ーThe Ghost Legionsー EP:4 決意
事件鎮圧後、私たちは一路、情報庁舎へとティルトローターに乗って戻っていた。いつのまにか傾いていた日の光のオレンジが窓から差し込み、黒づくめに武装していた二人を眩く照らす。
あの事件の後、私は言葉を失っていた。
この世のものとは思えないほどの異形の姿をした、8本腕の鋼鉄の巨人。
そしてそれを難なく倒してしまった、凄まじく強い二人の戦士。
とてもじゃないが、私とは住む世界が違い過ぎた。彼らに比べれば、私なんて生まれたての雛同然だ。命がいくつあっても、足りるわけがない。
あまりに沈んだ顔していたからか、すぐ側のドローン用ラックに腰掛けていたシズカさんが、こちらへと頭を向け四つのカメラアイの視線を突き刺してくる。
「あー、ちょっと初めてにしてはインパクト強過ぎたかなぁ?」
弱者である私を煽るわけでも、諌めるわけでもなく、シズカは優しく、そして何処かバツが悪そうに私に声をかける。
「まぁ確かに、私たちの仕事はあんな感じで危険と隣り合わせだけど、いくらなんでもいきなり実戦で戦えだなんて鬼畜なこと言わないから安心して?」
あまりこういう対応には慣れていないようだが、私を安心させようとしている彼女の心遣いはありがたかった。だが同時に、早くも迷惑をかけている、この先絶対足手まといになってしまうという、強い負い目を感じずにはいられなかった。
「それにほら、ジェミニ作って私みたいにドローンを使えば、誰だってスーパーマンばりの活躍ができるってもんよ?」
そういってシズカさんは人間でいう二の腕に力こぶを作るポーズをとるが、私はジェミニの単語が出た瞬間、体が跳ねるように反応してしまう。
確かに、ジェミニシステムを使えば誰でも超人の活躍が出来る。この場合、活躍するのは本人ではないが、その間にデスクワークも行えるから一石二鳥だ。
だがこの文明の利器を、私はどうしても使いたくなかった。
みなるちゃんはまだ、病院で意識不明の重体だ。今はまだ大丈夫だが容体がいつ悪化するかもわからない。
私は彼女をそんな風にした犯人と共に、ジェミニという存在が許せなかった。
流石にジェミニを使っている人を恨んだりはしないが、自分のジェミニを作るという行為自体を、どうしても受け入れることが出来なかった。
「……あー、もしかして私、なんかマズった?」
仏頂面で腕を組みながら座り込む凱さんと、口をつぐむ私の顔を交互に見ながら、シズカさんは黒光りした大柄のボディを縮こまらせる。
「あの、やっぱり私……」
意を決して言葉を出した瞬間、脳内に着信を示すメロディが鳴り響く。
同時に現れた、着信先の情報のポップアップ。
それはみなるちゃんの母、つまり私の叔母にあたる聖恵さんからだった。
そこはかとなく嫌な予感がした。
背筋を這うような嫌な感覚を覚えながらも、私は着信に出るしかなかった。
「もしもし?」
情報庁舎に向かう途中だったティルトローターは、急遽方向を病院に向けていた。
私が事情を話した途端、シズカさんが便宜を図ってくれたのだ。完全に公私混同だったけど、二人に凄まれてパイロットは渋々機首を病院に向けてくれた。
挙句の果てに、ドクターヘリ用のヘリパッドに着陸する無茶までしてしまった。普通に始末書モノだ。
ハッチから飛び出し、非常階段を一気に駆け下りていく。
みなるちゃんの病室がある階に辿り着き、非常口のドアを勢いよく開ける。
病室の前には聖恵叔母さんが佇んでいた。ここからでも泣き腫らして目が赤いのが分かる。
「叔母さん!」
私は思わず病院にもかかわらずに叫んでしまう。その声に叔母さんも驚いてしまう。
「り、凛ちゃん? 随分早かったわね」
「あ、うん、だいぶ飛ばしてきたから……」
とても特殊部隊用の装備で飛んできたなんて言えない。
「み、みなるちゃんは?」
恐る恐る聞いてみると、叔母さんは再び目を潤ませる。
「中にいるから、会ってあげて……」
叔母さんが絞り出す声が、絶望的な現実を裏付けてしまう。
出来れば受け入れたくない、だが受け入れなければならない。
意を決して病室の扉をゆっくりと開く。横開きの扉がスライドするに従って、純白のベッドに横たわる人影が露わになっていく。
その人影はとても見慣れた、とても親しい人物。そしてかけがえのない存在。
それは間違いなく、田橋みなるその人だった。
扉が開き切った瞬間、私に容赦なく現実が突き付けられる。
彼女の青ざめた顔に、白い布がかけられているという現実を。
彼女の変わり果ててしまった姿を見て、色々な思い出が感情の奥底から蘇ってくる。
ーー凛ー!見てみてー!カッコいいでしょー!
入社式で卸したてのスーツを自慢げに見せつけてきたときの顔。
ーー凛ー!もう私生きていけないよー!
結婚を考えていた彼氏が浮気して、別れた後に酔っ払いながら泣きついてきた時の顔。
ーー凛、いつもありがと。
満面の笑みを浮かべながら、私に誕生日プレゼントを渡してくれた時の顔。
キラキラとした思い出の数々が、まるでガラスが割れたかのように次々と砕け散っていく。
いや、違う。
砕けたのは、思い出なんかじゃない。
私の、心そのものだ。
気がつくと、後ろで咽び泣く叔母さんの声が聞こえる。それに吊られて自然と目から涙が溢れ出すのが分かる。
「あの子、最後に少しだけ、目を覚ましたの」
泣きながら叔母さんは言葉を漏らす。
「私や家族の名前を呼びながら、ごめんねって言ってたわ。勿論、貴方の名前も……」
叔母さんは耐えきれずに号泣してしまう。
私は頭の中で、みなるちゃんの言葉を反芻していた。
ーーごめんね、凛。
いったい何故彼女が謝るのだろう。
何故彼女謝らなければならなかったのだろう。
いや、そもそも何故彼女が命を落とさなければならなかったのか。
わからない、何もかもわからない。
誰でもいい、誰でもいいから私に教えて欲しい。
最後に彼女は何故謝っていたのか。
そして、そんな彼女の命を奪ったのは誰だ。
ーー許せない。
悲しみと怒り、激しい感情の濁流が溢れ出す。激情と悲哀が互いにぶつかり合いながら、私の心を破壊していく。
ーー許せない。
最早先程まで、今後をうじうじと悩んでいた自分にすら腹が立つ。
そして最後に残った感情、それは彼女の命を奪った犯人に対する明確な"敵意"。
ーー絶対に、許さない!
先ほどまで、自分の境遇に悩んでいた弱い自分は、今私自身が殺したのだ。
ひとしきりみなるちゃんの側で泣き腫らした私は、ゆっくりと非常階段を登っていた。
ティルトローターでいきなり現れたのに、途中で医者や看護師から何も言われなかったのは、シズカさん達が裏で手を回してくれたのか。それとも私がよっぽど、話しかけづらい表情をしていたからか。
気づかないうちに屋上階までたどり着いた私は、屋上の重い扉をゆっくりと開く。
ヘリパッドに戻ると、凱さんとシズカさんがティルトローターのハッチの前で佇んでいた。
いつのまにか外は夜を迎え、寒空の中でゆっくりと回転翼が回り続ける。
近づく私の姿に気づき、二人がかけよってくる。
「凛ちゃん、大丈夫……?」
シズカさんは私に気遣いながら声をかけてくる。
目を真っ赤に晴らしながらも、私は決意を固めながら二人に近づく。
「今日はもう大丈夫だから、今は側にいてあげた方が……」
「シズカさん、凱さん、お二人にお願いがあります」
私は息をゆっくりと吐きながら、落ち着いた声で伝える。その声に凱さんの表情が少し動く。
「私、自分のジェミニを作ります。だからシズカさん、私にジェミニの使い方を教えて下さい。それと凱さん」
凱さんの目を真っ直ぐに見つめる。
「強化外骨格の使い方も、戦い方も身につけます。だから、私を一人前の戦士に育てて下さい」
「ちょ、ちょっと凛ちゃん?」
まくし立てる私に、ドローンの姿でありながら、シズカさんは動揺の色を隠せていない。
対照的に凱さんは真っ直ぐ、私の目を見つめ返してくる。
「覚悟を決めたのか?」
凱さんの問いかけに、私はゆっくり首を縦に振る。
「もう迷いません。みなるちゃんの犯人をこの手で捕まえるまで」
自分の精一杯の決意をのせ、問いに答える。
何故か凱さんはすごく小さく口角をあげ、すぐにそれを打ち消すように仏頂面に戻る。
そしてゆっくりとその大きな手をこちらに差し伸べる。
「歓迎する。ようこそ、公安部人格保管室へ」
差し伸べられたごつごつとした手を、私はか細い手で握り返した。
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