第29話 八幡太郎(二)
六条大路から西洞院大路を少し下った場所――
質素ながらも頑丈そうな造り。流石に砦とは行かないまでも、ちょっとした防御施設として機能し得る代物だ。
洛中にある屋敷としては、異様とも言える門構え。
しかし、主の名前を聞けば、誰もが相応しいと納得するだろう。
それが、屋敷の主の名前である。
「…………」
近くに義家の姿はない。
彼は家人に案内を命じた後、くつろいでいて欲しいと告げて、いったん屋敷の奥に引っ込んでいる。
そのおかげで、遠慮なく屋敷の様子を窺うことが出来るのだが。
「庭に訓練場があるとは」
セツが驚いたように呟く。
さらに言えば、一般的な貴族のものともかけ離れているはずだ。
少なくとも、馬で駆けながら弓を構える男の姿など、普通の屋敷ではまず見ることはないだろう。
「それで――」
男が放った矢が的に命中し、それを見守っていた者たちが歓声を上げる。
それを聞き流しながら、
「どうして、私まで?」
「ん? ああ」
義家の誘いを断るのが難しかったというのは、人付き合いに疎い
しかし、彼が招いたのはセツのみだ。
用事があると同道しなかった徹同様、あそこで自分も別れて問題なかったはずだ。
「いや、ちょうど良い機会だと思ったんだよ。……ええと、あそこで訓練してる連中に見覚えとかは?」
「? どういうことかしら?」
セツの言葉に首を傾げる。
そんなこちらの反応で、己の説明不足を自覚したのか、彼は苦笑を浮かべてこちらから目を逸らした。
その視線が、庭で馬を操る男たちへと向けられる。
「
「ええ」
忘れるはずもない。
行方知れずとなった父を探すための重要な手掛かりだ。
あの時、彼らの身柄を確保出来なかったのは、彼女にとって痛恨の失敗だったと言えよう。
だから。
「――それが、何?」
自分の声が尖るのを自覚して、
ここで苛立っても仕方がない。無言で続きを促す。
「あの連中、妙に統制が取れていた上に練度も高かった。
「……ええ、そうね」
何となく言わんとすることを察し、
的に向かって矢を放つ男たちの様子を、そのままじっと見つめる。
セツは、そんなこちらの様子にうなずいた。
「あれだけの練度を持つ者が多く集まるような場所は、この
「
「そういうこと。で、どうだ?」
「残念だけど、見覚えのある者はいないわ」
首を横に振ると、セツは小さく息をついた。
そこに安堵の響きが混じっているのを捉え、
少し意地が悪いかと思いながら、問いを投げることにした。
「もしも見覚えのある者がいたら、どうするつもりだったのかしら?」
「道世さまに相談する」
即答が返ってきた。
「力ずくでどうこうするのは、流石に不可能だからな。口惜しいのは確かだが、今回は退くべきだ。ようやく見つけた手掛かりだから焦る気持ちもあるだろうけど、だからこそ確実を期すべきだと思う」
「……まあ、それが妥当でしょうね」
彼が口にしたのは、
(馬鹿ね。貴方が考えるべきは、“鋼蜘蛛”を奪った賊の確保でしょうに)
当然、それも念頭に置いての発言だろう。
それでも、自分を優先してくれているようなセツの言葉に、僅かに心が浮き立つ。それを自覚して、彼女は“馬鹿は自分だ”と苦笑した。
「
「何でもありません」
コホンとひとつ咳払い。
気を取り直して、
「何にせよ。敵対しなくて良かったわね」
「……まあ、ほっとしてないと言えば嘘になるな。正直、主家筋であることを差し引いても、義家さまと敵対するのはキツい」
「でしょうね」
自分だって、あんな相手と正面切って争うのはご免だ。
こちらに向かって近づいてくる嵐の気配を捉えながら、彼女はセツの言葉に同意した。
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