ーThe Ghost Legionsー EP:2 辞令
——辞令。
奥原凛候補生は、11月30日をもって本校を卒業。
12月1日付で、情報庁公安部人格保管室への配属を命ずる。
いまどき珍しい紙媒体の書類を封筒に納める。
私は今、自動操縦のタクシーに乗っている。もはや珍しくもなくなったクアッドコプター車両は、乗り心地こそ最悪であるが、異常なまでに高く聳えたビル群を抱える第二横浜市を移動するにはもってこいだ。
五年前に東京を襲った首都直下型大地震。都市機能が麻痺し、十万人が命を落とした未曾有の大災害。
そんな東京が復興できたのは、政府の要請で大規模な援助を行ったヘカトンケイル社の資本力と、従来の建築技術を大きく塗り替えた双脚重機、そしてその制御システムとして導入されたジェミニシステムのお陰といっていい。
わずか五年の間に、東京は超高層タワービルがそれまで以上に乱立し、ジェミニシステムは瞬く真に普及していった。
だがジェミニは多大な恩恵を与えた神の福音の一面と、あけてはならないパンドラの箱の一面も持ち合わせていた。
双脚建機の暴走、電脳ハック、そしてジェミニを使った自爆テロ。
クアッドコプターの振動と同じ位、私の身体は震えていた。
武者震いか、恐れ戦いているのか。
恐らく、その両方だった。
——もう、2年たったのか。
それまで、いたって普通の高校生だった私の人生を大きく塗り替えた事件から、もうすぐ2年が経つ。
あの事件以降、いろんな決意を固めた私は高校卒業後、すぐに警察学校に入った。
理由は勿論、私とみなるちゃんをあんな目に遭わせた犯人を捕まえるためだ。
2年前、多くの日本国民を震撼させた連続爆破事件。
予告も無く、規則性もない犯行。連続した事件が、模倣犯なのか、組織的犯行なのか、それすらもが不明。10名の死者、そして100人以上の重軽傷者を生んだ、忌まわしき事件。
ジェミニをインストールした生体ボディを使った自爆テロということまでは分かったが、誰がなんのために事件を起こしたのかまでは分からず、捜査は難航しているとのことだ。
その犯人は必ず私が捕まえ、法の下に裁かせる。
そう決意していた矢先、たった一枚の封書がいきなり私の下に届いた。
——公安部人格保管室。
聞いたことの無い部署名だった。
一体どんな部署なのかすら、見当もつかない。
調べても詳細は分からないし、訓練教官も分からないといっていた。
交番勤務もすっ飛ばしての配属も謎だ。この人事、一体どんな意味があるのだろう。
考えをめぐらせていると、タクシーが巨大な尖塔に近づいてくのが分かる。
雲を突かんとするその巨大な塔こそ、情報庁舎ビルである。
塔の中腹ほどに突き出ているクアッドコプター用駐車場に、タクシーはふわりと着陸する。
ドアが開くと共に、私のかけている透過ディスプレイに、決済完了を伝えるダイアログが表示される。
そそくさとタクシーから降りると、透過ディスプレイに庁舎内の立体マップを表示し、目的の場所へと向かう。
恐ろしく高く聳え立つ庁舎ビルだが、目的の場所は地下深くにあった。乗ったエレベータの表示はいつの間にか「B10F」と書かれていた。
エレベータの扉がゆっくりと開く。その先には薄暗く、広大な空間があった。
「し、失礼します」
私の声が薄暗い空間に響く。明かりがまったく無いというわけではないが、かなり陰鬱な印象を与えてくる場所だった。
「こ、このたび公安部人格保管室に配属となりました。奥原凛と申します」
また声が響くだけで、返答は無い。
「・・・・・・あの、どなたか」
言いかけた言葉をさえぎるように、甲高い金属音が鳴り響く。
それは金属と金属が激しくぶつかり合ったような音。例えるなら、鍛冶屋が熱した鉄を打った時のような音だった。
(・・・・・・何?)
何度も鳴る音の正体を探すために目を凝らすと、広大な部屋の真ん中には、場違いな格闘技用のリングがあった。
リングの上には人影が二人。いや、正確には一人と一機。
片方は短く乱暴に切った黒髪の、人相の悪い男だった。
男はもう一つの影、黒光りした四肢を持つ大柄の姿に拳を何度も繰り出す。
相手の方はそれを受け、少したじろぐが、すぐさま反撃を繰り出す。
全身を鋼鉄で覆われた巨体は見覚えがある。正規軍等で使用されている、ジェミニシステムをインストールされたタクティカルドローンだ。
軍の殺戮マシンとも言うべき相手に、男は勇猛果敢に拳をぶつける。鍛え上げられた太い腕は、光沢を帯びた鉄板を纏っている。
恐らく、皮膚一体型の強化外骨格だろう。強力な打撃力からみて、かなりの高性能なものを使っているのが分かる。
激しい金属のぶつかり合い、テクノロジーによって昇華された戦士たちの演舞。
圧倒的な光景の前に、私は思わず息を呑んでいた。
「オラァ! ラストォ! 気合入れな!!」
タクティカルドローンの方から、電子音での怒号が響き渡る。
屈強な機械の兵士から聞こえてきたのは、どこか凛とした女性の声だった。
怒号を合図に二人の拳闘は激しさを増す。お互い一歩も引かない攻防が続く。
そして殴り合いの熱量が最大限に達した時、互いの拳が大きくぶつかり合う寸前で止まる。
どうやら拳闘は終わったようだ。
男の方は息を整え、ゆっくりとリングサイドへ歩く。
反対にタクティカルドローンの方は、その場で腕や足をゆっくりと回し、感覚を確かめるようにしている。その動きはまさに人間そのものだった。
「うーん、やっぱ瞬発力系のセッティングにすると、打ち合った時に間接の負荷がでかいわね」
間接の具合を確かめ終わったと言わんばかりに、鋼鉄の戦士は胸の前で両の拳を打ち付ける。
「よーし、ガイ。もう一戦・・・・・・、って、あれ?」
その時初めて、機械の頭がこちらに向かれる。どうやら二人ともこちらに気付いていなかったようだ。
「あー!もしかして、今日から来るって新人さん?」
重厚な機体をしなやかに動かし、リングからタクティカルドローンが這い出てくる。
「あ、はい。本日付で配属となりました。奥原凛と申します。よ、よろしくお願いします」
タクティカルドローンは私の目の前で立ち止まる。大人と子供ほどの慎重差に、思わず気圧されてしまう。
「こんな可愛い子をこんな物騒なとこに連れてくるなんて、あのガキ、やっぱり何考えてるかわかんないわねぇ」
鋼鉄の肉体の持ち主は器用に肩をすくめる。その所作は、とても先ほど殴り合いをしていたとは思えないほど、女性的であった。
「私はヒラカワ・シズカ。こんな格好だから分かると思うけど、私は母体のいないジェミニなの」
彼女はあっけらかんと答える。
母体を失ったジェミニ、それは自身を生み出した存在と死別したことを意味する。
つまりは作り物の人格だ。だが彼女は鋼鉄の身体に収まっていながらも、所作が恐ろしく人間味に溢れている。
「こんなゴツい見た目してるけど、これでも中身はうら若き乙女だから、仲良くしてね」
「エグゾファイターと殺し合いが出来る乙女なんて、聞いたことねぇよ」
リングから降りてペットボトルの水を豪快に飲み干していた男が、皮肉を飛ばす。
「あの生意気こいてるのが、榑林凱。元エグゾファイトのディフェンディングチャンピオンなんだけど、見たことない?」
シズカと名乗ったタクティカルドローンの彼女は挑発に乗らず、黒髪の男を紹介する。
「・・・・・・すいません、あんまりスポーツとか詳しくなくて」
私は正直に答える。
エグゾファイトというスポーツそのものについては知っていた。
強力な強化外骨格に装甲を施し、拳闘を行う人気スポーツだが、エキサイティングな反面、一歩間違えれば死ぬこともありえる危険なものだ。
「昔の話を掘り返すんじゃねぇ、別に知らなくたっていいだろ」
凱さんという名の強化外骨格をつけた男は、どこかバツが悪そうだった。
一瞬、私が何か失礼なことを言ってしまったと思ったが、どうやらそうではないようだ。
凱さんはパイプ椅子に腰掛けると、水の残りを頭から被る。ざんばらな短髪が水で湿ってぺったんこになると、強面というよりは、堀の深い色男といった印象を受けた。
「本当はあと二人いるんだけど、今は出払ってるわね。ま、すぐに会えるでしょ」
あと二人。
既にだいぶインパクトが強い二人に出迎えられたというのに、あと二人もいるのか。
正直、新しい職場でうまくやっていけるかを考えて、胃が痛くなってくる。
『緊急出動要請、繰り返す、緊急出動要請』
突然、部屋に甲高いサイレンと電子音声が鳴り響く。
『所轄から出動要請を受領。新横浜市B−32地区にて双脚建機の暴走事件が発生。すでに現地にて負傷者が出ている模様』
「また所轄の連中の尻拭いか。めんどくせぇ」
ハンドタオルで濡れた髪を乾かしながら、凱さんは心底面倒くさそうに愚痴を零す。
「こらこら、新人の前で愚痴るんじゃないっつーの」
反対にシズカさんは、指を振りながら凱さんをなだめる。どっちが年上かは分からないが、まるで子供をあやす母親のようだ。
「凛ちゃんも配属早々申し訳ないけど、ウチがどういうことをやってるか知るいい機会だから、一緒に現場に行きましょ」
そういってシズカさんは部屋の一角を占める巨大な箱に近づく。まるで業務用冷蔵庫のように見える巨大な箱のタッチパネルを操作すると扉が開き、とても人間が持てそうにないような恐ろしい武器の数々が顔を出す。
どれもタクティカルドローンでしか扱えない兵器ばかりだったが、彼女はその中から大型のカービンライフルと、四連ミサイルランチャーを取り出す。
その両方を肩にかけると、私が出てきたエレベーターへと近づく。
「さぁ、戦争の時間よ」
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