23話 第七章 クソッたれた世界



会議場へと続く廊下にて――


そろそろ夜が明けようという時間帯。


そこに、ゾロゾロと――


複数の足音が響き渡っていた。


その内の二人は廊下を歩きながら、なにやらご機嫌な様子で会話を楽しんでいる。



「いやー。清々しい朝であるな。涼しい風が身に沁みる。」


「ごもっともです。会議長様。

いやはや……つい先日、魔王が死んだという確認が取れたおかげで、こうして表立って隔離区の連中を始末する事が出来ますなあ……」



その空間は――


流れ出る汗により、服がべったりと肌に張り付くほどの蒸し暑さである。



「ええ。なんと言ってもその魔王は、約百年前の元勇者だからのう。

寿命的に既に死んでいるはずなんだが……

いかんせん、奴が我々中央諸国を裏切って魔王になってからは、消息も分からなかったので、万が一という事もあってなかなか隔離区の連中には手を出せなかった。」


会議長はやれやれと言った仕草をしながらも、その胸の内は清々した気分――


そんな表情を浮かべている。


「しかし……その元勇者――いや魔王も、分からんものです。

異民族を討伐したのは自分自身のくせに、その後なぜか彼らの残党を庇いだてして――

あげくの果てには『隔離区の連中を滅ぼしたらこの都市へ攻め込む』という脅しまでかけてきたと言われております。」


彼らの話によると――


今まで異民族の残党を、表面上だけでもこの都市に住まわせていたのは、元勇者の指示によるものだった。


魔の者とされる異民族を庇った事から、彼は中央国から魔王と認定された。



その時……



「会議長様、罪人・セタスを連れてまいりました。」


ある兵士がその場にやってきた。


彼の後ろには、腰の後ろで両手を縛られた男――セタスが控えている。


会議長はそれを確認すると、その兵士を労った。


「ご苦労。貴様は会議場の外で待機しておれ。

手筈通り、隔離区で爆発が起き、火が上がったら消火活動へ向かえ。」


「ハッ!」


そして兵士はバタバタと会議場の外へと出て行っていった。


セタスはそこに取り残され、不自由な状態のまま、その場に立ち尽くしている。


「会議長――」


するとふと、彼が口を開いた。


「もしもこの作戦が成功すれば、私は本当に解放されるのでしょうか?」


そう尋ねたセタスの表情には、なぜか期待の色は一切見られない。



すると――



会議長は冷めた目でセタスを一瞥すると、興味なさげな声で吐き捨てる。



「誰が解放するか。お前はもともと殺される予定だったのだよ。……あの勇者もな。」



「……ッ!」



セタスは憎らしげな目で会議長も睨み付けるも、その表情にさほど驚きの様子は無かった。


「それにしても中央国の奴ら、最初何も言ってこなかったから、てっきり普通に勇者を派遣してきたのかと思ったわい。

おかげでこんな隔離区出身の人間に娘の縁談を設けるところだった。」


会議長はそう言って、彼に蔑むような視線を送る。


「全く……中央国め。汚れ仕事をこちらに押し付けおって……」


しかし会議長は、すぐにそっぽを向いて不満たっぷりの口ぶりで恨み言を吐いた。


「勇者殺しの汚名を被りたくないのでしょう。

以前より、隔離区からの脱走者と疑われていたこの者と共に、冒険と称してこの街に来させ、任務中に戦死したことにすれば、自然に二人を始末する事が出来ます。」


そんな彼に、別の貴族がアゴに手をやり、呟いた。


「しかし……どうして神は勇者を転生し続けるのでしょうか……

約百年前の勇者も結局は、中央諸国に盾突いて魔王となったのに……

それも、さらに危険な能力を持たせて……」


会議長は油断しきった様子で、興味なさげに答える。


「勇者を転生して、元勇者を討伐しようという腹じゃろう。

だからさらに強力な能力を付けて勇者を送り込む。」


「なるほど……」


「しかし、仮に元勇者が生きていたとしても……

あの勇者では奴を倒す事なんて出来ないだろうがな。」


もう一人の貴族がそう言うと、二人は笑い会う。


するとふと――会議長は壁際の方に目を向けた。


「そう言えば……」


壁際に立つ、飾り物の全身鎧。


会議長はまるで昔を懐かしむように、まじまじとそれを眺め出した。


「あのポンコツ勇者、この鎧を敵と間違えて攻撃しておったな……」


「ハッハッ。アレは傑作でしたな。」


「まあ確かにこの鎧を初めて見た田舎者が本物の兵士と見間違えて驚く事は良くあるが……

あんなマヌケは初めて見たわい。」


会議長が心底馬鹿にしたように吐き捨てる。


するともう一人の貴族が、何かを思い出す様に言った。


「しかし、あの勇者マイトときたら――

最後の最後に、同じ魔道具を使わせてくれ――なんて言い出すものですから、我々の計画が気づかれたのではないかとヒヤヒヤしましたよ。」



それは、爆発魔法の魔道具を試した際の事である。



「まあ、何かに勘づいてはいたじゃろうな。ただのバカかと思っていたのじゃが……

だが、結果同じ魔道具を持って行かせた事で、疑いを晴らすことが出来た。

あの水筒の中身が本命だというのに……」


そう言って会議長は、ニヤリと口元を歪める。


やはり、彼らは最初から仕組んでいたのだった。



やがて満足したのか、会議長は鎧を鑑賞する事を切り上げ、再び入り口の外に目を移す。


「普通であればそのまま殺してしまえばいいものの……

奴の能力のせいで、下手に手を出せんかった。

自棄になって能力を発動されちゃあたまらんからな。

その結果、こんな回りくどい方法を取る羽目になって……」



会議長は眉間にシワを寄せ、恨み言の様に呟く。



そして――


「全く……何の役にも立たん厄介な能力を持ちおって……」



会議長が、そう口にした途端――




「おお。あれを見てください。」




貴族が何やら入り口の外を指さした。


「火だ。火が上がっておる。」


すると――


周りにいた他の者達も同様に、歓びの声を上げだした。



どうやら、隔離区に火が上がったらしい。



「ふむ?爆発音は一切聞こえんかったな?

まあいい。結果火災が起こっているのだから上手くいったのだろ。」


会議長は一瞬訝しげな表情を見せたが、すぐに気を取り直す。


「皆のもの、兵士達を集めて隔離区の消火に当たれ。ゆっくりで良いぞ。

あくまで不慮の事故として処理するのだ。

もしも逃げ出した残党がいれば始末しろ……密かにな。」


「かしこまりました。会議長様。」



そして彼は、フッ――と鼻で笑い、こう付け足した。



「隔離区の連中とはいえ、法を犯していないものでさえも皆殺しにしたと知られては、さすがに市民達からの人望にも響くだろうからな。」



皆がぞろぞろと入り口の外へ出ていくと――



その場に残ったのは、会議長とセタスのみとなった。



「やっと終わったか。

放っておけば飢え死にするかと思っていたのだが、なかなかしぶとかったからの……

何の役にも立たん勇者と何の役にも立たん隔離区の連中。

一度にまとめて処分出来るのだからうまくいったもんだわい。」



そして会議長はセタスにも振り返る。



「お前もだぞ。セタスよ。中央国に居た頃は、それなりに腕は立つが勤務態度は悪かったようだな。

隔離区から脱走した者を殺さずに逃がしたりとか、問題行動を起こしていたと聞いた。

全く、つまらん仲間意識を起こさなければ、こうして身元が割れる事も無かったろうに……」



彼は恐らく、全てが上手くいったと確信しているのだろう。


実際、彼は真相の全てを、惜しげも無くベラベラと話している。



彼の話曰く――



中央国も含め、この都市の貴族達はみな、最初から隔離区の連中もろとも、勇者一向を始末するつもりだったのだ。



そして――


その事実が明らかになった時……



その空間に――



さらに熱がこもった……





――ような気がした。



それは、怒りからだろうか……


いや、間違いない。


そうに違いない。




だから――




そんなクソッたれな世界なんてメチャクチャにしてやればいい。




だから、勇者は――


いや、勇者でも何でもない、俺は――




目の前にいる、このクソッたれ目掛けて――






走ッ……りッ……出しッ……たんッ――



だッ‼






「このクソッタレがアアアアアアアアア――ッ‼」






「……ん?」


会議長がこちらを振り返る。


クソ……足取りが重いな。


鎧ってのは思ってた以上に重いもんだ。




「……ひっ⁉」



会議長の驚愕に満ちた――


そんなマヌケ面が見えた。



そりゃそうだろう。





壁に飾りつけていた全身鎧が、勝手に動き出したのだからな。






「うるああああッ!」


そして俺は、不意を突かれたせいで身動きの取れない会議長に――


渾身の体当たりをぶちかます。



「うぐっ⁉」



倒れ込むように――


奴の身体にのしかかる。


うつ伏せになった会議長。



「……き、貴様は⁉」



喚くソイツの髪を鷲掴みに、問答無用に引き上げる。



「や、止めろ……ヒィ⁉」



俺は会議長の首筋に白刃を這わしていた……



「壁に飾ってある鎧に人が入ってるだなんて、夢にも思わなかっただろ?」



そう言って俺はフルフェイスの兜を片手で脱ぎ捨てる。



「ゆ、勇者⁉」


「マイト⁉」



置物でしかなかった鎧が勝手に動きだし、さらにその中から俺が出てきたというその事実に――


会議長とセタス、二人が同時に驚愕した。


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