第31話

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 「僕は思うんです。三室魔鵬は、きっと悔しかったに違いない、泣きたかったに違いない。真に芸術に生きた人間であれば、いわれなきこの窃盗団のような輩に自分の晩節が汚されるのを、それも自分が世間に撒いたフィクションともいえる独り歩きしている虚像が憎らしく思えたに違いない。叫びたかったに違いない、私は女なんぞに目がくらんで、押し倒してなんぞいない、これらのことはこいつらの仕組んだ罠なのだ、と。きっと…。しかし不幸は重なるんです。彼自身が突如脳出血を起こしたのですから…」

 ロダンはそこで深いため息をついた。

「いえ、三室魔鵬だけだは無いでしょう。首を吊り死んだ繁村竜一すらも…」

「繁村竜一も?」

 田中巡査は疑問を口にする。それに反応してピアノの音が高く響いた。

「そうです。里見雄二は何を隠そう彼と同級生なんですよ。それも二人は学校ではなく、中之島洋画研究所に通う同級生だったんです」

 ロダンが開けだした新しい事実に巡査は驚いて目を丸くした。

「ど、どういうこと?それは」

 ロダンが静かに言う。

「里見雄二を追いかけていくと、その洋画研究所にぶち当たりました。そこで僕は調べたんです。当時その学校に通っていた人々の名簿を…図書館の資料で。それは簡単でした。有名な美術研究所ですからね。そこに確かにあったのですよ、二人の名前がね…」

 巡査は息を飲み、それからややあって唾を飲みこんだ。

「まぁ青春の恋なんて簡単でしょうね、おそらく里見氏が繁村竜一にけしかけ、恋が実らないことなんかを囁いたんではないでしょうか。青年の純情はいつの時代も変わらない、熱く青く暗い炎が青春に付きまとう。ピカソの青の時代はそんな青年の苦しみを味わせてくれる見本です。だから絵を見れば何とも言えない誰もが自分のセンチメンタルをくすぐられる…」

 ロダンが頬を撫でた。それだけで何かが剥がれ落ちて行く感覚が巡査はした。

「悪魔の囁きに屈した三室魔鵬はやがて失意の中、最後は病院で死にました。勿論、人間国宝にもなり、晩節は汚されることなく。しかし彼が愛した当代きっての名品『三つ鏡』は消えた。いえ、あの三人に渡り、やがてある資金を生んでゆく」

「ある資金?それは」

 巡査がそこで言い淀んでから、呟く。

「つまり牧村佐代子の実家の資金…」

 ロダンが頷く。

 頷いて桐箱を撫でた。

「しかし、またそこが狡いのです」

「狡い?」

「ええ、そうなんです。本物をみすみす渡すのが惜しくなったのでしょう、つまりそこでもこの三人は知恵を出し合ったのですよ」

「知恵を?」

 巡査の問いにロダンが頷く。

「そうなんですよ。三室魔鵬から譲り受けた本物と称して『三つ鏡』のレプリカを売りつけて金を盗って行ったのです。それぞれの方々から」

「方々からだって?」

「ええ」

 ロダンが答えて頭を掻いた。

「そう、だから僕は田中さんに言いましたよね。有馬春次を『詐欺』で手配していませんか?と」


 ――詐欺…


 確かにロダンは自分に言った。しかしそれは出合い頭、出し抜けに言った一言ではないかと自分は咄嗟に思ったのだ。

 しかしながら彼は、

 どうもその事の確信にも触れているようなのだ。

 どういう確信なのか?

 巡査は頭を掻き続ける若者を見た。

 まるで書きながら自分が掴んだ答えを捻り出すのに、どのようにすべきか悩んでいる若者の姿を。

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