契約後の初仕事は……①

「何なんだ、コレはーーーー!!」

俺は力の限り思い切り叫んだ。


「や・か・ま・し・い!」

強引に物陰に俺を引っ張り込んだ海月は、叫ぶ俺に向かって、しゅるりと触手を伸ばしてきた。


魔法少女おとこのこなんだから、せめてもう少し可愛い声を出しなさい!」

「ぐわぁぁっ……!!」

海月は『シビビビビッ♪』と触手に電撃を乗せてきた。


「声が可愛くないから、もう一回☆」

シビビビビッ♪


「や、止め……ろ……!」

「『止めろ』?」


シビビ――

「止めてーー!!」

「むー。まあ、良いでしょう」


はぁはぁはぁ……。

俺は荒い息を吐きながら、まだ痺れの残る身体を抱き締めた。


こ、このクラゲえげつない……!


「ちゃんとお仕事しないともっとお仕置きしちゃうからね☆」

海月はドヤ顔で胸を張った。


見た目はゆるキャラ風なクラゲで可愛いのに……中身は全然可愛くない!!


のぞむさー、たるんでるんじゃない?君ならできるはずでしょう?」

「……うるさい」


睨み付けながらそっぽを向こうとしたが、ゆらりと持ち上がった海月の触手が視界に入ったので、グッと我慢する。


……くっ。やっぱり、クラゲ姿も可愛くない!!


「つーかさ、……って、おい。触手伸ばしてくんなよ。それマジで怖いから」

「だったら言葉遣いに気を付けなさい。いい加減にしないと、後悔する位に強力なのをヤっちゃうよ?」


『人格変わっちゃうヤツ☆』と、付け足した海月の瞳がフッと翳りを帯びた。

その瞬間に俺の全身を寒気が一気に走り抜けた。


……ヤバい。

このままだと本気でられる。


「ええと……それで、この状況は何なの?」

この状況を打開するには話の方向性を変えなければ。


「お仕事だよ。見て分かんないかな?」

「…………」


『分かるか!分からないからきいてんだよ!』――そう、思い切り言ってしまいたい。


だが……それはダメだと本能が告げている。

俺は本能に従って、心の中でツッコミむだけに留めておく。


「俺が聞きたいのは――」

「(ニッコリ)」

「……私が聞きたいのは、がどんな仕事かだ……なのよ……」


魔法少女といえば――地球侵略者や得体の知れない生物と戦ったりするのがセオリーだ。


別に俺は戦いたいわけじゃないけど……


「ま、魔法少女な……お、男の娘……尊い……」

ハアハアと息も荒く俺を見ている女を相手に何をしろと……?


「…………戦って良いの?」

「ダメに決まっているでしょ!?」

海月に触手でペシッと頭を叩かれた。


****


「さーて、今回の依頼者さんは、男の娘が大好物な明日香ちゃん!二十五歳。イラストレーター志望でーす☆」

海月はキャハッと笑いながら依頼者を紹介してきた。


「……え?……大好物……?」

ヒクヒクと顔が引きつる。


大好物って……何だ。俺、食われるの?


「はーい。退かない、退かない。明日香ちゃんは、コワクナイヨ!」


『グッ☆』じゃねぇよ。

俺はジト目で海月を見た。


「はーい、はーい、はーい!お仕事ですよ」

海月はそんな俺の視線をサラリと受け流す。

こうなってしまえば俺にできることはない。

……そもそも拒否権もない。


今、俺達は依頼者である高垣たかがき 明日香あすかの家の中にいる。


「明日香ちゃんはー、のぞ……にイラストのモデルになって欲しいんだってー」

「……『のんちゃん』って?」

「本名だと身バレするかもしれないでしょー?だ・か・ら、魔法少女おとこのこしている時の君は『のんちゃん』。OK?」

海月は声音を落として、俺だけに聞こえるように言った。


OK?かと聞かれたら――OKじゃないと答えたい。本名そのまんまじゃないか、と。

……だが、いちいち反抗していたら話は進まないので余計なことは言わない。


「それで、 何をどうすれば良いの?」

俺は海月よりも大人なんだ!


「ふふっ。話が早くて助かるよ」

海月は瞳を細めながら、二本の触手をユラユラと揺らした。


あ、危ねぇ!!!

絶対コイツ、『シビビビビッ♪』とか言いながらまた電撃攻撃しようとしてやがったな!?


自分の判断が間違っていなかったことに心の底から安堵する。

あんな電撃ばっかくらってたらいつか死ぬ。最悪、いつかとは言わず――今死ぬ。


「さあ、明日香ちゃん!言っちゃって!」


触手を使って明日香をグイッと引き寄せた海月は、俺の正面に明日香を置いた。


俺と向かい合う形になった明日香は、前髪の隙間からかろうじて見えた瞳を一瞬、大きく見開いた後に、俺の視線から逃げるように顔を俯かせた。


緊張してるのか、恐がられているのか。

今の俺は仏頂面をしているし、背は低いが腕を組んで立っているから、威圧感を感じているのかもしれない。


――俺は明日香を無言で眺めた。

背中まで伸びた黒髪を後ろに一つに纏め、前髪は目元を完全に隠すほどに長く、黒縁の眼鏡を掛けている。

着ているのは、黒いTシャツに細身の黒いスキニーパンツ。


――ここで、俺は部屋の中にも視線を巡らせた。

剥き出しのラックには、黒の上下のスーツが何着かハンガーに掛かっており、その下には暗色のTシャツが数枚と黒いパンツが畳んである。


『画材やパソコンがあるだけの面白味も何も無い部屋』。

大人の女性に夢見てるわけではないが……はない。

こんなツマラナイ環境に住んでいる奴がイラストレーター志望?無理だろ。


「わ、私のモデルになって下さ――」

「断る」

頭を下げた明日香の言葉を途中でバッサリとぶった切った。


「……え?」

前髪の隙間から僅かに見える明日香の瞳が、涙で滲んでいくのが分かったが、俺は再度即答する。


「お断りします」

意味の無い仕事はしたくない。


礼儀正しくお辞儀をし、踵を返そうとすると――

「……のんちゃん?」

ユラリと海月の身体が大きく揺れた。


……違う。大きく揺れたんじゃない……。


「依頼を断るなんて……良い度胸してるよねぇ」

海月の体が段々と大きくなっていっているのだ。


海月の動きに合わせて、ユラユラと揺れる八本の触手。


「ちょっと待て!!話を聞けーーー!」

海月からただならぬ殺気を感じた俺は、咄嗟に明日香に抱き付いた。


依頼者あすかと一緒なら『シビビビビッ♪』をされないと思ったからだ。

ダメだったら…………道連れだ。


「え?え?……ええっ!?」

明日香はアワアワと混乱しているが、離すつもりはない!離したらられる。


俺は明日香を抱き締める腕に一層の力を込めた。

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