第4話


「ああ、メリーチェ待っていたよ。君のために最高の食事を用意したんだ。」


メリーチェに用意されたという休憩室に向かうとそこには、アルフレッド様がすでに着席して待っていた。


そして、やっぱり私の姿は目に入らないようである。


アルフレッド様の目に写るのはメリーチェだけのようである。


「用意してくださったのは使用人でしょう?まあ、いいわ。アリーチェも誘いましたの。一緒でもいいでしょう?」


メリーチェはそう言って、私の背中を押す。


メリーチェに急に背中を押されたせいで、私はメリーチェより前におどりでてしまった。


「ああ・・・。またアリーチェか。メリーチェはアリーチェが好きなのだな。」


「ええ。だって私たちは親友ですもの。でも、アルフレッド様もアリーチェと友達なのでしょう?」


「・・・まあな。」


「なら、アリーチェも一緒でも問題はございませんよね?」


「・・・まあな。」


「よかったわ。アリーチェ、アルフレッド様の許可も得られたし座りましょう。」


「あ・・・はい。」


アルフレッド様の許可をとったというか、無理矢理もぎとったかのように聞こえるメリーチェとアルフレッド様の会話を聞いたあとでは頷くしかなかった。


まあ、この部屋に来た時点でもう私には逃げ場がないということを理解していたけれども。


さて、ではメリーチェの言う通りに椅子に座ろうとしたが、空いている椅子はひとつしかない。


そして、メリーチェはまだ立っている。


つまり私が椅子に座ってしまうとメリーチェが座る場所がなくなってしまうのだ。


それはいただけない。


ここで私がサッと椅子に座ろうものなら、アルフレッド様が怒りそうだ。


さて、どうしたものかと首をかしげる。


「あら、椅子が足りないわね。誰か椅子を持ってきてくださる?」


メリーチェも気がついて、そばに控えている使用人に声をかけてくれた。


だが、誰も動く気配がない。


これは・・・使用人一同で私を邪魔物として扱っているな・・・。


まあ、仕方ないけど。


「・・・持ってきてくださらないようね。では、アリーチェ。私の膝の上に座ってちょうだい。」


「はっ!?」


「なにっ!?」


椅子を持ってくる気配がないことに気づくと、メリーチェは自分の膝の上に座るように言ってきた。


細く折れそうなメリーチェの膝の上に座るだなんて無理だ。


それに、普通親友でもそんなことはしない。


アルフレッド様だって驚いているではないか。


「メリーチェ様。さすがに私がメリーチェ様の膝の上に座るわけにはいきません。」


「そうだ!メリーチェの小鹿のように華奢な足が折れてしまう!」


アルフレッド様も断固反対のようだ。


「では、どなたか椅子を持ってきてくださいませんか?」


メリーチェはにっこりと笑って使用人にそう告げた。

メリーチェの言葉に、使用人が重い腰をあげた。


すぐに椅子を持ってきてくれたのだ。


ただ、メリーチェたちとは違い豪華な椅子ではなく質素な木で出来た椅子だったけれども。


メリーチェがその椅子を見てマユを潜める。


私はメリーチェがなにか言い出す前に、「ありがとうございます。」と言って持ってきてくれた椅子に座った。


「アリーチェ・・・。」


「いいんです。持ってきてくださったのだから。」


そう言って私はメリーチェに微笑んで見せた。


「・・・では、食事にしよう。」


私の椅子が来るのを待っていてくださったアルフレッド様がそう口にしたが、私は身動き一つすることができなかった。


食事にしようと言われても、用意されている食事は二人分で私の分はないのだ。


メリーチェは食べきれないから私の分を食べてと言っていたが・・・。


確かに二人では食べきれないだろうというほどの料理がテーブルの上には並んでいる。


並んではいるが、私の分のナイフもフォークも取り皿さえもないのだ。


さすがに手つかみで食べることには抵抗があるし、令嬢の端くれとしてそれは許されない行為だろう。


ナイフもフォークもなく食べることができない私の姿を、使用人たちがクスクスと笑いながら見ている。


アルフレッド様をちらりと見るとなにやら苦い顔をしていた。


メリーチェも苦い顔をしている。


「・・・気が利かないわね。」


「すまない。誰かアリーチェの分のナイフとフォークと取り皿を持ってきてくれ。」


メリーチェの言葉にアルフレッド様は謝罪の言葉を送ると、使用人に向かって声をあげた。


「あの・・・私は別に・・・。」


「いいえ。一緒に食べましょうと誘ったのは私だもの。気にしないで食べましょう。」


「ああ。しかし、まさかここまで使用人の質が悪いとは・・・。一応使用人よりもアリーチェの方が身分は上なのだがなぁ・・・。」


メリーチェもアルフレッド様も優しい。


さっきまでアルフレッド様は、メリーチェとの時間を邪魔されて期限が悪かったようなのに、今は私を邪険にしている使用人に苛立ちを覚えているようだ。


やっぱりアルフレッド様は乙女ゲームと同じでとても優しい人だ。


しばらく待っているとやっと使用人がやってきた。


そうして私の前に取り皿を置いた。


ナイフとフォークは持ってきてくれないようだ。


「・・・ありがとうございます。」


ナイフとフォークは持ってきてくれなかった。


しかしお皿は持ってきてくれたのだ。


私は持ってきてくれた使用人にお礼を言った。


「・・・はあ。」


メリーチェの大きなため息が溢れる。


そうして、メリーチェは美味しそうなサラダを手に取った。


それを一口フォークに刺すと口に運ぶ。


「はい。あーん。」


自分の口にではなく、私の口にメリーチェはサラダを持ってきた。


「えっ?」


「はぁ!?」


驚く私とアルフレッド様。


「はい、口を開けて。アリーチェ。」


にっこりと良い笑顔を向けてくるメリーチェ。


私は言われるがまま口を開くと、そこにサラダが放り込まれた。


「どう?美味しい?」


「う、うん・・・。」


正直よく味がわからなかった。


アルフレッド様の視線はとっても痛かったし。


使用人も唖然とした表情でこちらをみているし。


貴族の食事マナーとしてはあり得ないよね。


「・・・アリーチェ。私のナイフとフォークを使え。」


そう言ってアルフレッド様はご自分のナイフとフォークを私に渡してきた。


「アルフレッド様はどうするのですか?」


そう、アルフレッド様に問いかければ、


「私はメリーチェに食べさせてもらう。」


という、良い笑顔で返答が返ってきた。


「アルフレッド様。申し訳ございませんが、私は女性にしかそういった行為はいたしませんの。」


「なっ!?」


「いいえ。アリーチェ限定ですわね。」


メリーチェはにっこり笑ってアルフレッド様に告げた。


それを絶望したような目で見るアルフレッド様。


私に渡そうとナイフとフォークを持った手がふるふると震えていた。


「あの・・・では、私が代わりに。」


「いや、結構だ。・・・いや、待てよ。そうだな・・・お願いするか。」


メリーチェがアルフレッド様に食べさせるのが嫌だということなので、私が名乗りをあげてみた。


だって、誰かが食べさせてもらわなければ一人だけ食べれなくなってしまうのだ。


ナイフとフォークは二人分しかないのだから。


アルフレッド様は最初は私の提案を断ったが、少し考えてから私の提案を飲んだ。


そうして、アルフレッド様のナイフとフォークが私に渡される。


まさか、まさかこんなところで、アルフレッド様に「はい、あーん。」ができるとは思わなかった。


使用人グッジョブ!なのである。


「アリーチェ。アルフレッド様の好物はこれよ。」


そう言ってメリーチェはピーマンの入った炒め物を指し示した。


あれ?


確か、乙女ゲームではアルフレッド様はピーマンが食べられなかったはずなのに、この世界のアルフレッド様は逆にピーマンが好物なの?


でも、メリーチェが嘘を教えてなにか得があるのだろうか・・・。


あ、そっか。


私がアルフレッド様に嫌いな物を食べさせることで、アルフレッド様に私を嫌いになるように仕向けているのかな。


いや、でも・・・。


アルフレッド様の目の前で、アルフレッド様に聞こえるように私に教えるってことは違うか。


「メリーチェ・・・。君は・・・。」


アルフレッド様が呆然とした表情でメリーチェを見ている。


「あら?お嫌いなんですの?ピーマン。いつも最後まで残しているから楽しみにとっておいてあるのかと思っていたのですけれども。(アリーチェに食べさせてもらうだなんて羨ましいわ。そんな幸運なアルフレッド様には、大っ嫌いなピーマンだけ食べさせてもらえばいいのよ。)」


にっこりにこにこ。


メリーチェはそう言ってアルフレッド様に微笑んでいる。


アルフレッド様はなにか言おうとして、口を開けたが、言葉を発する前に口を閉じてしまった。


「・・・すまない。アリーチェ、ナイフとフォークを返してくれ。」


「・・・はい。」


アルフレッド様ががっくりしたように言うので、私はアルフレッド様から受け取ったナイフとフォークをアルフレッド様に返した。


ああ。アルフレッド様に食べさせることが叶わなかった。


「メリーチェ。安心してね。私が食べさせてあげるわね。」


にっこりとアリーチェが笑う。


その横でアルフレッド様がうちひしがれたようにがっくりとうなだれていた。



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