ーThe Ghost Legionsー EP:6 黒い悪魔
今、私の頭の中はパニックになっている。
正直言うと、この半月ほどは驚愕の連続であった。突然の人事、人外じみた先輩達、戦場のような職場。
でもインパクトだけで言えば、今回がダントツだろう。
一癖も二癖もある公安部人格保管室のメンバーをまとめ上げる室長が、今私の前に初めて現れた。
私の中での室長のイメージは、口髭を蓄えた筋骨隆々で戦国武将のような雰囲気を持った豪傑か、または頭が禿げ上がった学者然とした狡猾そうな老人だった。
だが執務室に現れた室長の姿は、どちらでもない。というか、誰もこんなの予想出来るわけない。
その姿が、あどけない表情を見せる可愛らしい少年だったなんて。
「まずは奥原さん、ようこそ人格保管室へ。遅ればせながら室長として歓迎します」
少年は風貌にそぐわないかしこまった態度を見せ、深々と頭を下げる。
完全にパニックになっていた私はつられるように深いお辞儀をする。
「自己紹介がまだでしたね。私は鹿島太一。こんな子供が室長だなんて笑っちゃうでしょうけど、これでもちゃんと仕事はしますから」
そう言って鹿島室長は満面の笑みをこぼす。こちらは苦笑いが精一杯だ。
「室長。それならさっさと歓迎会の申請通しちゃってよ。店抑えたいんだから」
シズカさんが横槍を入れても、鹿島室長は穏やかな笑みを崩さない。
「二人の帰国を待たずに、申請通すのはまずいでしょう。それに、抑えるっていつもの『ディアボロ』でしょうに」
バレたか、とシズカさんが呟く。
鹿島室長はクロムさんと楓さんの方を向き、問いかける。
「帰国早々に申し訳ないですが、二人とも今週の土曜は空けといて下さいね。歓迎会ですから」
室長の誘いに、クロムさんは親指と人差し指で丸を作り、楓さんは小さく頷く。
「と言うわけで、主役の奥原さんも土曜日は空けておいて下さい。場所と時間は追ってメールします」
10歳近い差がありそうな子供から飲み会に誘われるなんて、なんとも不思議な感覚だった。
「では、二人からの報告を聞くとしましょう」
そう言って鹿島室長は、他のメンバーのより豪奢な机へ向かい、革張りの椅子に腰掛ける。そこにはお金かけてるんだ、と素朴な疑問が浮かんだが、気にしないでおこう。
「じゃあ、いつも通り行こうか」
クロムさんがそういうと、みんな瞑想しているかのように目を瞑り出す。
訳も分からずオドオドしていると、クロムさんがこめかみを指で叩くジェスチャーをしながらこちらを見ている。
なるほど、電脳空間での報告会ということか。
脳幹無線機を情報庁のホストサーバを経由し、人格保管室の占有スペースへ接続する。面倒な認証はシズカさんから貰った複合キーがあるからスムーズに進むことが出来た。
すでに電脳空間には他のメンバーが全員揃っている。椅子に座ったら、そのまま立ってたり、存在しない壁に寄りかかっている人と、各々リラックスした状態だ。
「じゃあ初めようか」
私と同じタイミングで現れたクロムさんが手を叩くと、数体のロボットの3Dモデルが表示され、空中に浮遊する。
腕が長い機体、足ががっしりした機体、胴体が前後に長く伸びた機体など、タイプは様々だ。そしてそれぞれのモデルには、機体の情報を表すアノテーションが伸びている。
「合同演習に参加した国は八つ。まぁ概ね室長の予想通り、開発中の試作機や最新鋭機はほとんどなかった。大体が『ビッグシェル』の各国仕様だったよ。まぁカスタムは多岐にわたってたけどね」
そこまでクロムさんが言うと、シズカさんが手を挙げて制する。
「今、ほとんどって言ったわよね。てことは、例外があったの?」
「さすがはシズカ、鋭い」
クロムさんが指をパチンと鳴らすと、新しい機体が姿を表す。
その機体は今までの機体とは一線を画す程、優雅な見た目をしていた。流線型の漆黒の装甲が至る所に使われ、全体のシルエットも他と比べるとかなり細身だ。黒い装甲と相まって、それはさながら悪魔のようだ。
「唯一ロシア軍だけ、全く未知数の試作機をぶつけてきた。それがこいつ、コードネーム『ヴェルクード』だ」
回転しながら佇む3Dモデルの機体がちょうどこちらの方向を向くと、悪魔のようなデザインの独特な頭部がこちらを睨んできているように思えた。
と、その機体は一瞬で霧散し、新たな3Dモデルが表示される。
いや、これはどちらかと言うと、何かを再現した立体映像のようだ。
先ほどの黒い機体を取り囲むように、各国の双脚戦車が並ぶ。
アラームが鳴り響く。おそらく戦闘開始の合図だろう。
次の瞬間、クロムさんと楓さん以外の全員が息を飲む。
あろうことかその黒い機体は、ふわりと浮遊し、そのまま消えたのだ。
正直浮遊技術自体は珍しいわけではない。つい先日凱さんが倒した8本腕の機体にも使われていた技術だ。
しかし、大質量の双脚戦車が消えるのは、流石に誰も予想出来ない。
しかも消えたと思っていた機体が再び姿を表すと、各国がフル改造した機体達が全てゆっくりと崩れ落ちていく。それらは全て足や腕を素早く切り捨てられたようだ。レーザー加工したような綺麗な金属の断面がそれを物語っている。
私たちと同じように、現地でそれを見ていたであろう軍関係者達も呆気に取られていた。
「今回の演習での成果はコイツの映像だけと言ってもいい。それぐらいコイツは異質すぎる」
クロムさんがそういった所で、映像は停止する。
「コイツの詳細について楓ちゃんに調べて貰ったけど、ほとんどわからなかった。まぁ正直、ロシアのデモンストレーションに付き合わされる結果に終わったってことさ」
楓さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「今のロシア兵器開発局にこのレベルの代物を用意できるはずがないわ。多分、バックに何らかの組織か企業がいると考えて間違いない」
楓さんが忌々しげに呟く。
それは技術屋としての享受かもしれない。自分にとって全く異質の技術を見せつけられ、指を咥えて見てるだけの状態は辛いだろう。
「なるほど、現状は把握出来ました。ちなみに、その化け物と戦って、ウチの装備で勝てますか?」
鹿島室長が先ほどの笑みとは打って変わった厳しい表情で、楓さんに問いただす。楓さんは何度か言葉を飲み込み、最後に小さい言葉を漏らす。
「恐らく、不可能です……」
その言葉を聞いて、室長はため息をつく。すでにその雰囲気はあどけない子供のそれではない。鹿島室長の反応を見て、ついに楓さんは俯いてしまう。
「では楓さんは引き続き対象の解析、および対抗策の準備を。この際、予算は無尽蔵に使って貰って構いません」
鹿島室長の指示に、楓さんはただ頷くしか出来ない。
「シズカさんとクロムくんは、ロシアの背後を洗ってください。必要なら所轄と連携して下さい。凱くんは引き続き奥原さんの教育をお願いします」
3人とも即座に肯定の意思を表す。
「はい、では解散」
その言葉を皮切りに、各々は電脳空間に霧散していった。
―――
「じょーだんじゃないわよお!!」
空になったビールグラスが割れそうな勢いで、赤いバーカウンターに叩きつけられる。
幸いカウンターには私たち、人格保管室のメンバーしかいなかったが、明らかにお店に迷惑がかかってしまうほど、楓さんは酔っ払っていた。
「あんなチートじゃん! チートォ! こっちだってねぇ、私の最高傑作をぉ、持っていけばねぇ、あんなやつけちょんけちょんにしてやったのよ!」
どうやら演習での一件が尾を引いているようだ。まぁ、面子を潰された挙句に、何もわからないまま帰国となれば、腹わたが煮えくり返っているのも無理はない。
「もぉ〜! ジェイク! おかわりぃ!」
楓さんに呼ばれたバーテンダーのジェイクさんは怒りもせずにグラスを受け取り、新しいグラスを用意する。これだけ騒いでいたら、流石に注意されそうだけど。
「楓、流石に飲みすぎなんじゃない?」
レッドアイのグラスを傾けながら、シズカさんが優しく窘める。が、今の楓さんには逆効果だ。真っ赤になった顔でシズカさんを睨みつける。
「シズカは悔しくないのぉ!? 世界最強の対ジェミニ部隊の私達がコケにされたんだよぉ! だいたい、シズカが来てくれてればあんなロシアやろーなんかにまけることなかったのにぃ!」
だんだん舌ったらずになっていく楓さんの罵声を受け、今日のために生体ボディに換装してきたシズカさんは、たじたじと言った表情を見せる。普段の鋼鉄の姿では見れない、貴重な光景だ。
と、私の隣に座っていたクロムさんがそそくさと席を立ち、逃げるように去る。
「おい! まけいぬクロム! どこいきやがったぁ? またオンナのケツおっかけてんのかぁ?」
どんどん口調が荒くなる楓さんを、シズカさんが必死に宥める。シズカさんと私に挟まれた凱さんが全く助け船を出さないと言うことは、これはいつものことなんだろうか。ていうか、楓さんがあんなに酒癖悪いなんて想像してなかった。
「どうです? 楽しんでますか?」
空いた私の右隣の席に、鹿島室長がやってくる。バーの椅子に座ると足がつかず、しかも飲んでいるのが乳酸菌飲料というのが、あまりにこの場から浮いていた。
「あ、はい。まぁ、ソフトドリンクですけど」
そういって私はオレンジジュースのグラスに口をつける。
「結構。未成年者に飲酒を勧める悪い大人はいないようですね」
室長は大人びた口調で語りかけてくるが、足をブラブラさせながらストローで乳酸菌飲料を飲んでいる。発言と行動のギャップが凄まじい。
「でも、とてもいいお店ですね。お料理も美味しかったですし」
そう、これほどの荒くれ者達の歓迎会と聞いて、大衆居酒屋か、派手なパブに連れて行かれるかと思ったが、蓋を開けて見ればとても雰囲気のよいイタリアンレストランに連れてこられた。また、出てくる料理もかなりレベルが高く、エビのアヒージョは絶品だった。
一次会をレストランで、二次会をレストランのウェイティングバーで行なっているが、ジャズが流れるオーセンティックな雰囲気は、なんだかちょっと落ち着かなかった。
「ここのオーナーとは古い付き合いでね、うちの溜まり場みたいなもんなんですよ」
古い付き合い、という言葉は違和感しかなかったが、この際突っ込まない方がいいだろう。
「ところで、何か気づきませんか?」
室長が私の目の前で人差し指を立てる。
確かに荒くれ者達にとっては、失礼ながら不釣り合いなお店だが、特に変わったところはない。料理に変なとこもなかったし、トラブルが起きてる気配もない。ウチ以外で。
「うーん、ちょっとわからないですね。強いて言えば、店員さんの連携が凄いなぁとは思いました」
私の解答に、鹿島室長は目を丸くし、すぐに破顔する。
「凄いですね、凛さん。ちゃんと人をみてる」
そう言われても、私には何が何だかわからない。説明を求めて凱さんの方に振り向くと、彼はめんどくさそうにテキーラのショットグラスを煽る。
「目の前のバーテンのジェイクも、ウェイターのミゲルやラスティも、厨房にいるスタンやアンジェロも、全員同一人物なんだよ」
そう言われて、私は一瞬訳が分からなくなる。が、次第にその意味が分かってきた。
「全員ジェミニ、ってことですか?」
私の出した答えに、室長が「その通り」と答える。
「このお店の従業員は、使ってる生体ボディは違えど、みんなオーナーのジェミニなんです。だから思考が並列化されて、言葉に出さずとも息のあった連携が出来る、というわけです」
思わず感嘆の声が出てしまう。ジェミニの使い方は色々あるが、そんな風に使う人がいるとは。
「まぁ、料理やバーテンダーのスキルは母体に依存しますから、この店を開くまで、かなり苦労したみたいですがね」
確かにそうだろう。
簡単に言えば二人以上の修行を一人でやってのけたってことだ。普通に考えれば無理がある。
いや、ジェミニを使えば出来ないこともない。並列化機能を使えばジェミニの経験値を母体に、母体の経験値をジェミニに反映できる。
まだジェミニを持っていない私には驚きの連続だった。
「そういえば、来週からジェミニを作り出すそうですね。凛さんのジェミニが、凛さんの人生を豊かにするものであることを祈ってます」
まるで神父様の説教のような言い方で、鹿島室長は私に言い聞かせ、席を後にする。どうやらお会計に行くようだった。
私と室長のやりとりを凱さんが渋い顔で眺め、テキーラを飲み干す。
まるで、言いたくない何かを、酒と一緒に飲み込んだように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます