ーThe Ghost Legionsー EP:5 集傑
新成田国際空港の到着ゲートに辿り着き、私はやっと人心地がついた、と言った気持ちになっていた。
私の気が重かった理由は三つある。
まず一つ、決定的なまでの私と現地の味覚の不一致。油と酢の味しかしないフィッシュアンドチップス。魔物を食べさせられているような、ウナギのゼリー寄せ。食べて二日は胃もたれが続いたハギスに至っては、進めてきた現地民に殺意を抱いたほどだ。
唯一まともな紅茶ですら、忙しすぎてロクに飲めなかった。ホテルのベッドで白米と味噌汁を食べる夢を見ながら枕を濡らしていたことに気づいたときは、余りにも情けなかった。
二つ目、特殊部隊の父とも呼ばれ、双脚戦車を始めて特殊作戦に導入した英国。そこが各国の特殊部隊を集め、合同演習をすると言うのだから、そこは私にとって宝の山だと思っていた。
だが、蓋を開けてまぁがっかり。
自国の最新鋭装備を易々と見せつける訳が無く、右も左も現行機、インド軍に至っては型落ちの「インプ」を出してくる始末。あの立ち上がった亀に細長い腕を取り付けたようなフォルムは、私のストレスを加速させていた。
室長に私の自慢の傑作を持っていくと直談判した時、世界的に普及している「ビッグシェル」を無理やり持っていかせた理由もわかり、どうにもしばらく溜飲を下げることは出来なかった。
まぁ一つだけとんでもないイレギュラーがあったが、それはこの際置いておこう。
三つ目、これが極め付けだ。
到着ロビーに降り立った瞬間、わざとらしく伸びのポーズを取っている、銀髪の男。顔立ちは外国人のようだが、だとしても顔立ちが異様に整い過ぎている。おかげでロビーにいる数名の女性が、彼を見ながら黄色い声を上げている。
彼女らにとっては気の毒だが、この男は顔どころか全身全て作り物だ。しかもかなりの高額を費やした、完全なるワンオフ。
名をクロムウェル・アンダーソン。
仲間内からはクロムと呼ばれている色男だが、奴の性格は最低だ。
大体、大げさに伸びなんかしているが、最高級の生体ボディに疲労という概念はない。つまり本当にポーズをとっているだけ。それでも見る人間によっては、色気があるように感じるらしい。すぐそこの妙齢の女性は、今にも抱いて欲しいと言わんばかりの顔だ。
まぁここにいる女性全員、奴の女癖の悪さに幻滅することだろう。
こいつは女性のことを、性欲処理が出来るチャットボット程度にしか考えていない、正真正銘のクズだ。
私も同僚になった当初、ヤツの顔に不甲斐なくも惚れかけてしまったが、先輩である女性が全て教えてくれたおかげで、毒牙にかかる前に難を逃れることができた。
そんなやつと、部屋が別とはいえ約一カ月同じホテルに入れ込まれ、おはようからおやすみまでべったりされたら、殺意が溜まるのも訳はない。ちなみに1日平均10回、二人きりの食事に誘われた。
「おや、他のお姫様達のラブコールには気づいてたけど、楓嬢の熱い視線に気づかないとは、僕もまだまだだなぁ」
どう見ても殺意を乗せた忌々しそうな目線だったろ。お前の頭はどこまでおめでたいのだ。お前の電脳ユニットの量子ニューロチップ取り出して構造解析してやろうか。
などという罵倒を吐き出すのすら労力の無駄なので、無視を決め込む。やれやれと言った表情をしているのが、これまた腹立たしい。
そう、こいつは体も作り物なら、魂も作り物、つまりはジェミニだ。今の時代、ジェミニに生体ボディを貸し与えるのは珍しくない。だがこいつの場合、すでに母体を失っているから、こいつは既に独立した個体として生きている。
「しかし帰国早々、新人の教育係とは。ウチがよっぽどヒマなのか。それともよっぽど見どころがあるのか、どっちかねぇ」
ベルトコンベアに乗って流れてくるスーツケースをそれぞれ受け取り、私達は到着ロビーを後にする。
足早に空港ターミナルの建物を出ると、クアッドコプター式のタクシーが駐機してあった。そそくさと後部座席に乗り込むと、何故かクロムまで後部座席に座ろうとしている。
私は全力の警戒心を展開、先ほどより強力な殺意を視線に乗せる。
「ん? なんだい?」
此の期に及んでまだしらばっくれる気か、このクズ。
「お前は前に決まってるだろ」
自分のコンプレックスである甘ったるい声を出来るだけ低くし、クロムを威圧する。
「やれやれ、冷たいなぁ」
肩を竦めながら助手席のドアを開く。嗚呼、今すぐ殺したい。
クロムがタッチパネルを操作し、目的地を情報庁舎にセットすると、四基のローターは甲高い音を上げて回転する。ふわりと浮遊しながら、タクシーは情報庁舎へ進路を向ける。
嗚呼、また数分間こいつの吐く息を吸わねばならんとは。
私、逢坂楓にとって、これはかなりの試練と言ってよかっただろう。
クロムの与太話に付き合わされた事以外は、特に何もなく無事に情報庁舎にたどり着いた私達二人は、地下深くへとエレベーターで向かう。
エレベーターのドアが開き、現れるがらんとした薄暗い部屋。執務室の内装にかける予算すら装備に当てているため、必要最低限のデスクとディスプレイしかない、わが愛しき職場。
しかし、いつ見ても、このボクシングリングが異様だ。凱が知り合いから安く譲って貰ったらしいが、リングを安く譲る知り合いって普通いないだろう。
と、そのリングに何人かの人影が見える。
また凱とシズカがスパーリングしてるのだろう、相変わらず仲がいい。
ーーいや、ちがう。
確かにリングでは二人の人影が殴り合いに興じているが、その相手であるはずのシズカはリングサイドで観戦を決め込んでいる。
鋼鉄の肉体が肘をついてボクシング観戦とは、なんともシュールな光景だ。
「シズカ、ただいま」
シズカの後ろから優しく語り掛けると、彼女は超人的な速さで私に抱きついてきた。
「楓〜! お帰りなさ〜い! めちゃくちゃ寂しかったぞ〜! あ、そこの白髪◯◯◯野郎に変な事されなかった?!」
人一人なら容易に鯖折りに出来るタクティカルドローンの体を使いこなし優しく抱きついたかと思えば頭を思いっきり、と言っても人間レベルでわしゃわしゃしてきたり、いきなり色々問いただしてきたりと、彼女の行動の全てが心地よい。嗚呼、心が洗われる。
「ずいぶんひどいな。あとこれ白じゃなくて銀だから」
「知るか、バカタレ。もし楓に手ェ出したらジェミニごと溶鉱炉行きだからな」
シズカなら本当にやりそう、と私は思った。
クロムもわざとらしく、怖い怖いと言いながら肩を竦めている。
そんな私達を尻目にリングからは甲高い金属音と怒号が聞こえる。
「オラァ! 腰が引けてんぞ!」
「はい!」
対戦相手に容赦なく、拳を叩きつけてくる凱。
装甲でガードしても減衰しきれていない威力を喰らいながら、対戦相手の彼女も必死に拳を繰り出そうとしている。
「軸足がブレてんだよ! やる気あんのか!? オラかかってこい!!」
「はい!」
どうやら相手は女の子のようだ。歳は私とさほど変わらないかもしれない。
そんな彼女が、凱と同じように強化外骨格を装着し、グローブで思いっきり殴りかかっている。まぁまぁ身体は鍛えているんだろうが、熟練の戦士であり、元本職の凱のスパーリングについていくのは至難の業だろう。
見てみれば玉のような汗を飛び散らせながら、肩で息をしている。なんとか喰らいついていってる感じだ。
「エグゾを無理やり動かそうとすんな! エグゾはもう一対のお前の腕、もう一対のお前の足だ! 腕じゃなくて脳で動かせ!」
「はい!」
そうは言ったものの、やはり彼女の動きはぎこちない。腕のいたるところのギアが火花をあげ、フレームの軋む音がしている。素人にありがちな動きだ。
「だから軸足がブレてるって言ってんだろうが!」
凱の足払いが決まり、彼女は勢いよく回転し、リングに叩きつけられる。
そのまま、凱の拳が勢いよく振り下ろされ、彼女の鼻先で止まる。
「何遍も同じことを言わせるな。ほら、立て」
「は、はい……」
女の子のか細い二の腕を無理やり引っ張って、凱は彼女を立たせる。
立ち上がったとき、彼女たちの視線は私達に向けられる。
「なんだ、帰ってたのかお前ら」
凱は私達を見ながら、無関心そうに言い放つ。
「やぁ、凱。今ついたとこさ。しかし、訓練教官に精がでるねぇ」
リングのロープにだらんともたれかかりながら、クロムがなれなれしく応える。
「楓も一ヶ月、こいつと一緒で大変だっただろ」
クロムの発言を意図的に無視した凱は、私に話しかけてくる。
正直、彼はそこまで得意なタイプではないが、面倒見もいいしクロムより断然マシなため、そこまで嫌いではない。
「概ねお察しの通りよ。それより、彼女が新人?」
話題に上がった当の本人は、先ほどまでとは打って変わってかしこまってしまっている。
「ほら、挨拶しろ」
凱が彼女の背中を手のひらで叩く。
「は、始めまして! このたび、公安部人格保管室に配属になりました、奥原凛です!よろしくおねがいします!」
彼女は大声をあげ、深々とお辞儀をする。
「どうも、僕はクロム。これでもシズカと同じように母体を失ったジェミニなんだ」
クロムは美麗な生体ボディで、貴族のような振る舞いを見せる。なんか凄い腹がたつ。
「逢坂楓よ。ここのメカニックを担当しているわ」
とりあえず必要最低限の自己紹介のみを返す。
「あとは室長がいれば全員集合だな」
凱がぼそっとつぶやくと、その言葉に凛が反応する。
「そういえば、私まだ室長さんにあったこと無いです。どんな人なんですか?」
凛の問いに対し、シズカとクロムが肩を震わせて笑っているのが分かる。
「そういえば、今日来るって言ってたわね。もうすぐ会えるんじゃない?」
私が言った瞬間、エレベーターが開く音が聞こえる。
「やぁやぁ、みんな揃ってるね」
室内に一際明るい声が響き渡る。どうやら我らの室長、鹿島太一が到着したようだ。
「お、うわさをすれば来た来た」
といつもどおりの飄々とした反応のクロムとは対照的に、初対面の凛は豆鉄砲を食らったような顔をしている。
まぁ無理もない。
こんなクセの強いメンバーしかいない、我が人格保管室の室長は、見た感じ10歳ほどの子供なのだから。
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