26話 第七章 クソッたれた世界
燃え盛る会議場。
その下で、貴族達、兵士達が右往左往している。
今はもう俺達の事などそっちのけだ。
やはり俺の読み通り――
兵士たちは完全なるパニックに陥っていた。
もしもこうなる事を、あらかじめ兵士たちに知られていたら、奴らをこれほど混乱させることは出来なかっただろう。
「逃げる準備する時間とかもあっただろうから、十分後に火が起きるように設定したんだ。
あんな大量の魔液を使ってるんだから、あのデカい宮殿もすぐに丸焼けだぜ。」
隣から、セタスが自慢げにそう言ってきた。
こいつ、やっぱホンット、ノリが合うわ……
そんなセタスの姿を見届けると……
さて――
俺は前に立ち塞がるその少女に目を向けた。
問題は目の前にある。
この兵士達――いや、彼女がどう出るかだ。
「クリスタ様!我々も消火に向かいましょう!」
兵士達は逼迫した様子でクリスタに訴えかける。
「し、しかし……ここで奴を逃がせば!」
それでも彼女は決断しかねている様子だ。
俺はそんな彼女たちの様子を見て……
「お前ら!」
ここぞとばかりに奴らを追い込む事にした。
「今俺達と戦えば会議長が殺されるだけでなく、会議場が全焼する可能性もある。
都市のトップと政治を行う場所が同時に失えばこの都市はいよいよ終わるぞ。」
「クッ……‼」
どうやらこの脅しはだいぶ効いたようだ。
兵士たちの間には緊張が走っているようで、先ほどの兵士が、またクリスタに迫る
「クリスタ様。ご命令を……!」
しかし、この頭の足らない少女の反応は――
予想通りのものだった……
「なりません!この者達を……
この悪党どもを殲滅しなければ!」
俺はそれを聞いて――
つい、ため息を吐いてしまう。
結局――
この少女が好きだったのは、俺なんかじゃなく……
勇者様だったんだ。
俺が勇者を辞めるや否や、早速手のひらを返してきやがった。
正義ヅラ下げて悪党どもを退治する、俺とは正反対の存在。
因縁って面白いもんだな。
コイツを見てると、やっぱり虫唾が走る……
結局この世界に来ても俺って人間は変わらねえ。
清く、正しく、美しく。
そんな言葉がぴったりと似あう人間に、俺はやっぱり嫌われるんだ。
そして――
「……分かりました、クリスタ様。
今兵士たちに指示を出します。」
彼女の下した命令を受けた、その兵士。
彼は覚悟を決めた様に、その表情をより一層引き締める。
そして彼は後ろで控える兵士たちに向き直ると――
堂々たるその声で、号令を放った……
「全員、会議場の消火に当たれ!」
「なっ……⁉」
愕然とするクリスタ。
兵士たちが会議場に向け、走り出した。
「ま、待ちなさい!私はあの者達を討伐する様に言ったのですよ⁉」
必死で呼び止めようとするも、兵士たちはそれを無視してクリスタのそばを走り抜けていく……。
「止まりなさい!これは命令です!
あの者達を討ち取るのです!」
声を張り上げ、喚くクリスタ。
「クリスタ様。お言葉ですが――」
そんな彼女に一人、先ほどの兵士が近づいていく。
そしてその兵士は、毅然とした面持ちを彼女に見せつけると……
「我々が悪党と戦うのは、人々を守るためです。
……我々の仕事は人を守る事であって、悪党を討伐する事ではありません。」
彼はそう言い残して――
唖然とするクリスタを残して、走りゆく兵士たちの集団の中へと消えて行ったのだった……
「…………。」
一人取り残され、その場で佇むクリスタ。
俺はそれを無視して先を急ごうとする。
しかし――
「私だけでも……」
彼女は、静かに……
だが、明らかな敵意を込めた声で呟くと――
「私だけでも、戦います!」
そう言い放ち――
俺達に向き直った……
ホント……面倒くさい女だ。
思わず辟易とした気分になってくる。
「カルミネ。」
「おう。」
いつの間にか奴も俺の隣に出て来ていた。
「お前の仲間、アイツにいっぱい殺されたんだろ?」
「ああ。」
そう短く頷くカルミネの声は、いやに冷静さを帯びていた。
「お前がやっていいぞ。アイツを殺せば多少はお前の仲間も気が晴れるだろう。」
「いいのか?アンタ、あの娘に情とか無かったのか?」
「あるわけねえだろ。アイツは結局勇者が好きだっただけだ。俺じゃねえ。」
何故か俺は――
少し拗ねた様な言い方になってしまった……
その言葉に、カルミネは黙って前へ進み出る。
奴の手には、一振りの剣。
それは俺たち三人が初めて出会った時に、カルミネが持っていた武器だ。
ハルバードじゃないんだな……
俺が何気なくそんなことを考えていると……
いつの間にか二人は対峙する形となっていた。
「申し訳ありませんが、時間を掛けている暇はありません。
一瞬で終わらせます。」
彼女はいつも見たあの厳しい表情を、今日はこちらに向けている。
そして
彼女はいつも見た格好で、両手を前に突き出すと――
「水よ!その姿をツララへと変え、敵を刺し貫け!」
いつも聞いたあの呪文を、詠唱した……
……
…………
「…………。」
「……あれ?」
彼女の可愛らしい、素っ頓狂な声だけが、その場に響いた……
突き出されたままの小さな両手。
いつもなら魔法が飛び出すその両手は、手持無沙汰に虚しく――
その手のひらを、ただ俺達に見せつけている格好となっていた。
彼女が眉をハの字に曲げて、困惑の表情を見せていると――
内側に籠る様な――
鈍い音が鳴り響いた。
「きゃあっ……!」
気付けば目前に迫っていたカルミネの太い脚が、彼女の腹を強烈に蹴り上げたのだ。
小さく柔らかそうな彼女の身体は、軽々と宙に舞いあがり――
「ぐえっ……⁉」
カエルのようなうめき声と共に――
地面に強く、その身を打ちつける。
その衝撃に、彼女の身体は跳ね上がり――
さらに二、三回身を転がすと――
彼女は身体をぐったりと地に沈めた。
「げほっ……おえッ……オオッ、エッ……!」
可愛らしい顔をシワくちゃにさせ、その天使の様な可憐な姿からは想像もつかないような醜い嗚咽の声を上げるクリスタ。
「……。」
俺は、そんな彼女を――
ただ見下ろしていた。
しかし一方の彼女は、そんな視線にも気づかず、いや、気にする余裕も無いのか――
いまだ身をジタバタと捩じらせている。
そんな彼女に、俺はまるで――
ゴミに唾を吐きかけるときの様に、冷たい言葉を投げつけた……
「ホンット……何にも成長しねえな。お前だけは……」
「ケホッ……ゲホッ……ハァッ……アア……」
まるで信じられないものでも見るかのように、目を真ん丸にさせて、横たえた身体から俺を見上げるクリスタ。
何か言いたげな様子だが、腹を蹴りあげられた衝撃に声も出ないようだった。
「もともとお前は魔力の事など考えずに魔法を撃つ癖があったんだよ。
隔離区に火を放てばお前は確実に火を消しに行くと思ったぜ。
もちろん会議場が襲撃されるなんて夢にも思っていないお前は全魔力を使い果たすだろうってな。」
しかし彼女にとっては、今そんなことはどうでもいいらしく……
ズイッ――
と俺の隣に出てきたカルミネに、身体をビクッと震わせる。
可愛らしいその顔は――恐怖と、苦悶と、後悔などの負の感情がゴチャ混ぜになってにじみ出ていた。
俺達を憎む感情は、もはや見当たらない。
「マイト様……助け……ゆ、勇者様……」
彼女は震えるその手を必死でこちらに差し伸べる。
しかし、俺がクリスタの手を引き上げる事は無い。
コイツからもらった愛情なんて――
コイツからもらった癒しなんて――
コイツからもらった称賛なんて――
――全部、ニセモノだ。
俺はクリスタに視線を合わせたまま、隣に立つカルミネに顔を向けた。
「カルミネ。殺していいぞ。」
もっと憎しみを込めて言いたかったが……
俺の声は何とも無感情なものとなってしまった。
「あ……あ、あぁ……」
声にならない声を上げるクリスタ。
まるで――信じていた人に裏切られた……
そんな顔をしていた。
「ホント勝手な奴だ……人を信じねえ奴に、信じてもらう資格なんてねえんだよ。」
この呟きは彼女に聞こえているだろうか……いや、どうでもいいや。
そして俺はカルミネに促す。
カルミネは俺の目配せに――
再度黙って彼女を見遣る……
そして――
「ペッ……」
不快な声と共に、カルミネが唾を吐きかけた……
べちゃ
と、汚らしい音が、クリスタの綺麗に整った顔にへばりつく。
「カルミネ……?」
奴は素早く踵を返すと、さっさと馬車の方へと戻っていった。
しかし、馬車の手前で、急にその足を止めたかと思うと……
カルミネは俺に背を向けたまま――
そして背中越しに、冷静な声で俺に言い放った。
「いくら仲間の仇とは言え、年端もいかない女の子を殺す気にはなれねえ……
……そう言う事は、『悪党』のすることだ。」
そのセリフを聞いて――
俺はつい顔をニヤケさせてしまう。
次にクリスタの方を見ると……
やっぱり……
案の定、彼女は訳も分かっていないような――
まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
ただポカンと口を開け、顔面に汚い唾を垂らせているクリスタ。
そんな惨めな彼女に、俺は皮肉めいた口調で言ってやった。
「……だとよ。
お前が散々殺してきた人間はな――
『悪党』でもなんでもなかったんだよ。
……この悪党め」
そう言い残し――
「ペッ……」
俺も唾を吐きかけた。
彼女は何ら抵抗もせずに、その整った顔にただ黙って唾を受け入れる。
俺は多少なり清々した気持ちで馬車へと戻り、再び出発の合図を出そうとした――
その時だった。
「ちょっと待ってくれ!」
突如、セタスが俺を呼び止めた。
「どうした?」
また何かトラブルか?
俺は顔を乗り出して奴の行動を見守る。
するとセタスは急いで馬車を降りると――
小走りである場所へと向かっていった。
その先には――
クリスタ。
彼女はいまだ放心状態。
しかし目だけはセタスの動きを追っていた。
そして、セタスは座り込む彼女の前に立ちはだかる……
何をする気かと――その場の全員が彼の一挙一動に注目していると……
「コアァァァッ……ペイッ!」
べちゃり
天を見上げて、轟く様な下品な音を立て、思いっきり痰の絡んだ唾を――
クリスタの顔面に吐きかけたのだった。
「死ね!」
そう吐き捨てる様に残すと――
「悪い悪い!」
俺達に軽く謝りながら、セタスはまた小走りで馬車の方へと戻っていく。
まあ……ぶっちゃけ今回の件で一番クリスタに腹が立っていたのはアイツかもしれないな……
そして俺は出発の声を上げ、やっとこの場を後にし――
さらにはこの、アレクセイ商業都市からも、抜け出したのだった……
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