第4話

 並木道の交差点を過ぎると、南門に近付く。賑やかな人の話し声と香ばしい匂いがする通り。真亜子はこの匂いでいつも韓国人のねえやの作ってくれる料理を思い出す。豆もやしを炒めた美味しい料理。


 食品がところ狭しと並べられた市場の風景にたあ君、さわ子姉さんを始めとし、みんなの心が浮き立つ。もちろん真亜子の心も。赤、緑、黃…食べ物が並べられている風景は本当にみんなを幸せな気持ちにしてくれる。


 空はつい今しがたまでのような真っ青ではなくてちょっと群青色がかっている。そして群青色がかった空に商店街の山吹色の灯りが散りばめられてとても綺麗だ。


 いつの間にか往来はサーカスに向かう人達でいっぱいになった。姉妹、従兄弟の会話する声もはずんてきた。真亜子は昨夜、今日サーカスに行く事を考えると眠れなかった。うれしいのと胸がザワザワするのと両方でだった。


 今年は家族で出かけるのはお母さんが「旅立った」件に関しての用事が多かった。葬儀、初七日、初盆と。みんなで遊びに出かけるのは久し振りなので、何かが変わるような気がして緊張した。


 今日はお父さんはみんなの歩くスピードを気にし、少し歩いては立ち止まって振り返り、みんなを待ってくれる。


 真亜子のお母さんが「旅立った」冬の昼下がり、学校に迎えに来たお父さんは、帰りの並木道でずっと無言だった。真亜子の前をどんどん歩くので、真亜子は泣きたい気持ちもこらえ、そのスピードに追いつくのに必死だった。

 それは悪気があっての事ではないと真亜子には分かっていた。きっと言いたい事はあるのにお父さんの心はいっぱいいっぱいなのだろうと。


 遠くにサーカスのテントが見え始め、そこに着くまでは、あっという間だ。多勢の大人、子どもがすでに集まって行列が出来ていた。

 ここでいつもお父さんはみんなにキャラメルを買ってくれる。でも残念な事にこのキャラメルは普通のお店に売ってある、箱に天使の絵が描いてあるキャラメルとは違う味だ。甘いけど微妙な味。サーカスの度に味わう味。サーカスで売ってあるものはどれも独特だった。ジュースは毒々しい色がついていたし、サイダーは一口飲んだだけで鼻にツーンときた。だから真亜子はいつも来年からはもう二度とサイダーを飲まないとその度誓うのに、いざ次の夏になると喉のかわきに負けてしまうのだった。


 段々になった座席に一家は座り、口の中に広がるキャラメルの甘さを味わっていた。

 いつもじっとしていないたあ君はいっそうはしゃいでいた。それは同じ年頃の子どもがたくさんいて、その場で知り合いになって遊び始めたからだ。七才のたあ君はみのる兄さんと六才も違うので、普段一緒に遊ぶ感じではなかった。真亜子とは一番年齢が近いけど、そして「真亜姉ちゃん」と懐いてくれたけど、おとなし目の女の子の真亜子は、活発なたあ君にとって夏休みの遊び相手としてちょっと物足りない感じだった。いつもは従姉妹に甘えたがりのたあ君だけど、同い年の子ども達とふれあう時、ちょっとしっかりとした男の子の顔に変わる。

 いつも冷静なとわ子姉さんまでうきうきした感じで、本当にサーカスはみんなに魔法をかけてしまうのだと真亜子は思った。

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