I will never die!
蘇逢薊
1日目「Maybe i wanna die」
3月10日
私は中学を卒業して、すぐ卒業旅行へ来ていた。元から一人旅と決めていて、父親には友達と一緒だとも嘘をついて...何の気も無い。
貯金を粗方下ろして、宮城まで新幹線を使い、大好きだったアイドルのコンサートを満喫し、美味しい寿司を食べて、他愛の無い2泊3日の一人旅。こんな旅が憧れだったんだと思い知らされる旅情...最高だ。
そして私は、普段はドライだなんだとも言われる私が珍しく興奮で寝付けない...でも無理にでも毛布を被り寝ようとしていた楽しい夜にそれは起こった。
それは大きな爆発音だった。
最初は事故か、火事かでも起きたのだと思った。爆発ならまだガラスには近寄らない方がいい、待機。そして続けざまにサイレンが鳴り出して、数拍は置いてから衝撃波がガラスを揺らす。割れない上に遅い、ならば遠い?
パニックにならず、心を落ち着かせて冷静に...爆発はもう?まだ?来ない。そろそろ窓に近づいて良いだろう...コンサートに使った双眼鏡はテーブルの上に発見できた。明かりを着けるのは何故か躊躇った。そして外を...
薄いレースカーテン越しでもわかる、深夜だというのに外がオレンジ色に染まっている。燃えているのだ。熱は来ない、幸いにも近くは燃えていないのだろう...携帯電話を探す。枕元にあった。
「お父さん......繋がらない?」
無意識に父親へと頼ろうとしても、電話が繋がらないことが現実に無理にでも引き戻してくれる。アンテナが1本も立っていない...
「...大きいと言えども、爆発や火事でここまで?」
ふと違和感を感じはした。が、何の気も無しにテーブルから掴んだ双眼鏡越しの景色を見てしまって、思考はそこで全部吹っ飛んだ。何故なら...
人が人を食べていた
それも食べているのも食べられているのも1人2人じゃない、ホテルの非常ベルが鳴りパニックになった人達がホテルから飛び出していく度にそいつらは飛び付いて、そして喰っていく。
悪夢のようだ。人が、人を食べている...夢だろうか、グール...ゾンビ映画の夢か?悪くてリアリティーのある夢もあったもんだ。違う、これは現実だ。私は、私もパニックになって飛び出したくなる心を無理やり落ち着かせる。
耳を澄ましてみれば非常ベルに混じって大勢の足音も聞こえるし悲鳴も聞こえる...パニック時にドアを叩きまくって安全確認をしにくるタイプの奴は居ないか?居たら居留守を決め込むとして...あの人食い...ゾンビ、ゾンビのようなヤツが此方に来るのが怖いから備え付けの家具でバリケードも作って安全を確保して...まずは事態の把握だ。
もう一度、もう一度頬を叩いて現実と認識してみてから外を見てみる。やはり人が人を喰っていて...見間違えでなければさっきよりも増えている。ホテルから出てきたような寝巻きの客が齧られだらりと垂れた腕を気にもせず喰いついてもいる。
夢のようだが、ゾンビと呼ぶしかないだろう。人が人を襲うようになって、それが集団で発生して...双眼鏡で見える限りずっと続いている。
そして問題なのが、この騒動が何処まで続いているかだ。この街だけなのか、もっと広いか、人類は既に終わっているか。試した限りインターネットやSNSの類いは全て使用不可能。
何とか非常用の懐中電灯を部屋から探して、目星を行い近辺の地図を見つけるが...
「地図はあっても、移動中の正確な現在位置はわからない...」「...そして、このバカみたいな騒動が何処まで広がっているのかも...双眼鏡から見える範囲は全部燃えている...」「想定は下手をすれば県、いや地方全域としても...」「交通機関も止まっているだろうし...安全圏までは徒歩、それか自転車か...」
気がつけば考えは声に出ていた。
「土地勘が無くても迷わず東京まで...」「新幹線の線路...はダメ、食料がまず確保できない...降りられない...」
スタンド・バイ・ミーのような荒唐無稽なプランまでも考えてしまう。土地勘が無くても迷わず、食料が確保できる環境で、ゾンビとも不意に会わない...記憶と知恵を総動員し思案し...意識はプツリと途切れ...
そしてドォンという打撃音で目が覚めた。ドアの方からだ。
「...ッ、寝落ち?」
もう一度同じ衝撃がドアを襲う。ヤバイか?カーテンを見る、朝だ。寝落ちしていた。これは...どっちだ?生存者確認のノックか、火事場泥棒か...声をかけてこないところを考えるに後者か?バリケードを立てておいたのが生きた。
逃げるか?立て籠るか?此処は何階だ?いや待て、落ち着け、落ち着け!
音は断続的に響いてきている。
「它被锁住了!」
「尽快、 他进来了!」
「...人間の声...中国語?...生存者はいる、けどこの様子は...」
明らかにこの様子は友好や協力を考えているようなモノではないというのは解った。救出だと言うのならばまず、生存確認をする。いきなりドアを殴り付けたりはしない...火事場泥棒で確定だろう。
「你们需要离开这里,现在!群众正在逼近!」
3人目の声...慌てている?直後にドタドタという足音と...呻き声。私は息をつき、ひとまずの危機は去ったと認識し昔のことを思い出して自嘲する。
「...人間も、基本的には信用しない方がいい、か。そうだったね。そうだよね。」
生き残りは善人だとは限らないし、私は15の女だ。これが映画なら...役立たずとして見捨てられたり悪漢に襲われる役回りだろうと言うのを思い出せ。
そしてこういった災害に美談こそは確かに存在するが、その美談の足下には100倍ですら足らない醜さが存在する。身をもって知っているだろう。
声も聞こえなくなった。私は眠りで中断されていた思考に再び没頭する
「バス、電車、車もダメとして手段は徒歩...宮城から東京まで迷わずに...」
ただ、考え出された手段は狂気でしかない
「ん...?車?車で移動するなら...」
ふと車で移動するイメージが思い出される。曲がり道の無い高速道路と目的地までの残りキロ数が表示された看板、ある程度の感覚に設置されたパーキングエリアと、インターチェンジ。そしてインターチェンジを降りたら大抵は町が近くにあって...
「宮城から東京まで高速道路を歩く。」
声に出す。これが1番、現実的ではなかろうか。道は一本道で、一定間隔で下に降りられて、1日1サービスエリアなどの明確な歩く目標も定められる。
腹は決まった。これで行こう。
さて、目的と手段は決まった。次は準備になるが…
「リストアップはしてみたけど、確保と背負って歩けるかが問題ね」
部屋を出る前にお買い物メモを念入りに考え考え、最低限の荷物だけ持つ。グッズだとかお土産だとか、お気に入りの服...それらは全て置いて、もう戻らないつもりで。
「まずはリュックとカセットコンロ…あと充電器と電池か。スマホは生かしておけば何かと役に立つ」
コンパスやブザーにライトとラジオの役目も果たす。電波が通じる地域に入れさえすれば助けも呼べる。これで収納スペースの占有が少ないと来れば人類の叡知は凄い。
さて、まず最初の行き先はホテルのすぐ目の前にあるホームセンターなのだが…
「まぁ、大通りだから奴等も多いか」
2階の部屋から簡単な偵察を行っただけでもかなり絶望的な状況だ。見渡すだけでも50体以上は確実におり、隠れながら移動するという手は通用しそうにない。
「同士討ちは見る限りしていない、でもホテルから出てきた人間にはピンポイントで群がっていた」
「そうなると人間を区別して襲っている事になるから…」
「誘き寄せるしかないよね」
使い古された手段で行こう。最初はそれに備えて1階まで降りる…以前に歪んだ部屋のドアと格闘しなければならなかった。
覚悟を決めていざ出撃までは良かったが、先程の強盗集団のせいでドアが空き辛くなっており、10分ほど時間をかけたのだ。
「ほんと、貴方達のおかげで幸先は最悪だったんだから」
そして今はその犯人の内2人との会話、とは言っても強盗達は血まみれの死体になっているから一方的なものだ。
「そっちの宗教はどうか知らないけれど、目を閉じて手を組み眠りなさい」
露出していた首や頭を酷くやられている。出血量が多すぎたのか、彼らが動き出す気配はない。服は血で汚れるがそんなことよりも優先することがある。
「全く…強盗を働きながら5体満足で弔って貰えて、動くことも無いなんて良い死に方ですこと」
とは言いつつも仰向けにする際は十分に注意する。現にホテル前で食われた人たちは翌朝には全員が居なくなっていたのだから。
「じゃあ迷惑料&手間賃として、無事だったリュックと少しの中身と...このハンマーみたいなのは貰っていきますよ」
本当、嫌な所が手慣れているものだ。
この泥棒たち、捕まって貪られる前にリュックを放り投げたのは泥棒として良い判断だ。おかげで助かる。
「ん、まず腕時計」
荷物を漁ればまず盗品であろう耐水性のデジタル時計。これは当たり、この手は壊れにくい。安心と信頼のG-shock
スマホ世代はスマホが無くなると時間を知ることすら難しくなる。現にもう正午を回ることを今知った。服を汚してでも物色した甲斐があった。今日は準備のみで、出発は不可能だろう。早くお使いを済ませ、今夜の宿を探さないと…
「そしてこれは、ハンマー...ハンマーなのかな?」
何なのだろうかこれは。いやハンマーと言ってはみたが形はピッケルが近いか?ただ長さが1m弱はあるし、尖っている部分はピッケルとは思えないくらいに細くて長く、掘削には向いていないように見える。
何にせよ武器にはなるだろう。ゾンビの弱点が頭だとしたら、この尖った部分で頭蓋骨も貫通は可能だろうから実にゾンビ向けの武器と言える。
あまり人は殺したくないが、積極的に襲ってくる人食いゾンビが溢れているんだ。覚悟はしないと。
「じゃあこれからよろしく、相棒」
この武器の名前がウォー・ピックと呼ばれる物と知るのはかなり後の事だ。
尖った部分の反対側はハンマー状の鈍器だし、ゾンビ相手以外でも不法侵入などに役立つだろう。現に幾つかの部屋のドアがボコボコにされて開けられている。
「さ、着替えに戻…る前に殺人、か」
廊下の角からゾンビが1体、此方に気が付いたか向かってきていた。
噛り取られた頬と半分だけ繋がった首、それでいて頭は働いているのか此方を認識して歩いてくる。物理法則もあったものじゃないな。
すぐ側の死体と違うのは…頭部の損傷と言うよりは出血量だろうか?あれだけ深く齧り取られながらも出血は見られない。
獲物で牽制をしつつ相手の出方を伺う。背中のリュックがお揃いなことから察するに、泥棒一味の3人目だろう。
ドア越しの声が3人分だったことと死体になっていたのが2人だったことからもう1人いるとは察してはいたが、ゾンビ化していたとは都合が良い。
「正直、助かりました。意識のある人間を相手するのは、15歳のか弱い女の子にはとても難しいので」
ああ、コイツはもうなにも考えないし喋りも、齧り付くとか掴む以外で襲ってくることもない。会話に反応することもなく動きも緩慢で、知性が残っているようにも見えない。
確かにこの手の殺人ゾンビは厄介ではあるが、この状況で1対1なら話は別だ。これが生きている強盗ならば私は即座に害され殺されていた事だろう。
獲物はピッケル…のようなもの。頭に一撃貫通させるだけで終わってくれるだろう。ただ問題は…
「さ、どんな風に殴りましょうかね」
選択肢は縦と横に下がある。
「縦は…女の振り被り、上手く刺さらずに肩にでも逸れたら悲惨な可能性」
「横は…ホテルの廊下ともあり振り抜ける面積がまず無い」
そうとなれば選択肢は残されていない。
私は牽制を止め走り出す。そしてピッケルを下から掬い上げるように、先端部分に遠心力を乗せ振る。
目掛ける先は、顎と喉仏の中間。そこから頭頂へ斜めに当てれば脳まで到達はする筈。
ゾンビの反応は鈍い。足元もふらついている。ピッケルは容易に喉から刺さった。
「ああ、やっぱり気持ち悪い」
これが初めての凶器殺人での感想だ。覚悟を決めていたとしても、殺したいから殺すという訳じゃない。
吐き気を堪え、ノックバックに乗せて獲物を引き抜く。そしてすかさず距離を開ける。
「あ…ァ…ゥウ…」
ゾンビは呆気なく倒れたが、まだ生きていた。しかも初めて声を発しやがる。やめろ。
「…早く慣れたいなぁ」
獲物を大きく振り被る。まだ貫通した時の感触が手に残っている、もう一度だ。これで慣れろ。
こうして私は久々の火事場泥棒と初めての凶器殺人を犯した。殺人への気分は悪いが、早く慣れるしかない。でなければ死ぬと教わった。
「…さ、一階へ降りる前に着替えを探さなきゃ」
ゾンビと人間の血液まみれの服はその場で脱ぎ捨てる。目や口などにも付着は...全ての体液は何らかの病原体を持っているものとして扱え、教わっていて良かった。
脱ぐ際には自分の体に傷や皮膚荒れが無いか、加えてそれらがゾンビウイルスの存在しているであろう体液に触れていないかも念入りにだ。
「とりあえず見える範囲では良し…口にも目にも入っていない」
ホームセンターに辿り着けたら、ゴーグルとまではいかずとも伊達メガネくらいは探しておこう。水を通さない手袋も買い物リストには入れよう。
「それよりも誰かに見つかる前に服を着ないと…」
今、ゾンビであろうと人間であろうと見らるのは避けたい。下着姿に大きなリュック、ピッケルを所持した女なんてマトモな人間が見たら幻覚に思うだろうけれど。
そして私は血を洗い流しに適当な部屋を物色し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます