第30話

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「強奪…」

 田中巡査は逡巡する思いを胸に秘めて、ロダンに呟くように言った。

「それは?」

 巡査の問いかけに答えるようにロダンの指が伸びて二つの桐箱に触れた。それはどこか慈しむ様に、そして懐かしむ様に。

「視点を変えれば物事の隠れた部分が見える。相対的に対象は在ってその二次元の後ろを見ていく、まるでピカソが巻き起こした芸術運動キュビズムのように」

 そこで桐箱を二つ回転させた。今まで見た表は裏に変わる。

「そう三室魔鵬(みむろまほう)の表裏、事件の表裏それらは全て互い違いに重なり合うように絡んでいて、しかし全く別のものだった。そう、牧村佐代子は『三つ鏡(みかがみ)』に手を出した、それも白昼堂々、しかしそれを三室魔鵬(みむろまほう)が制止するが、その時もつれ合って頭を強打したとしたら…」

 ロダンが言いそびれるような先を巡査の心が追う。


 ――そうさ、それで頭を強打すれば脳出血何て起こるだろう、じゃあ、その先は?


「倒れた三室魔鵬(みむろまほう)に側に後から現れた悪魔が囁くんですよ。『先生、姉に手を出しましたね…この事が分かるとさすがに人間国宝は御見送りになりますよ。いかがです、先生の晩節を汚さないように私が取り計らいます。どうですか?まずは『三つ鏡(みかがみ)』は彼に与えなさい。何、将来有望の才能ある若い芸術家に惚れこんだということと、それと彼等のこれからの結婚祝いもかねてと言うこと、彼等に引き渡せば先生の所から割れたこいつが見つかることもない。もし見つかってごらんなさい。宮家も御高覧されたこいつが先生の愛憎劇の為に使われた何て言われたら、人間国宝どころか、以後、美術史上何を言われるかわかりませんよ。そうそう『三つ鏡(みかがみ)』は此処で一度割ったことにしましょう。ほら美術上の傑作を一度破壊して創りました何て喧伝すればより『三つ鏡(みかがみ)』の美術価値も先生の美への探求という芸術家としての価値もうなぎ上りだ。何、後はこちらでうまくやりますよ、幸い『三つ鏡(みかがみ)』は綺麗に二つに割れてる。後できちんと誰が見ても分からないように破片を集めて修繕して先生の死後、ずっと先生の名誉を守るためにね』」

 悪魔とは…

 そう、それは有馬春次に他ならなかった。

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