24話 第七章 クソッたれた世界
そして俺はすぐさまセタスに向けて声を放つ。
「セタスッ!手のロープを切れ!」
「ど、どうやって⁉」
「そこらへんにあるだろ!鎧が持ってる剣とかなんでも!」
するとセタスは慌てた様子で返事をすると、手頃な刃先を求めてドタバタと走って行った。
「わ、わしをどうする気じゃ!」
無理な体勢を強いられているせいか、苦しそうに喚く会議長。
「どうするって?
――こうするんだよ。」
俺が嘲る様に吐き捨てた時――
「会議長様⁉」
やっと異変に気付いた外の者達が、俺達の姿を見て愕然とした表情を見せる。
後ろに控える衛兵達は慌てて剣を抜こうとしたが――
「おっとそこまでだ!」
俺は会議長の髪の毛を引っ張り上げる様にして、首元に当てたその剣を全員に対して見せつけた。
「テメエらあと一歩でも動いてみろ。コイツの頭で白ひげ危機一髪してやんぞ。」
「ひ、ひぃッ⁉」
意味は分からなくてもニュアンスは伝わったのだろうか、会議長はボウボウに伸びた威厳ある白ひげを揺らしながら、情けない声を上げる。
「ゆ、勇者様!どうしてこのような愚かな事を!」
一人の貴族が口を開く。
「うるせえこの愚かもん。お前らどいつもこいつもフザケやがって……
前々からお前らに対してムカついてたんだよ。」
「勇者よ。わしが先ほど申した事なら詫びよう。
おぬしの欲しいモノであれば何でもやる。
何が良い?
……金か?地位か?それとも女か?」
そんな、まるで子供に好きなオモチャを選ばせる様なフザけた提案……
そんな問いかけに対し、俺はにんまりと表情を崩すと――
下卑た声でこう答えた。
「この都市に蓄えたありったけの金貨と――
お前たちの持つありったけの馬車をくれ。」
その言葉を聞いた会議長は一瞬苦虫を噛み潰した様な声を上げる。
「どうした?普通だったらここは『お前の命だ』って答える所だぜ?
十分優しい要求だと思うがな。」
すると会議長は諦めたように目の前の者達に目を向けた。
「お、お前たち……言う通りにするのだ。」
その指示を受け、何人かの兵士は素早くそれらを手配しようと動き出した……
しかし――
「待て!」
突然制止の声を上げたのは、一人の貴族だった。
たしかアイツは、先ほど会議長と雑談をしていた貴族か……
「…………?」
会議長も含め、周りにいた者達が皆、疑問の表情を浮かべる。
一瞬静寂に包まれたその中で、その貴族が不気味な様子でこう告げた。
「皆、優先すべきものを間違えるでない。
たった一人の命を救う事か、悪党どもを誅するべきか――
どちらが大事か。」
その言葉に、会議長は慌てた様に声を荒げる。
「ま、待て貴様!いったい何を考えておる!」
しかしそいつの態度は至って冷淡だ。
「会議長様。これも世界の平和の為……どうかご理解ください。」
「貴様!この裏切り者!」
喚く会議長を無視し、そのまま衛兵達に向け、指示するその男。
奴のそんな姿に対し、相変わらず罵倒し続ける会議長――
「そ、そうだ!貴様、さては会議長の座が欲しいのだろ⁉
わしが死んで貴様が逆賊どもを殲滅させたとなれば貴様はさぞ市民達から支持されるだろうからな!」
奴がその言葉を放った途端――
その貴族の口元がわずかに緩んだ。
あれは……図星のツラだ。
だがその表情も、次の瞬間にはまるで正義の執行者の様な面持ちへと変わっていた。
「誤解なさらないでください。私はただこの都市――いや、世界の平和を守りたいだけです。」
無機質な声音でそう告げる中、周りの衛兵達がその前を立ち塞ぐ。
そんな中一人の兵士がその貴族に対して不安げな様子で尋ねた。
「ほ、本当によろしいのでしょうか……?
奴はあの恐ろしい能力を持っておりますが……」
しかし兵士のそんな心配などどこ吹く風と言った様子で、奴は呑気な口調で答える。
「……?
ああ、あの役に立たん能力の事か。
あれを使えば自分自身も含めて皆死ぬのだろう?
この者にそんな度胸などあるものか。」
どこまでも舐めたことを言ってきやがる。
いっその事本当に世界を消滅させてやろうか?
そうすれば、今目の前にいるこの舐めた顔をしたコイツは、一体どんな顔をするのだろうか。
まあ……いまだに能力の発動のさせ方分かんねえけど……
「まあだが……」
考え直す様に、その貴族が顎に手を遣ると――
「一応、念には念を入れておこう。」
何て事もない様子で俺に向けて手をかざす。
「水よ――敵の前に姿を現し、彼の口を封じたまえ。」
抑揚の無い口調と共に、突如俺の目と鼻の先に現れた水球。
それはまるで生き物のように俺の口元に纏わりつき――
「ガバッ!グボッ!」
俺はまるで水の中に溺れた様な感覚に陥る。
「ふん。この都市の貴族は全員水の魔法が使えるのだよ。
まあ……普段から無暗やたらと魔法を使いたがるのはこの老いぼれの娘くらいなものだがな。」
声が出せないどころじゃない――
水は鼻ごと覆っていて、息をすることも出来なかった。
「さあ。これで呪文は唱えられまい。
とは言っても――このまま放っておいてもいずれ死ぬかもしれんな。」
ダメだ……息が苦しい。
俺は会議長の首に剣を当てている事も忘れ、ただ無我夢中にもがき続ける。
「ひっ……や、やめろ!魔法を止めろ!
剣が……首に……‼」
会議長の上擦った声が聞こえる。
ダメだ……ここでコイツを殺すわけにはいかない。
苦しさに涙でまみれた視界には、俺に迫りくる兵士達。
もう少し……あともう少しで奴らが……
そして息も限界になってきた時、いまだ魔法を放ち続ける貴族から兵士達が完全に離れきったところで――
「ぐはっ⁉」
――奴の口から短い悲鳴が零れた。
「なっ⁉」
会議長が驚きの声を上げる。
目の前に迫る兵士たちはそんな会議長の様子に怪訝な反応を見せた。
静寂と疑問の空間に響くのは――
ドサ――と貴族が地に倒れ伏す音と……
「……ガハッ!げほっげほっおえ……」
魔法が解けた事により、窒息の苦しみから解放された俺の、咳き込む声だった。
すぐさま振り返る兵士達。
昏倒した貴族のそばに立っていたもの……
その男は――
「よう……お偉いさんが人質に取られたからって慌てすぎなんだよ。
揃いも揃ってそっちに夢中だったおかげで、簡単に侵入できちまったぜ。」
「ケホッケホッ……おせえぞカルミネ……
危うく溺れ死ぬ所だった……」
ハルバードを携えたカルミネ――そしてその仲間達だった。
「ヒイッ⁉れ、例の悪党集団だ!」
奴の足元に倒れている貴族の姿を見て、恐怖に声を上擦らせる兵士達。
「安心しろ。殺しちゃいねえよ。」
どうやら峰打ちだったらしい……
殺しちまった方がよかっただろ。
そして、カルミネは兵士達と対峙する。
奴は凶悪なその面に、さらに凄みをかけて脅しつけた。
「ただ、それ以上抵抗するなら容赦はしねえ……
俺達をここから逃がすか……自らの命を散らすか……
どっちが賢明か間違えるな。」
「ひ、ひぃ……」
兵士たちは彼の迫力に思わずたじろぐ
そんな時、カルミネの後方から一人の男が駆け寄ってきた。
「カシラ!マイトさんが言ってた通り、会議場横に宝物庫があったぞ!」
それを聞いた時、俺とカルミネの目があった。
奴はすぐに手下の方へと向き直ると、そいつは立て続けに報告した。
「今既に全部運び出そうとしてる所だ!
大人数でやってるからすぐに終わるだろう!」
その報告に、俺はつい口元が緩む。
その金銀財宝は、かつて俺が隔離区の住人から取り戻したものだ。
今度は政府から取り戻してやる……
そんなことを考えていると――
突然、俺の後方から、セタスの声が聞こえた。
「その顔……お前は確か、カルミネ……?」
俺が顔だけを振り返る。
そこにあったのは、いつのまにか縛られた縄を切り解いていたセタスの姿。
奴はカルミネの顔を覗き込むようにして眺めていた。
「ああ?誰だテメエは?」
一瞬凶悪そうな悪党面を歪ませるカルミネだったが、すぐにその表情は合点のいったものに早変わりする。
「アンタは確か昔、隔離区にいた……
……なるほど。
アンタがマイトの言ってた友人か。」
「え?友人?」
素の声を俺に投げかけるセタス。
「言ってない。」
俺は即答した。
セタスのニヤけた顔に少し腹が立ち、すぐに目を逸らすと、ちょうど目の前にはこの状況にどうすべきか決断しかねている様子の兵士たちの姿があった。
「さあ……会議長様よ。助かるチャンスだぜ。」
俺は真下で這いつくばる会議長に向けて言葉を放つ。
するとそれに応じる様に、奴は兵士たちに訴えかけた。
「貴様ら!さっきの不埒者の言った言葉は気にするな!
お前たちはここで大人しくしておれ!
決して彼らを刺激するでないぞ!」
そして――
「だってよッ!
お偉いさんからの命令だぜ!
ほら!お前ら!全員外に出やがれ!」
俺は会議長の頭を引っ張り上げ、乱暴に引き上げる様にして無理矢理立ち上がらせる。
「グッ……」
そして半ば引きずる様な形で、奴を会議場の外めがけて引っ張っていく。
俺が一歩進むごとに、一歩後退する兵士達。
しかし――
ふと
俺はこの後の事が気になった……
会議長を人質に取っているとはいえ、どこまで逃げればいいのだろうか?
この後は金貨や人を乗せた馬車で逃げるっていう算段だ。
しかし……
いずれ会議長は解放するつもりだ。
じゃあその時――
もしも街の外で会議長を解放した後、すぐに兵士達の追撃を受けたら……
恐らく逃げ切れないだろう。
いくら馬車とはいえ、こっちは金銀財宝、そして大人数を乗せた馬車だ。
軽騎兵とかで追ってこられたら、すぐに追いつかれてしまう。
「セタス!」
俺は後ろに向け、奴を呼んだ。
連中が俺達を追撃出来ないようにさせなければならない。
だから俺は、奴に対して――
こう言った。
「お前、この街に来る前の旅の道中でさ――焚き火のやり方俺に教えてくれたじゃん?
あれ、やり方忘れちゃったからよ……もう一回見せてくれよ。」
「は?」
セタスの間の抜けた声が聞こえた。
この緊迫した空気の中、俺は思い出話に花を咲かせるような口調で奴に話し続ける。
「いや、魔道具使って焚き火してただろ?
あれ、凄かったなあって思って……」
急に訳の分からない話をしだした俺に、セタスはもちろんの事、会議長、周りにいる兵士達も皆一様に同じ反応をしていた。
「急にどうした?
なんで今そんな事言い出したの?」
セタスがポカンとしながらそう聞き返してきた。
ホント、なんで今そんな事言い出したの――って感じだよな。
そんな事、今急に言い出すわけないじゃん。
だから気づいてくれ……
読み取ってくれ……
――俺の言葉の、本当の意味を。
そう念じて、俺はセタスの目を見た。
俺の考えている事を、何とか伝えようと……
やっぱり――
カッコつけすぎか?
目だけで自分の考えが伝わるはずがない。
それでも……伝わってくれ。
俺が今考えている事は、直接口に出して言う訳にはいかないんだ。
会議長、そして目の前の兵士達。
そう――
奴らに聞かれる訳にはいかない……
するとセタスは、何かを吟味する様に――
しばらく押し黙ると……
「…………
……ああ。俺たしかにやってたな。
魔道具で種火作って焚き火起こすやつだろ?」
乗ってくれた……
奴は俺の意図を読み取って、俺のこの意味不明な問いかけに応えてくれたのだ。
すると――
「でもさマイト。お前そんなこと言う前に俺の水筒、返せよ。
火を起こした後、俺の葡萄酒めっちゃ飲んだじゃん?
――水筒、渡せ。」
「え?水筒?……ああ。」
と、今度は反対に、奴が訳の分からない事を言ってきた。
俺が干し肉を食べている時に、奴の葡萄酒を飲みまくった時の事だろう。
たしか……
俺が水だと思って奴の水筒を飲んだら実は葡萄酒で……
そんで驚いて吐き出して……
……あれ?
まさか?
俺は何かを直観した。
「あ~はいはい。分かったよ。水筒ね。
カルミネが持ってるから、あとで受け取って。」
水筒って……アレの事を言っているのか。
カルミネを見ると、案の定、訳の分からない様子で、俺とセタスを不思議そうな目で交互に見比べている。
そしたらセタスは――
「いいぜマイト。
受け取ったら早速準備に取り掛かるからよ。」
周りの怪訝な反応に構わず、俺にそう言ってくれた。
こいつ……マジでよく分かったな。
俺はやれやれと思いながらも、その言葉に返事を返す。
「ま、いっちょ派手な奴を頼むわ……相棒。」
これは出来るだけ派手に――
サプライズにやってやりてえからな……
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