叩き込む拳は堅氷に阻まれる。

 振り絞った最後の一撃もむなしく、彼の創り出す氷壁が受け止めていた。その堅牢で凍てつく氷面ひょうめんには一筋の血が流れる。

「やれやれ……」と【白氷の冴え】はため息を漏らせば――

 振り返ると同時に彼はその氷刃ひょうじんを振るい、ドラコの右腕をね飛ばした。

「うぐおおおおお!」と痛みに叫ぶドラコ。


 痛みに気を取られている隙に、【白氷の冴え】の握る兇刃はその胸を穿つのだった。


 骨身に染みる冷たさは、体の中、心臓から脊椎と通り尾てい骨まで到達していた。

「ドラコ!!」とジャレの叫び、慌ただしい声は遠くから聞えてくるようだった。

 とても遠くから――

 すると、この耳元で奴は、【白氷の冴え】が囁いてくる。

「人の厚意は無下にしてはいけないと、そう言っただろ?」

「……うる、せ、ェ……」

 突き入れる刃はより深く入る。

 大量の血が口から溢れ出る。

「その両目、【竜のひとみ】を久しく見たが、あの時と変わらず、醜い目だな?」


 でも、〝さようなら〟だ。【竜眼】のドラコくん?


 胸を穿った刃は抜かれ、支えていたその手はこの身体を押し倒す。ゆっくりと、優しく……

 気付くと泥土の上、仰向けにして倒れていた。一指たりとも動けない、指先はまるで氷のように冷たくて、それは指先だけじゃない、身体中が凍てついていた。

 眠気が来る。視界はゆっくりと暗転し、耳が――遠のいてゆく。


 ジャレの怒号はもう、ちいさくとしか聞こえない。


「……哀れな終わりだな?【竜眼】」と最期の言葉を残す【焔の魔人】

「……」【暴風の巨人】はただ彼の死を見つめるだけだった。

 血の気の引いてゆくその肌色、見開いたままの目、その生気のない虚ろな瞳。

 復讐も果たすことの出来なかった――哀れな骸――をこの記憶に留める様にじっと、見つめていた……


 武術族――【竜眼】のドラコは戦地にて、栄誉の戦死――

                   これがプロローグの終りだ。        

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る