ーThe Ghost Legionsー EP:1 始まりの火
とある科学者が言った。
――『魂』の定義は何か、人の精神を『魂』たらしめているものは何か。
その科学者の共に研究を行う者が言った。
――人の『魂』は『個性』によって、形成されるものではないか。
そういって二人の科学者は長い研究を続け、『魂』の定義に明け暮れていた。
若かった彼らは壮年となり、多くの助手を従えて莫大な額の研究費を消費した。
長い研究の末、彼らはこう結論づけた。
――個性を会得した人工知能は『魂』といっても差し支えない。
――その反面、量産品のような無個性の人格は、生身の肉体に収められているとしても『魂』とは言えない。
そして彼らは、『魂』を"作る"ことに成功した。
『もっと自由に生きたい。もっと多くのことがしたい。もっと自分の可能性を広げたい。その願い、ジェミニなら叶えることができます』
『もう一人の貴方がいれば、業務効率化、ストレス軽減はもとより、様々な面で貴方を次のステージへ導くのです』
『ヘカトンケイルコーポレーションは、ジェミニシステムで貴方の可能性を覚醒させることをお約束します』
公園のベンチに私は腰掛けていた。
もう脳裏に焼きつくほど見てきた、ヘカトンケイルのCMが街のランドマークのオーロラビジョンで映し出されているのを見上げながら、私はホットココアを啜る。
今日は、此処最近の中でも特に寒い日だった。
十二月も半ばに差し掛かり、街は至るところにクリスマスに向けた飾りが施されている。
煌びやかに光るツリー状のイルミネーションや、風に揺られるオーナメント。子供の頃から聞いていたクリスマスソングに、気が早いチキンやケーキの売り子の声。
当日までまだ一週間以上もあるのに、街の気分はクリスマスに浮ついていた。
「ごっめーん! お待たせ!」
遠くから小走りで近づいてくる声の主。
今日の待ち合わせをとりつけた張本人が、もう既に一時間も遅刻しているが、私は特に怒りもせずただボーっとしていただけだったので、特に気にしていない。
「ずいぶん遅かったね、仕事?」
遅れてきた私の従姉妹、田橋みなるは絶え絶えの息を整えている。それを眺めながら彼女の返答を待つ。
「そうなのよ~。急な残業任されちゃって、もう嫌になっちゃう」
やっと落ち着いたのか、彼女は腰に手を当て、膨れっ面を作る。
幼い頃からよく遊んでくれた彼女も、今ではヘカトンケイルの子会社に勤めるキャリアウーマンだ。最近はよく、パワハラ上司の愚痴を言うことが多い。
「てか凛、せっかくの休みの夜に連れ出しちゃってごめんね~」
目の前で手を合わせて謝罪のポーズをとる従姉妹に、私、奥原凛は手を振って否定する。
「大丈夫だよ、みなるちゃんに誘われなかったら、多分私ずっと炬燵の虫になってたから」
笑いながら言う私に対して、みなるちゃんは先ほどの申し訳なさそうな顔を一瞬でにやけ顔に作りかえる。
「ほんとか~? ホントは今頃、もう一人が彼氏とあってるんじゃないの~?」
にやにやしながら肘で私のわき腹を小突いてくる。私はさっきより強く否定する。
「彼氏なんていないし、私まだジェミニは持ってないよ!」
そういうと、みなるちゃんは疑いのまなざしを私に向けてきた。
「彼氏がいないってのも怪しいけど、アンタまだジェミニ作ってないの?」
「うん、お母さんが高校生にはまだ早いからダメだって」
みなるちゃんは呆れたと言わんばかりに、大きなため息をつく。
「過保護だなぁ、叔母さんも。今時中学生でも持ってる子はいるってのに」
そう言ってみなるちゃんは、自分の眼鏡を指でトントンと軽く叩く。
厳密に言えばソレは眼鏡ではなく、ジェミニシステムを使用するための透過ディスプレイだ。ジェミニシステムと共に、今の時代に爆発的に普及している情報端末である。
――ジェミニシステム。
それが、世に発表された時、世界は大きく変わった。
高性能人工知能に、所有者の過去の記憶を追体験させることで生まれる、分身、または双子のような存在。
生身の肉体が働いている間に娯楽に興じたり、逆に友達と遊んでいる間にネット上で働いてもらったり出来る、夢の技術。
生体ボディにインストールすればそれこそ瓜二つの双子のように行動できるし、ジェミニを使って車や重機の運転なんてことも出来る。
いまや世界の三分の一が、自分の分身を持っている。
だが、そういった技術を悪用する輩も多い。先日も高校生がジェミニシステムを悪用し、建築重機で喧嘩をするなんていう、現実離れしたニュースを見たばかりだ。
そんな訳で、私は母親から大学に入るまでは、ジェミニ禁止令が出ている。
――最も、うちの高校自体、ジェミニ禁止なんだけど。
「ジェミニがあると楽だよ~! ホントは今日の仕事も、もう一人に任せて帰るつもりだったけど、それじゃ終わんない量の仕事任されちゃってさ~。"彼女"がいなかったら休日出勤なのに徹夜確定だっての」
やはり天下の大企業の子会社というだけあって、仕事はなかなかキツイのだろう。みなるちゃんは優秀だから、実質的に二人分の仕事を一人でやっているようだ。
今日も本来ならお昼から、みなるちゃんの彼氏に送るクリスマスプレゼントを私が選ぶことになっていたが、急に休日出勤となり待ち合わせを夕方に変更した形となってしまった。
「で、どこらへんから攻めればいいかなぁ!?」
気合を入れるみなるちゃんを横目に、私は旧時代の技術になった携帯端末を操作する。
「みなるちゃんの彼氏さんって職場同じなんだよね。お洒落さんだし、ネクタイピンとかどうかなぁ」
「あー、確かにもう結構オッサンだし、そういうモノの方がいいのかもなぁ」
みなるちゃんと彼氏さんは確か職場恋愛で、相手は十歳離れた課長さんだそうだ。
相手の歳のことを思い出したのか、少し気落ちした表情をみせるが、すぐにまた元気を取り戻す。
「よーし、じゃあまずはネクタイピンを探しに、しゅっぱーつ!」
みなるちゃんが拳を突き上げた、その時だった。
突然の閃光。
追いかけるように襲い掛かる熱風。
そして最後に、爆音。
真後ろで何かが爆発したことに、私達はまるで気付かなかった。
二人して爆風と衝撃にまかれ、吹き飛ばされる。
――痛い。
アスファルトに突っ伏した私は全身を襲う激痛にもだえる。
大きな火傷や裂傷は負わなかったものの、地面に打ち付けられた衝撃で身体中が悲鳴を上げていた。
「い、一体何が・・・・・・」
朦朧とする意識の中、黒煙の先に見える光景に、私は思わず絶叫した。
「みなるちゃん!!」
そこには私同様、地面に打ち付けられたみなるちゃんが横たわっていた。
腹部に金属片が刺さり、血潮がドクドクと溢れた状態で。
もしかしたら頭を強く打ったのかもしれない。重傷を負った状態で彼女は目を閉じたままだ。
「みなるちゃん!! みなるちゃん!!」
搾り出した私の絶叫は周りの喧騒と、けたたましいサイレンによって掻き消されていった。
先ほどまで薄暗かった夜空は、炎によって紅く照らされていた。
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