第32話 八幡太郎(五)

「やはり、御者は素人だな」

「“大鉄牛”の単機運用という時点で、アレの位置づけを理解できていませんが、それ以前の問題ですね」


 みやこに構えられた屋敷は、平屋建てであっても屋根が高い。

 二丈半7.5m近い高さから庭の様子を見下ろして、義家は確認するように呟いた。

 それにうなずいたのは、景季だけではない。同じように屋根上に登っている家人たちが、口々に同意の声を上げた。


 機巧兵器“大鉄牛”は、“鋼蜘蛛”や兵員、あるいは兵糧などの物資を戦場まで運ぶための輸送機だ。

 実のところ、単独での戦闘能力はさほど高くない。

 無論、武装は施されているし、その突進力は大きな武器だ。

 戦場にあっては、味方の鋒矢となって敵陣を崩したり、破城槌のように城柵を打ち破るといった役割も担っている。

 みやこに構えられた屋敷など、容易に粉砕できるだろう。

 だが。


「重良殿と元経殿が上手い、というのもあるでしょうが」

「せっかくの突進力も、ああも頻繁に方向転換をしては意味がないな」


 “牛追い役”の二人に、庭を行ったり来たりさせられている“大鉄牛”を見て、義家は苦笑した。

 件の機巧兵器は、己の持つ最大の武器を全く活かせていなかった。

 “大鉄牛”は、力の強さや最高速度に関しては騎馬を大幅に上回る性能を有している。

 しかし、その機動力――小回りや瞬間的な加速力はそれほど高くない。

 十分な速度を出すためには、相応の助走距離が必要となるのだ。


(開けた戦場ならば何の問題もないが、屋敷の庭ではな)


 しかも足元をウロチョロする人間に振り回され、頻繁に方向転換をしている。あれでは、真価の発揮など出来ようはずもないだろう。


「景季なら、どう扱う?」

「単機運用であれば、方向転換は通りに飛び出してから行います。十分な加速を乗せて、進路上のものを挽き潰しながら突進と離脱を繰り返すのが上策でしょう。少なくとも、勢いが乗る前に足を止めるのは論外です」

「屋敷の外も巻き込んで暴れると、検非違使などが動くのではないか?」

「機巧兵器が暴れ回っているのに、屋敷の内外など関係ありますまい」


 それはそうだと義家はうなずく。

 うなずきながら、彼は目を細めた。

 屋敷内は、こうして戦場の様相を呈しているが、その外――通りや隣接する他の屋敷は静まりかえっている。

 そもそも、市中を“大鉄牛”が歩いていたら、大騒ぎになるだろう。

 だが、そんな気配は微塵も感じられない。


「何らかの術による隠形か」

「そういうことでしょうね」


 誰にも気がつかれることなく、洛中で機巧兵器を移動させる。

 眼前の敵よりも、それを為した術士の力量にこそ、義家は脅威を覚えた。


(そのような術士に恨まれる覚えはないが。……今は、アレをどうにかするのが先決か)


 全く性能を活かせていないとはいえ、機巧兵器相手によそ事を考える余裕などない。

 義家たちが落ち着いて対応出来ているのは、蝦夷の反乱を平定するため、機巧兵器を伴って行軍した経験によるところが大きい。

 結局、戦に投入されることはなかったが、陸奥までの道中、その性能や運用を学んでいなければ、今頃どうなっていたことか。


(あの経験こそが、我々にとって最大の褒美だったと言えよう)


 みやこに戻ってから、義家なりに機巧兵器を相手取った時のことを考え、家中の者たちと戦術を練っていたからこその今がある。

 そのことに、誇らしさを抱きながら、義家は庭の片隅へと目を向けた。


「……そういえば、あの二人、全く恐れていなかったな」

「はい」


 セツと五夜さや

 機巧兵器の襲撃に、驚きはしても恐怖する素振りを全く見せなかった二人は、今も落ち着いた様子で“牛追い”を見つめている。


「やはり、面白いな」


 フフ、と口許から笑みがこぼれるのに任せながら、義家は当面の敵へと視線を戻す。

 すでに兵の配置は終わっている。

 屋根の上では“蒸気矢”を弓に番えた者たちが、下では鉄鎖と鉄杭、そして大槌を携えた者たちが、反撃の合図を今か今かと待ち構えていた。

 そして。


 “大鉄牛”が、幾度目かになる方向転換のため、その足を止める。


「――放て!!」


 一斉に弓弦の弾かれる音が鳴り響いた。

 屋根上から放たれた蒸気の仕掛け矢が、“大鉄牛”の背中に襲い掛かる。

 巨大な的だ。外しようがない。


 ――炸裂音が、怒濤のごとく轟いた。


「流石に硬いな」


 人間ならば、一矢で頭どころか上半身が吹き飛びかねない大威力。

 それを一度に十数と叩き込まれ、それでもビクともしない“大鉄牛”に、義家は舌打ちをする。


「ですが、全くの無傷というわけでもないようです」

「流石に無傷では立つ瀬がない。そうでないと困る」


 “大鉄牛”が背負っている匣。その一部がひしゃげている。

 もっとも、匣の中にいる御者にとって、大して痛痒にはなっていないらしい。

 義家たちに鼻先を向ける機巧兵器の動きに、淀みは微塵も見られなかった。

 もっとも。


「――――!!」

「ふふん。怒ったか?」


 蒸気の咆吼が轟く。

 視線が合ったと感じて、義家は口の端を吊り上げた。

 怒気と強烈な憎悪を受け止めながら、彼は見せつけるようにゆっくりと弓を引き絞り、追撃の“蒸気矢”を放つ。

 追い掛けるように、再び弓弦の合唱が大気を震わせた。


 命中。爆圧が匣に叩き込まれる。


「――――!!」

「さあ来い!!」


 挑発するように声を上げた義家を目指し、機巧の化け牛が鋼のひづめで地を蹴った。





 重なり合う炸裂音が、轟音となって大気を震わせる。

 怒濤の勢いで“大鉄牛”に食らい付いた矢群の咆吼。近くに雷が落ちた時のような爆音に、セツは思わず顔をしかめた。

 凄まじい音だ。近くにいたら耳が馬鹿になっていたかもしれない。


(あれが全部、“蒸気矢”というやつか)


 以前、大市廊で化け蛇の頭部を破砕した蒸気の仕掛け矢。

 それと同じものが斉射される様子に、セツは薄ら寒いものを覚えていた。


「……もしも、あの矢を“鋼蜘蛛”の随伴兵が使っていたら、今頃俺たちはここにいないな」

「でも、効果はないみたい」


 五夜さやの言葉のとおり、“大鉄牛”に堪えた様子は見られない。

 二度に渡る斉射によって、その背に乗せた匣の一部がひしゃげているものの、その動きは先ほどまでと何ら変わっていなかった。

 そして。


「――――!!」


 “大鉄牛”が母屋に向かって突撃を開始する。

 大地が震えた。

 鋼の四肢が、庭にひづめの痕を深く刻みながら巨体を奔らせ――


「………っ!!」


 ――その勢いままに、鋼の双角を屋根にぶち込んだ。

 衝撃に屋根板が砕けて飛び散り、へし折れたはりの一部が落下する。巨大なひづめに踏み込まれた床板は、“大鉄牛”の超重量に為す術無く踏み抜かれる。

 その巨体の中程までを建物に押し込んだ“大鉄牛”の猛撃。

 一撃で建物を半壊させたその威力を目の当たりにして、五夜さやが息を飲んだ。

 その傍らで、セツは「なるほど」と感心の声を上げた。


「何が、なるほど?」

「うん。“大鉄牛”の足が止まったな、と」


 五夜さやの問いに、彼は“大鉄牛”を見つめたまま応えた。

 その巨躯の中程までを母屋に突っ込んだ鋼の化け物は、しかしそれ以上の前進をせずに動きを止めている。

 “大鉄牛”の力ならば、そのまま押し進むことも可能なのかもしれないが、ひと息に突き抜けることは出来なかったらしい。


「多分、助走距離が足りなかったんだろうな」


 突進は、人が全力疾走する程度の速度しか出ていなかった。

 それでもあれだけの威力を叩き出すあたり、十分に驚嘆に値するのだが、結果として障害物母屋を蹴散らしきれずに足を止めてしまっている。

 無論、出力を上げて、このまま押し切ることも出来るだろうが――


「それを見逃すわけないよな」

「……そのために、母屋に突撃させたの?」


 半壊した母屋の中へと武士もののふたちが飛び込んでいく。

 ある者は、人の腕ほどの太さの鉄鎖を抱え、またある者は大きな槌を担ぎ、また別の者は、鉄杭を携えている。


「うまい手だよな」

「…………」


 動きを止めた“大鉄牛”の後ろ足に、武士もののふたちが鎖を幾重にも巻き付け、地面に打ち込んだ鉄杭に繋ぐ。

 セツたちからは見えないが、建物の中に踏み込んでいる前足も同様の状態となっているのだろう。

 さらに鋼の脚に大槌で鉄杭を打ち込み始める武士もののふたち。

 彼らの働きに、セツは感心したようにうなずいた。五夜さやからは、信じられないものを見るような目を向けられたが。

 そして。


「多少の間とはいえ足が止まれば――」


 屋根上に目を向ける。

 そこには、動きを止めた“大鉄牛”の背に乗り込む武士もののふたちの姿がある。

 背中の匣を除いた“大鉄牛”の全高は、一丈半4.5mほど。

 その高さは、母屋の周囲を取り巻くひさし部分の屋根と同程度――乗り移るのに何ら支障はあるまい。


「蒸気筒を射たせるな! 鉄ビシを撒き散らされると厄介だ!!」 

「蒸気を浴びせられるぞ! すぐに噴射口を潰せ!」


 お互いに注意を促し合う声。そして、鋼を打ち据える音が響き渡った。

 どうやら武装を潰しに掛かっているらしい。

 その様子に、セツは小さく唸った。


「手慣れている」

「……機巧兵器との戦いに?」

「うん。実戦の機会があったとは思えないけど、明らかに準備された動きを取ってる。だから、対応に迷いがない」


 陸奥への出兵にあたり、源頼義みなもとのよりよしの一党は機巧兵器を間近に見ている。

 当然、その脅威も理解しているはずだ。ならば、それが敵に回った時の戦術が用意されていてもおかしくはない。

 おかしくはないが。


「引きずり出せ!! 殺すなよ、生け捕りにしろ!!」


 匣をこじ開けに掛かっている武士もののふたち。

 それを手足のように従える少年の姿を見つめ、ポツリとセツは呟いた。


「あれが、源氏の御曹司」


 いずれ、父の後を継いで坂東の武士もののふたちを統べる者。

 なるほど相応しい。

 その器量を見せつけられ、改めてセツはうなずいた。

 同時に思った。


 ――八幡太郎はおそろしや。

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