第31話 八幡太郎(四)
仕合は三本勝負となった。
内容は競べ弓、木剣での立合い、そして――
「早駆け、騎射、いや空手での組み打ち……ううん」
三番目は未だ決まっていない。
ブツブツと呟きながら歩む義家の背を、セツは苦笑まじりに見つめた。
武芸を競うことに目を輝かせるのは、自分も同じ。
ただ、彼の浮かれ方は、同じ年頃のセツから見ても少々子どもじみていた。
といっても、それは分別を弁えぬ駄々という意味ではなく、純粋で公平な無邪気さだ。
それゆえに、微笑ましさを覚えてしまうのだろう。
(不敬も良いところだな)
バレないように気を付けよう。
そんなことを考えながら、屋敷の庭を進む。
と、その袖が小さく引かれた。目をやると、
「?」
「…………」
どこか居心地の悪そうな彼女の表情に、セツは首を傾げる。
しばらく無言で視線を彷徨わせた後、
「どうした?」
「……その、怪我をしないように気を付けて」
「ああ。ありがとう」
何故か急にしおらしくなった彼女に内心で首を傾げながら、セツはうなずきを返す。
そんな二人のやり取りに割り込むように、義家が振り返った。
「セツはどう思う? 俺はあまりコレといったものが思い浮かばない」
「……そうですね」
義家の弓の才は有名だ。それで負けるとは思っていないだろう。
それでも三番目を真面目に考えるのは、自分の剣腕を高く買ってくれているからだろうか。
そのことに嬉しさを覚えながら、セツは小さく唸った。
(それはそれで、舐められている感じがするな)
確かに騎馬を扱って戦う機会は少ないが、だからといって鍛錬を疎かにしているつもりはない。
セツは小さく笑って口を開いた。
競べ馬ではどうか。そう告げようとした言葉は。
――唐突に割り込んで来た轟音に遮られた。
わっと庭の一角で声が上がる。
何事かと目を向けた先には、築地を崩して踏み入ってくる巨大な影。
「は?」
思わず目を瞠る。
それは、巨大な鋼の牛だった。
全高は、
その背に乗せている匣を含めれば、
人を容易に踏み潰せるだろう鋼の
破城槌の如き大双角を備えた牛頭が、こちらを睥睨した。
「――――――――ッ!!」
鋼の牛が吠えた。
蒸気の噴出が生み出す機械仕掛けの咆吼。
蒸気船の汽笛に似たそれと同じものを、セツは以前にも耳にしている。
「あれは」
「機巧兵器の一つ“大鉄牛”だ」
セツの呟きに、義家が応える。
先ほどまでの無邪気な笑顔を仏頂面に変えて、彼はフンと鼻を鳴らした。
その視線が、“大鉄牛”から庭にいた
皆、驚愕の表情で動きを止めていた。
一番近くにいた者――おそらく声を上げたのは彼だろう――は、尻餅をついたまま“大鉄牛”を見上げている。
すぅ、と義家が息を吸う音がセツの耳に入った。
「――応戦用意!!」
直後響き渡ったのは、先ほどの蒸気の咆吼に劣らぬ大音声だ。
自失していた
「敵は、機巧兵器!! 準備急げ!!」
「――――っ!! 応!!」
反応は劇的だった。
呆けていた己を恥じるように、
その様子は、お世辞にも整然としているとは言えない。
しかし、誰一人として動きに迷う様子がない。それぞれが己の為すべき事を理解しているのだ。
それは、どう連動しているの分からないが、正しく機能する複雑怪奇な歯車仕掛けを思わせるものだった。
「牛追いは、
「は!! お任せあれ!!」
尻餅をついていた男が、義家に負けじと大声を上げる。
それにうなずいて、義家はさらに指示を重ねた。
「
「御意!! お任せあれ!!」
重良にほど近い位置にいた男が、嬉々とした様子で義家の言葉に応じた。
二人が、同時に“大鉄牛”へと弓を引く。
鍛錬に用いていた弓矢は、実戦に使うものと何ら変わらない。
「――――」
とはいえ、当然ながら鋼の体躯をどうこうできるものでもない。
甲高い音を立てて、矢が弾かれる。
しかし、彼らは気にした様子もなく、大声を上げ――庭を駆け回りながら“大鉄牛”に射を重ねる。
(あの二人は囮役か)
牛追い役――実際には追われているが、“大鉄牛”の気を引いて、庭の中を引き回し始めた二人に、セツは感嘆の吐息をこぼす。
「全く……これでは、勝負どころではないな。代わりと言ってはなんだが、二人はこのままゆるりと観戦されるが良い」
「助勢は要りませんか?」
「たかが牛追いに客人の力を借りたとあっては、我が家の名折れ。状況が変われば力を借りるが、当面は見物しておいてくれ」
セツの問いに、剣呑な光を湛えた目で義家が笑う。
そんな彼の許に、景季が合流した。差し出された矢筒を受け取りながら、低い声で独りごちる。
「ずいぶんと舐められたものだな」
「は」
うなずく景季から視線を逸らし、義家が屋敷中から集まってきた
うなずいて、彼は大音声を上げた。
「目に物見せてやろうぞ!!」
「――応!!」
ビリビリと肌を震わせる混じり気のない戦意に、セツは小さく息を飲む。
傍らで、
「……敵対しなくて、良かったわね」
「本当にな」
心の底から同意して、セツは唐突に始まった“牛追い”の様子を見つめた。
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