第29話 八幡太郎(二)

 六条大路から西洞院大路を少し下った場所――佐女牛井さめがい小路との四つ辻を東入りすると、すぐに厳つい構えの門が目に入る。

 質素ながらも頑丈そうな造り。流石に砦とは行かないまでも、ちょっとした防御施設として機能し得る代物だ。


 洛中にある屋敷としては、異様とも言える門構え。

 しかし、主の名前を聞けば、誰もが相応しいと納得するだろう。

 源頼義みなもとのよりよし――坂東の武士もののふたちから絶大な支持を受ける源氏の棟梁。

 それが、屋敷の主の名前である。


「…………」


 五夜さやとセツの二人は、通された一室で無言のまま濡れ縁の向こう――屋敷の庭を見つめていた。

 近くに義家の姿はない。

 彼は家人に案内を命じた後、くつろいでいて欲しいと告げて、いったん屋敷の奥に引っ込んでいる。

 そのおかげで、遠慮なく屋敷の様子を窺うことが出来るのだが。


「庭に訓練場があるとは」


 セツが驚いたように呟く。

 五夜さやの目に映る庭の様子は、道世の屋敷とはずいぶん異なっていた。

 さらに言えば、一般的な貴族のものともかけ離れているはずだ。

 少なくとも、馬で駆けながら弓を構える男の姿など、普通の屋敷ではまず見ることはないだろう。


「それで――」


 男が放った矢が的に命中し、それを見守っていた者たちが歓声を上げる。

 それを聞き流しながら、五夜さやは傍らに目を向けた。


「どうして、私まで?」

「ん? ああ」


 義家の誘いを断るのが難しかったというのは、人付き合いに疎い五夜さやでも理解出来る。

 しかし、彼が招いたのはセツのみだ。

 用事があると同道しなかった徹同様、あそこで自分も別れて問題なかったはずだ。


「いや、ちょうど良い機会だと思ったんだよ。……ええと、あそこで訓練してる連中に見覚えとかは?」

「? どういうことかしら?」


 セツの言葉に首を傾げる。

 そんなこちらの反応で、己の説明不足を自覚したのか、彼は苦笑を浮かべてこちらから目を逸らした。

 その視線が、庭で馬を操る男たちへと向けられる。


五夜さやと出会った時、襲ってきた連中のことを覚えてるか?」

「ええ」


 忘れるはずもない。

 行方知れずとなった父を探すための重要な手掛かりだ。

 あの時、彼らの身柄を確保出来なかったのは、彼女にとって痛恨の失敗だったと言えよう。

 だから。


「――それが、何?」


 自分の声が尖るのを自覚して、五夜さやは小さく息をついた。

 ここで苛立っても仕方がない。無言で続きを促す。


「あの連中、妙に統制が取れていた上に練度も高かった。五夜さやの力を目の当たりにしても、特に動きを乱すこともなかったし」

「……ええ、そうね」


 何となく言わんとすることを察し、五夜さやは庭に目を向けた。

 的に向かって矢を放つ男たちの様子を、そのままじっと見つめる。

 セツは、そんなこちらの様子にうなずいた。


「あれだけの練度を持つ者が多く集まるような場所は、この平安京たいらのみやこでも、そう多くはないと思う。それこそ――」

武士もののふの棟梁と目されるような人物の屋敷、とか?」

「そういうこと。で、どうだ?」

「残念だけど、見覚えのある者はいないわ」


 首を横に振ると、セツは小さく息をついた。

 そこに安堵の響きが混じっているのを捉え、五夜さやは苦笑を吐息に乗せる。

 少し意地が悪いかと思いながら、問いを投げることにした。


「もしも見覚えのある者がいたら、どうするつもりだったのかしら?」

「道世さまに相談する」


 即答が返ってきた。


「力ずくでどうこうするのは、流石に不可能だからな。口惜しいのは確かだが、今回は退くべきだ。ようやく見つけた手掛かりだから焦る気持ちもあるだろうけど、だからこそ確実を期すべきだと思う」

「……まあ、それが妥当でしょうね」


 五夜さやは、セツから視線を逸らしてうなずいた。

 彼が口にしたのは、五夜さやを気遣う言葉だった。


(馬鹿ね。貴方が考えるべきは、“鋼蜘蛛”を奪った賊の確保でしょうに)


 当然、それも念頭に置いての発言だろう。

 それでも、自分を優先してくれているようなセツの言葉に、僅かに心が浮き立つ。それを自覚して、彼女は“馬鹿は自分だ”と苦笑した。


五夜さや?」

「何でもありません」


 コホンとひとつ咳払い。

 気を取り直して、五夜さやはセツの顔を見つめる。


「何にせよ。敵対しなくて良かったわね」

「……まあ、ほっとしてないと言えば嘘になるな。正直、主家筋であることを差し引いても、義家さまと敵対するのはキツい」

「でしょうね」


 自分だって、あんな相手と正面切って争うのはご免だ。

 こちらに向かって近づいてくる嵐の気配を捉えながら、彼女はセツの言葉に同意した。

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