第3話
「アリーチェ。ここ、うるさいのね。」
メリーチェは食堂について開口一番にそう言った。
確かに食堂では学生たちがおしゃべりしながら食事を楽しんでいる。
だが、うるさいというほどでもない。
普通に食事をしながらしゃべっているだけだ。
「そう?さあ、空いている席に座りましょう。」
「え、ええ。勝手に座って良いのかしら?」
キョロキョロとしながらメリーチェは席に座った。
席を案内する使用人がいないことが不思議なのだろう。
席についてベルを鳴らすとすぐに食堂のウエイトレスさんが朝食を持ってやってくる。
「あら?食事は選べないのかしら?」
「申し訳ございません。こちらでは一種類しかお出ししておりません。」
そう、ここでは食事を選ぶことはできないのだ。
日替わりのセットしか選べない。
それが嫌な人は部屋での食事を楽しむか、家から連れてきた使用人に頼んで好きなものを作ってもらうしかない。
だから、この食堂には比較的金銭的にあまり余裕のない者が集まるのだ。
メリーチェは運ばれてきた朝食をまじまじと見ると一口口に運んだ。
「味は・・・まあまあね。」
「そうだね。」
可もなく不可もなくそれがこの食堂の味だ。
「・・・私にはちょっと多い量だわ。」
「だからメリーチェ様は細いんですね。もっとしっかり食べないと!」
朝食のことになると熱が入ってしまう私は、メリーチェにご飯を食べることの大切さを説いていた。
メリーチェは、それを鬱陶しいと思うわけでもなくただ頷きながら聞いていた。
「あ、あれはメリーチェ様じゃないの。」
「あら。しかも、みすぼらしい男爵の養子が一緒だわ。」
「まあ!養子ごときがメリーチェ様に取り入ろうとするだなんて。恥知らずもいいところね。」
「それだけ教養がないんじゃないのかしら?」
「ほほほ。そうね。」
食事が終わった人たちがこちらに気づいたのか、私たちを見てひそひそ話を始めた。
それもそうだろう。
大貴族であるメリーチェがここにいるのだから。
しかも貧乏男爵の娘と言われている私が一緒にいるのだ。
目立たない訳がない。
ちらりとメリーチェを見る。
だた、メリーチェはそ知らぬ顔で食後の紅茶を嗜んでいた。
私もメリーチェにならって周りの視線を気にしないように努めた。
すると徐々に人が減っていく。
相手にしないことで興が冷めたようだ。
「ああいう人たちの相手はしないことよ。気にしないこと、それが一番。ただ、実際に手をだされたらやりかえしましょうね。」
メリーチェは私にだけ聞こえるように言ってから優しく微笑んだ。
・・・。ほんとうにメリーチェってば悪役令嬢っぽくないなぁ。
どうして聖女様みたいに清廉に微笑むのだろうか。
「さ、行きましょう。」
メリーチェのその言葉で私たちは立ち上がって食堂を後にした。
☆☆☆
「おはよう。メリーチェ。今日も君は美しいね。」
校舎に入ってすぐにアルフレッド様がメリーチェに声をかけてきた。
婚約者なんだから当たり前なんだろうけど、私にとっては違和感バリバリだ。
だって、乙女ゲームではアルフレッド様は私と恋に落ちるはずなのに、現実のアルフレッド様はメリーチェのことばかりを気にかけているんだもの。
「おはようございます。アルフレッド様。」
笑顔を見せて挨拶をするメリーチェだが、その目は全く笑っておらず作った笑顔だということが私にもわかった。
そして、メリーチェはどこかアルフレッド様に対して冷たいようにも思える。
乙女ゲームの中のメリーチェはアルフレッドに対しては積極的だったのに。
「ああ。アリーチェもいたのか。おはよう。」
「おはようございます。アルフレッド様。」
まるでついでのように私にも挨拶をくれたアルフレッド様。
「メリーチェ。一緒に教室まで行かないか?」
「アリーチェと参りますので。」
アルフレッド様がメリーチェを誘うがメリーチェは相手にしないどころか、私と一緒に行くと言う。
そのお陰で今、アルフレッド様に私は睨まれてしまった。
「あの・・・私は一人でも大丈夫ですので、ぜひお二人で・・・。」
「そうか!さすがアリーチェはわかっているな。」
「アリーチェ・・・。私はアルフレッド様ではなく、アリーチェと一緒にいたいのです。」
アルフレッド様の視線が痛かったので、メリーチェにアルフレッド様と一緒にいるようにと言ったところ、メリーチェとアルフレッド様からは正反対の反応が返ってきた。
アルフレッド様は嬉しそうに答えたが、メリーチェはとても寂しそうに答えたのだ。
間に挟まれたのは私。
「えっと・・・では、三人で一緒に行くと言うのは・・・。」
「・・・メリーチェが一緒なら仕方がないな。」
「アリーチェが一緒なら仕方がありませんわね。」
こうして私たちは3人で仲良く教室まで行くことになったのだった。
その途中、もちろん私たちは好奇の視線にさらされることになる。
「まあ!貧乏男爵の娘が図々しくもアルフレッド様とメリーチェ様に取り入っているわ!」
「アルフレッド様を狙っているんじゃないの?」
「アルフレッド様とメリーチェ様の仲を壊そうとしているのではなくって。」
「恥知らずね。」
もちろん悪く言われているのは私である。
アルフレッド様を狙っているのは当たっている。
当たっているが当のアルフレッド様は私のことが眼中にないのだ。
アルフレッド様はメリーチェのことしか見ていないように思える。
そして、メリーチェは何故だか私をアルフレッド様避けに使っているような気がしてならない。
メリーチェはアルフレッド様のことが嫌いなのだろうか。
「あの・・・。みなさんの視線がいたいのですが。」
意を決して伝えてみれば、
「そうか、ならば私をメリーチェと二人きりにしてくれて構わない。むしろ、メリーチェと二人きりにしてくれると助かる。」
「まあ!アリーチェったら私を置いていくと言うんですの。ダメですわ。アルフレッド様と二人っきりになってしまうではありませんの。私はアルフレッド様ではなくってアリーチェと一緒にいたいんですの。」
「・・・メリーチェ。」
メリーチェの言い様にアルフレッド様はガックリと肩を落とした。
☆☆☆
「アリーチェ。お昼はどこで食べるんですの?」
「え?」
午前の授業が終わるとすぐさまメリーチェが話しかけてきた。
ちなみに、私はこの学園に友達がいない。
なぜならば、常にメリーチェが隣にいるからだ。
そのため、他の生徒が私に近寄ってこれないし、私も他の生徒に話しかける隙がない。
「また食堂で食べますの?」
「え、ええ。そうですね。私のような貧乏男爵の娘は食堂の食事くらいでないと手が届きません。」
私はメリーチェから少し距離をとろうとそう告げる。
朝食ならまだしも、昼食までメリーチェは食堂でとらないだろうと思ったからだ。
なんたってメリーチェは侯爵令嬢なのだ。
侯爵令嬢だったらきっとお抱えの使用人が美味しいフルコース料理を持ってきていることだろう。
地位が高い貴族になると学園に休憩室を割り当ててもらえることがある。
基本的には侯爵家以上のご子息に割り当てられる。
王太子の婚約者であるメリーチェ侯爵令嬢もきっと休憩室が割り当てられていることだろう。
なのでお昼はそこでとるはず。
「まあ!貧乏だなんて!そんな自分を卑下するようなことはおっしゃってはダメよ。常に堂々としていなければ。」
「あ、あはは。そうですね。」
「そうよ。弱味は見せたらいけないわ。でも、アリーチェが私にだけ弱味を見せてくれるというのならば私は大歓迎よ。」
「・・・ありがとうございます。」
「私はお昼は休憩室を使用する予定でしたの。」
そうだよね。
メリーチェほどの貴族だったら休憩室を使うはずだ。
「そうですか。では、私は食堂に行きますね。」
やっとメリーチェから解放される。そう思って私はホッとため息をついた。
すると、メリーチェの形のよい眉がひそめられる。
「アリーチェ。アリーチェも一緒に私と休憩室で食事をいたしましょう?」
「えっ!?で、ですが・・・。」
「お願いよ、アリーチェ。アリーチェが来てくれないとアルフレッド様と二人っきりでの食事になってしまうわ。」
どうやらメリーチェはアルフレッド様と食事をすることになっているようだ。
そこに私が割り込んでもいいのだろうか。
メリーチェは私にアルフレッド様を取られるかもしれないとは思ってもいないのだろうか。
「で、ですが。今からですと私の食事の分は用意できないかと思われますし、侯爵家の方々が食べるような食事ですと私どもの家ではお支払が・・・。」
アルフレッド様とお近づきにはなりたいけれども、侯爵家の料理を食べるだけの金銭的な余裕がない。
今日、侯爵家で用意された料理を食べてしまったら明日からパン1個ですまさなければならなくなるだろう。
それは嫌だ。
いくらアルフレッド様が一緒でもそれだけは避けたい。
「あら、心配しなくても大丈夫よ。私の分の料理がいつもあまりますの。あんなに食べれないと言っているのにいつもいつも大量の食事が出て・・・。もったいないと思っておりますのよ。だからそれをアリーチェと一緒に食べようと思って。私のために用意された食事を食べきれないからアリーチェにあげるんですの。ですから、お代のことなど気にしなくていいんですのよ。それに、アリーチェは私の親友ですわ。」
うっ・・・。
なんで、メリーチェってこんなに優しいの?
しかも私のことを親友って言い始めたし。
これは、断るのは無理そうだ。
むしろ、これはメリーチェの誘いに乗った方がいいのかな?
アルフレッド様と一緒に美味しいご飯を食べられるはずだし。
「さ、参りましょう。」
メリーチェはにっこりと笑うと私の返事も待たずに私の手を取って歩き始めた。
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