゃん、かわいいなぁ……」
思わず、口をついて出てしまう。やっぱり女の子はいいなぁ。洋服選びとか楽しいだろうな……。
「えー?うふ。ありがと」
夢ちゃんは嬉しそうに回ってみせた。スカートがふんわりと広がった。
「あのさ夢ちゃん、けいたろうくんが入口の方に行っちゃったから、探しに行こう?」
「やだー。夢、まだクラゲ見るー」
夢ちゃんがほっぺをふくらませて言った。
「けいたろうがこっちに来ればいいじゃない!」
まあ、そうなんだけどさ。来いって伝える手段がないわけで。って、言ってもわかんないんだろうなぁ……。
私はため息をついて、なんとなくクラゲを見た。青い照明に照らし出されたクラゲたちは、ガラスのこちら側のことなど全く関係ないとばかりに、ふよーん、ふよーん、と漂っている。
半透明の生き物を眺めていたら、気持ちが落ち着いてきた。そうだ、騒いだって仕方ない。子供相手に、思い通りに進むことなんて、あるわけがない。しかも相手はよその子。考え方も感じ方も、ソラタとは全然違うし、想像もつかない。
だとしたら、「こうしたらいい」じゃなくて「今できること」を探すしかない。
「……わかったよ。じゃあこうしよう?わた……僕は、けいたろうくんを探しに行って、見つけたら一緒にここに戻ってくる。夢ちゃんはここで待ってて。知らない人には、絶対ついていっちゃダメだよ。ママが呼んでるって言われてもダメ。嘘つきかもしれないからね。誰かに話しかけられても、ママとここで待ち合わせしてる、って言うんだよ」
夢ちゃんは、大真面目な顔でうなずいた。
「わかった。じゃここにいるね!」
だいじょうぶかなぁ……不安だらけだったけど、でも夢ちゃんを説得して連れて歩くより、一人で動いたほうが早い。それにまた、けいたろうくんと夢ちゃんに真逆に走り出されても困る。
私はけいたろうくんを探して、来た道を小走りで戻る。
(今頃、日奈子さんと夕子さんも探してるだろうな)
ふと上を見上げるが、それらしき大人は見つからない。
っていうか。
ソラタは今頃、どうしてるだろう。日奈子さんたちと一緒にいると思うけど、入れ替わってるの、バレてないかな。
「ああもう、考えることが多すぎるよ!」
煮詰まった私は、つい声に出して言ってしまった。すると。
「ソラタ?」
斜め後ろから、けいちゃんの声。
「……けいたろうくん!」
おっきなマンボウのうちわを持った、けいたろうくんが、いた。
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