1日目②「Stranger than scavenger」

「I think you will find~♪」


幸い替えの服はすぐに見つかった。ゾンビにも遭遇せず、人間も死体以外には遭遇せず。


「When your death takes its toll♪」


 そして今は暖かいシャワーを浴びている。こんな騒動が起こっていてもまだホテルは生きていたらしい。


「All the money you made~♪」


 でもきっと、これ以降は暖かいシャワーなど望めないだろう。鏡を見る、肩よりやや下まで伸びているセミロング...からずっと伸ばしていた髪に触れる。


「…Will never buy back your soul」


 手元にはハサミ、だが自殺などではない。思い立った事があるだけだ。


 私はハサミを手に取り、躊躇うことすらせず髪の毛を切り落としていく。長い髪なんて緊急時には邪魔で不衛生の元凶でしかない。


「And I’ll stand over your grave

‘Til I’m sure that you’re dead.」


 歌い終える時にはもう終わっていた。50年代のハリウッド女優を知っている人が「麗しのサブリナ頃のオードリー・ヘップバーンみたいだ」とでも言ってくれる短さだ。悪くない。


「じゃあこのジャージ、貰っていきます」

「他の私物は手を着けていないので安心してください」


浴室を出た私は服の持ち主に声をかけ、身だしなみを整えてから鏡でもう一度だけ髪の毛を確かめる。


「…成仏してくださいね」


 部屋の奥で揺られている持ち主は無言で首を吊っている。きっとこの状況に絶望したのだろう。


「現在時刻は13時過ぎ…」

「防犯ブザーは鳴る、場所もよし…」


 2階へと続く階段を下りつつ、現在時刻を把握し作戦を反芻する。 1つしか無い防犯ブザーを使うのは躊躇うが、電器店に辿り着ければ補充も容易だろう。


「誘き寄せに30分から1時間で15時までには捜索を完了させて…ホテルは使えなくなる予定だから別の拠点を見つけて…」


 不意にMP3プレイヤーを取り出し音楽を流す。イヤホンは元から片耳用イヤホンだし聞こえ方には問題ない。気分転換だ、明るく行こう。


「...Yeah want vibration. I'll dive in a deep sea. Please me green and blue resonance」


 そういえばこのバンド、昨日は近くのドームでコンサートだったけど生きているのだろうか。ゾンビになっていたら新曲が聞けやしないな。


「…っと」

 ゾンビが3体、此方には気付いて居ないが進路上に佇んでいる。さて、どうしてやろうか…

 

 1体ずつなら処理は容易だろうし、ならば投擲を行って1体を引き付けてみよう。大きな音を出すのは厳禁だとすると…


「まるっきりゲームのチュートリアルね」


 部屋を漁る際にリモコンから抜いていた電池を幾つか投げて引き付けて釣る。ゾンビを殺すのはこれで2体だが平常心を保てるくらいには慣れてきた。


「Knock, knock, knockin’ on heaven’s door~♪」


 1体ずつならば最初のように処理は楽だ。ボブ・ディランのゾンビアポカリプスにおける汎用性は凄いなとか感心しながらゾンビの頭を破壊する。


 そしてそのままの流れで2と3体目もしっかり頭を潰す。返り血も全く浴びずに服は衛生的なままだ...そしてよく観察すれば3体とも噛まれたり引っ掻かれたような外傷があることにも気がつく。


「さっきの強盗ゾンビもそうだったけど、やはり噛まれたりするとお仲間になるのかな」


 殺すのはこれでもう4体...慣れなきゃいけない、殺さなきゃ殺される。電池を何本も回収していて良かった、ノレる音楽は大…ッ!ガァン!


「…誰?」


 気配。目下の始末を終えたと油断していた。その方向へ瞬時にピッケルを叩き付け牽制をし、生きている人間にも備え声を投げ掛ける。近い、曲がり角のすぐにいる。


 気配はその場で動かない、音に反応して出てこないとするとやはり人間か。男女問わず警戒は必要だが、極限時に性欲が爆発して強姦魔になる例も見てきた。ヤバそうな男ならどうしようか。


「出てきなさい、人間なら殺さないわ」

「…………」


 案の定、出てきたのは人間で…女だ。アタリを引いたか?見る限りアメリカ人、年の頃は変わらない見た目で、丸腰…少なくともすぐに危険は無いか。まだ獲物は下ろさない。


「Who are you? Guests? Are you unhurt?」


次は、怪我の有無。負傷していればこのまま関わらないかゾンビとなる前に殺すかだ。先程の強盗団とは関連しなさそうだが、凶器を構えたこちらを警戒しつつもやけに落ち着き払っているのが気になる。


「あー…日本語で大丈夫よ。こっちも敵意はないわ、落ち着いて」

「私はケイシー・セラ・ウルリッチ、ここの宿泊者だったの。これ、身分証明書。何処も怪我は無いわ、貴女は?」

 

 流暢な日本語を話す。提示してきた学生証はここの近辺にある高校のもので歳は2つ上…ひとまず安心か。所持品はウエストポーチ程度…


「…大和祢白香やまとね・しらか。私もここのホテルの宿泊者よ」

「それじゃあ、急ぐ用があるの。10分後くらいに奴等の大群を誘き寄せる予定だから、その隙に貴方も避難して」


 名前と行動予定くらいは明かしていいだろう、害が無かろうと基本はお別れだ。避難所?知るものか。


「待って!貴方、正面の電器店に行くんでしょ?」

「…それが、何か?」

「私も同行させて。私も欲しいものがあるの」

「……どうぞ。ただし無事の保証はしないわ」


 少しばかり面倒な事になったがまぁ行動に変更は無いから割り切ろう。下手に断って拗れたり、今の会話から大体わかった。


 行き先を知られているということは、口頭で反芻していた時を聞かれていたということだろう。男じゃないなら襲われる心配もほぼ無…い性癖であって欲しい。


「で、どうするの?誘き寄せるって言ってたけど私が何か手伝える?」


 まぁ今は置いておこう。しかし、こういう時に役立つような友好的かつ協力的さだ。パニックで取り乱すようなタイプでも無さそうだし、少なくとも私が緊急時に1人で行動する理由の殆どを占める人種ではなさそうなのが助かる。


「遠投が得意なら、これを投げて貰いたいくらいよ」

「Personal alarm?」

「Yep. これを鳴らしながら適当なビルにでも投げ込んで、近隣のを誘導出来たら電気店に駆け込む」


 これが1番安全であろうプラン、防犯ブザーを乙女の必需品として持たされていて良かったと心から思う。


「いいわ、遠投なら任せて。こう見えて陸上競技でずっと槍投げをしていたのよ!」

「ん、じゃあ任せる」


 本当にいると助かるタイプだなこの女。これでゾンビも...生きてる人間も判断次第で抵抗なく殺せれば最高だ。


「魔法でも使えたら誘き寄せるのも楽なのにね」

「私は魔法があってもこんな所じゃ使わない」


 そう、まだその辺の適当な物資をDIYするだけでもなんとかなる。あの地獄と比べても今回は殺人目的のモンスターがちょっと多い程度で何ら変わりはない。今度も大丈夫、上手くやる。


「割れたティーカップを直したり、ピンクの粉雪を降らせたいくらいよ」

「What? 日本のコトワザか何か?」

「そんなところ。で、これでいいかしら?」


 無駄話で時間を潰しつつも、槍投げが得意と聞いた私はすぐさまDIYをしていた。清掃用モップの木製柄に重石を付けて、先端には防犯ブザーで即席の槍だ。


「先端に重りを付けて、持ち手にはガムテープで悪いけど滑り止め。ブザーは鳴らしながら投げて貰うから」

「パーフェクトよヤマトネ!」

「ありがと、ケイシー」


 もしかしたら友情も育めるかもしれないとか思い始めてくる。私にしては珍しく人嫌いが沸いてこない女だ。


「そうそう...アメリカ人だし噛む物、いる?」

「ガム?マウスピース?あるの?」

「紙麻薬かな、種類はわからないけど」


 これは服探しついでのスカベンジで見つけていたものだ。もし他の生存者がいて物々交換の機会が発生したら…もしくは自分でも必要になったらやむを得ずと思っていたが機会はここか?アメリカは合法なところも…


「No!! Drug!! というかヤマトネ貴女それ」

「拾い物よ。私は使わないわ」


やはりダメか。補足は入れておこう。


「こういう突発的な災害の時に依存物を確保しておくと、物々交換が発生した時に吹っ掛けられるのよ?薬物もそうだし、タバコも。酒は嵩張るから自分用だけとしてもね?」


 あの時も避難所には数人単位で明らかに薬物やタバコ、アルコールの依存ってのが居たし、今回もまず確保に向かって損は無い。


「…ちょっと手慣れすぎじゃない?」

「こういう極限状況は初めてじゃないの」

「元SASか何かかしらね貴女。普通じゃないわ」


 ぬぅ失礼な……確かに世間離れしている自覚はあるけど、それ以外は普通だ。ちょっと経験値があるだけなのだ。


「私よりも火薬の匂いをさせている貴女のがもっとそれっぽいんじゃないケイシー?」


 お返しをしてやろう。火薬の匂いをさせた女のが怪しいだろう…日本人はその匂いに文化上慣れている。だがまさか室内で花火は無いだろうし…銃だろう。


「………どうして?」


おお怖い、警戒心を抱きにくいような笑みが瞬間で口元だけの恐ろしいものになった。


「日本人はその匂いがする花火が大好きなのよ」

「私は事情に踏み込まないけど、私以外に感付かれる前に着替えるか香水を振るかした方がいいと思うわ」


 彼女は無言で同じ表情だ。恐らくは打算をしているのだろう…出会い頭に確認した限りでは丸腰なのが明らかだ。でなけりゃゾンビをピッケルで撲殺してるのを見て構えてくる。


 恐らく弾丸は無い筈、でなければ私と組まずとも目的地までは辿り着けるだろう。


。じゃあ香水はある?」

「ならこれを貸すわ」


 つい勢いでカマをかけてしまったが何事も起らず良かった。しかしこの日本で銃を所持している女子高生とは何者なのだろうか…触れないでおこう。まだ命は惜しい。


「あら、キャラメルが好きなの?」

「私を好きな人が好きなのよ」


 そんなガールズトークをしつつここからの作戦を話しつつ、1階で出くわしたゾンビを3体ほど始末しつつ私達は投擲地点へ、全周開放式となっている2階のテラスに辿り着いた。


「じゃあもう一度声出し確認。目標点は真向かいのビル2階で、投擲したら引き返してビルと逆側のホテル入口から外に出る」


「ゾンビの集合が早いって時は隠れて様子を伺って、夜まで待って視野が狭い所を突撃...シンプルで良いわね」


 現在時刻は13時30分...十分すぎる時間はある。

邪魔なヤツはその都度排除する必要があるし全力疾走も確定しているので私も準備運動を念入りに行い、大リーガー気取りみたいなスイングも何度か行う。そしてケイシーが合図を要求してくる...


「Get Set......」

 

 大丈夫、今回だって上手くやる。やってみせる...


「Go!!」


 ブザーを鳴らし彼女は走り出す。経験者というのは誇張ではなく本当なのだと理解させられるフォームと投擲。それは予定していた地点に到達し...それを見届けた私たちは一目散に走り出す。


 1階へ降りて入り口に向き直る。目的の通りゾンビたちはこのホテルの裏に誘導され意識はそちらに向き、歩いている。道路に一瞬の空白が出来、私達はそこを駆ける...


 あちこちに赤黒い水溜まりが作られていて足を進める度に嫌な音が鳴る。しかもその中には手や足、胴体などがパーツ単位で散乱すらしており目を背けることすら出来ない。ケイシーが着いてきているか確認する。大丈夫だ、惨状に吐き気を催しながらも着いてきている。


 そして私達2人は最初の目的である電器店へと到達できた。いよいよここからだ。

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I will never die! 蘇逢薊 @aoi_ninja

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