契約は突然に③

「こ、これは……」

俺は愕然とした。


白くフワフワとしたフリルが幾重にもあしらわれた膝上のワンピース。腰には尻尾のようにヒラヒラとした長い水色のリボンが結ばれ、手元には水色のリボンが付いた白い手袋。

足元には腰や手袋と同じ水色のリボンが付いた、白色のニーハイソックス。太めヒールの白い靴には、これまた水色のリボンが付き……。


「この髪の毛は……」

ツインテールに結ばれた長い髪は、水色と白が微妙に混じったような神秘的な色をしていた。

先程渡された深い青色の石はピアスに変わっており、瞳は石と同じ深い青色に変わってた。


……クラゲかよ!?


そう思わずにいられなかった。


全体的なバランスがクラゲを模したような仕上がりに見えたのだ。


――因みに、俺がこんなにも自分自身を解析出来ているのは……


「……その鏡は、どっから出したんだ」

海月がどこからともなく取り出した、大きな姿見で見ているからだ。


これは俺の部屋にはなかった物だ。

……規格外だ。このクラゲは規格外すぎる。


パシャッ。

呆然としていたせいで、突然起こった目映い光をまともに受けてしまった。


「おい!何やってんだ!!」

我に返った俺の前には、いつの間にかスマホを構えた海月がいた。


……また撮られたのか!?

変身したとはいえ、性別までは変わっていないし、そもそも顔は俺のままだ。

こんな姿を取られたら、願い事の意味が――


「俺の願い事は!?」

「望が変身したと同時に叶ったよ☆」

チラッとだけ俺を見た海月は、スマホのデータを確認しながら答える。


「……何で、写真を撮ったんだよ」

「新しい脅しのネタに決まってるじゃない。だって、前のは消えちゃったし☆」


……バレてたのか。

愕然とした俺はその場に崩れ落ち、床に拳を叩きつけた。


海月を利用するはずが、完全に手の平の上で転がされていたことに気付いたからだ。


「残念でした♪まだまだ甘いねぇ」

海月は瞳を細めながら微笑んだ。


詰めが甘かった俺は、海月を悔し紛れに睨み付けることしかできない。


「望、望。これなーんだ?」

またしても、どこからともなく海月が取り出したのは……ビデオカメラだった。


「……ま、まさか」

嫌な予感から、変な汗が全身からジワリと吹き出してくる。


「ふふふっ。 望の変身シーンはコレでバッチリ記録済みだーよ☆ 言うこときかないと……拡散しちゃうからね?【NOZOMI】が存在していた過去を消したわけではないんだから」

ニッコリと笑うゆるキャラクラゲの海月は、腹黒クラゲだった。


……やられた。騙された!


「クーリングオフは……」

「無理に決まってるじゃない。願い事は叶えちゃったもん。ちゃんと対価分は身体でお支払頂きまーす」

「汚ぇーー!!」

「これが、だよ☆」

「理不尽だ……!」

「『理不尽』で『汚い』。これが大人の世界だよ。大人の階段上っちゃったね!今日が望の初体験だー!キャッ♪」


……殴りたい。イライラする。

こんな大人の階段なんて上りたくないし、理不尽な大人の世界なら俺だって知って――


「なーんてね。【NOZOMI】ちゃんなら……もう充分に知ってるよね」


海月は今までのふざけたような気配を引っ込め、労るような眼差しを俺に向けてきた。


「海月……?」

は何なんだ。


常にふざけて、俺をからかうように挙げ足を取るくせに、コイツは俺を……【NOZOMI】をどこまで知っている?



***


【NOZOMI】とは、俺が小学六年まで使用していたモデル活動での名義だ。


幼い頃から俺は、カメラマンをしていた母親の仕事先に連れて行ってもらっていた。

自分で言うのもなんだが、成長期前の性別を感じさせない中性的な容姿のために、使い勝手が良かったのか、男女どちらともの衣装を着せられての撮影が多かった。


何度も繰り返された着替えに疲れ果て、窓辺で眠ってしまった俺を母が撮った一枚の写真。


『まどろみ』。

当初は女の子を撮影したものだと思われていたが、実は男の子だった――というギャップから一代旋風を巻き起こし、俺は『男の娘』として再デビューすることになった。


まだ何も知らなかった子供の俺は、ブレイクしたことを純粋に喜んでいた。

『可愛すぎる男の娘』としてメディアに引っ張りダコになった俺は、周囲の期待に応えるために弱音も吐かずに必死で頑張った。


プロからメイクを教わり、周囲のイメージを壊さないように、常にを意識し続けた。



「『男の娘』で売れるのも今の内だよね」


収録の合間に控え室に戻ろうとした俺の耳に、入ってきた言葉にギクリと全身が強張った。


――それは俺が密かに思い始めていたことだった。

140あるかないかだった身長が徐々に伸び始め、声も少し低くなってきた。


これ以上聞いたらダメだと思っているのに、凍ってしまったかのように、その場から動けなかった。


「そうそう。だから、何にも心配しなくて良いんだよ。あー、アイツが男で良かったー」

「需要短すぎてウケるー」

「そういえば、夏音かのんってアイツと仲良くなかった?もしかしたら好かれてるかもよ?」

「止めてよ、気持ち悪い!そんな趣味ないし。私はカズキみたいな身長が高くて男らしい、格好いい人が好き」

「あー、だよね。NOZOMI


……仲が良いと思っていた。

密かに好意を持っていた仕事モデル仲間の女の子からの言葉。


裏ではこんな風に思われていたなんて……周囲からの目が怖くなった俺は、この時を境にカメラの前で一切笑えなくなった。


その途端にメディアがこぞって叩き始めた。

『調子に乗っていた』、『荷が重かった』、

『一発屋』。『所詮はキャラだから』。


今まであんなにチヤホヤしていたくせに、手の平を返したような態度だった。


猫なで声で接していた番組のプロデューサーや雑誌の編集長は、俺の存在を平然と無視するようになった。


これが――『理不尽』で『汚い』大人の世界だった。


絶望のドン底まで落ちた俺が自殺を選ばなかったのは、常に俺の味方をして優しく支えてくれた両親のお陰だ。


俺はそんな業界から姿を消し――

【NOZOMI】を永遠に封印することに決めた。


***


――それなのに。


パシャッ。パシャッ。


「ふわぁぁぁあ!やっぱり君の姿は超絶可愛い!宇宙一だよ!!」


パシャッ。パシャッ。カシャッ。


「って……おい!何勝手に撮ってんだよ!」


俺が辛い過去の回想をしているというのに――目の前のクラゲは、角度を変えて何度も俺の写真を撮っている。……無断で、だ。


カシャカシャカシャカシャ……。

ついには連写まで始めやがった。


データを削除した意味とは……!


「ふう……」

「『ふう……』じゃねえよ!何、一人でやり切った感出してんだよ!」


……ったく。拍子抜けだ。

何なんだよコイツは……。


「では、改めまして。私は君のサポートを務める海月みずきです! 末永くよろしくね☆」

自分の傘にしっかりとデジカメをしまい込んだ海月は、右の触手を一本差し出してきた。


「嫌だ!俺はさっさと止めてやるんだ!」

差し出された触手をペシッと払い除けた。


「もう、素直じゃないんだからぁ~」


生暖かい目で見るんじゃない!!

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