22話 第六章 ならばいっそ……この世界を――



俺はすぐに隔離区へと出発した。


夜は会議場も人気が少なくなるように、それは隔離区も同じことだろう。



今回俺が持ってきたのは、先ほどこの目で効果を確かめた魔道具。



そしてもう一つはやけに大きい木樽の水筒だ。



魔道具で爆発魔法を発動させた後、この木樽に入った水筒をぶっかけ鎮火させる。


会議長からは、カルミネ達をおびき出すことに成功したらすぐに魔道具の火を消す様に言われた。


「…………。」


俺はその事をもう一度頭で確認すると――



再び前へと目を向ける。



「ここが……隔離区。」



そこは、あの活気に満ちた商業都市なんて見る影も無いような、悲惨な様相を見せていた。


それはまさにこの世の終わりの様な。


そこら中に漂う死臭、この世に悲・怒・哀・憎・悪などの負の感情を全て押し付けてしまったような、そんなゴミ溜め場のような場所だった。


俺は心の奥底で――


皆がここに住む人間を忌み嫌う気持ちが少し分かった気がしてしまった。


いや、それは共感などでは無い。


俺はどちらかというと、彼ら側の人間だ。



ここらでいいだろうか……



隔離区の、だいぶ奥まで入り込んだ事を確認すると、俺は手頃な場所を見つけて魔道具を用意する。


俺は手に持っている魔道具をまじまじと見つめていた……



木片に埋め込まれた、薄く輝く魔石。


元の世界で言う――石炭みたいなもの、か。


そう言えば魔石よりも高価な、『魔液』ってのもあったな。


クリスタに魔液と偽って、ただの水を飲ませたりもしたもんだ。


あの時も今となっては遠い昔の様に思えてくる……



「……。」



つーか……喉、乾いたな。



そんな時――



ふと自分の手に持っている水筒が目に入る。



ま、ただの水だし、少しくらいは飲んでもいいだろう。


量はいっぱいあるんだ。少しくらいは問題ない。



俺は水筒の栓を開けて、思い切って一口煽る……



その途端――



「ぶふぉえッ⁉」



俺は口に含まれたそのほとんどを吐き出してしまった……



「なんだこりゃ……」



いや、別に飲めなくはない。


特別不味いというわけでもなかった。


だが、無味無臭の水と思い込んで一気に飲んだものだから、明らかに違うその味に驚いて思わず噴き出してしまったのだ。


「これ……水じゃねえじゃねえか……」


何とも言えない味だ。


俺はつい水筒を傾け、手のひらの上にその液体を溢してみる。



すると――




「……?


なんか……光ってる?」




美しく、キラキラと薄く光るその液体。


そんな珍しい液体に思わず目を見張らせた――ってのもあるが……



それよりも、俺はその輝く液体に見覚えがある。



そうだ――



俺はかすかな記憶を思い出す……




この街に来たばかりの時――


セタスとはぐれ、迷子になった時……



俺は魔道具屋でこれと同じ物を見た事がある。




「あの時に見た魔液と……同じ?」。




だったらこれも……



「会議長達はなんでこれを……水だと言って……

もし気付いてなかったら、このまま魔液をぶっかける事に……」



俺がそこまで呟いた時――



「……ッ⁉」



ある結論にたどり着いた……



「……まさか?」



俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。



その可能性を考えた時――



俺は全身の毛穴が開き、冷たい汗が一気に噴き出してきたのを確かに感じた……





その時――




  ずちゃり



さらに薄暗い路地からべっとりとした足音が聞こえてきた……


俺はその方向へと目を向ける。


暗い路地の中、その闇の中から出てきたのは……



「こんな夜遅くに尋ねてくるもんじゃねえぜ……勇者様よ。」



そう声を放ちながら、ズイっと前に進み出る一人の大男。



「とうとう隔離区の中にまで攻め込んでくるとはな……」



現れたのは、今回の作戦の、まさにターゲットとされていた男だ。



「久しぶりだなカルミネ。」



奴の手には、彼の身の丈もあるであろう、巨大なハルバードが携えられている。



俺は挨拶を返すが、依然奴は警戒を崩す様子は無い。


「今日はあの小娘は一緒じゃないのか?

俺達の仲間を容赦なく散々殺しまくった忌々しい娘め……」


カルミネは獣の様な目つきで俺を睨む。


「今日は俺一人で来た。」


「良い度胸してるぜ。

だったら前みたいなハッタリは使えねえな!

今回は誰も助けてくれねえぜ!」



奴は激しく息巻いている。


しかし――



「なあ……ちょっといいか?」



そんなカルミネに反して、俺は静かに声を掛けた。



「もしも……生き延びる可能性があるのなら、お前たちはこの場所を捨てる事が出来るか?」


「ああ?」


問いかけたその意図が分からないのか――


カルミネは顔を歪めて凄んでくる。



だから……俺は奴に告げた。




「どうやら貴族達は――


――この隔離区を、俺達もろとも消し飛ばすつもりだったらしい。」




あんな小さな魔石であれほどの威力を出す爆発魔法。


そこへ魔液などをぶっかけたら、どれほどの威力になるだろうか……


もちろん。この隔離区一帯、そのほとんどを吹き飛ばすだろう。



しかし――



カルミネに特段驚いた様子は無かった。


いつか貴族達がこういう手段を取ってくると、予想でもしていたのだろうか……



「ハッ……勇者もろとも俺達を消滅させるってかよ……」



そこに貴族達も入っていたら良かったんだがな……



そして、奴は鼻をフンと鳴らすと――



身の丈を超えるほどの、ハルバードを――



ズッシリと構えた……



「だがそうはさせねえぜ……お前を殺して――

貴族達も全員ぶっ殺してやる。」



奴の取ったその行動を、俺はすぐ手で制しようとした。



「待て!俺はお前たちを殺す気はない!」



「じゃあなんだ?

だったらどうして俺達がこの場所を捨てなきゃならねえんだ。」



「形だけでも良いから焼き払うんだ。

お前たちはどこかへ逃げろ。

従わなければ……俺の友人が処刑される。」



本当に勝手な事だが――


これだけはどうしても呑んでほしい。



俺がそう言った途端、カルミネはさらに憤る。



「ふざけるな⁉そんなの知ったことか!」



それはそうだろう。奴の言いたいことは分かる。



「逃げろっつったってどこに逃げりゃあ良い?

資金も何もねえ……

道端で野垂れ死ぬだけだ!」


確かにそれもそうだ……


しかし、それでも俺は食い下がった。


「お前たちの安全と金銭は俺が保証する。」


「そんな事誰が信じるか!」


「頼む。信じてくれ。」



虫のいい事は百も承知だ。


しかし案の定、奴は聞く耳を持たない。



「話にならねえ、来ねえならこっちから行くぞ。」



俺の願いもむなしく……



そう話を切り上げたカルミネ。



奴はハルバードを豪快に振りかざすと……




「死ねえッ!」


「――ッ⁉」




風を唸らせ、頭上に迫る巨大な斧。


俺は横っ飛びにそれを躱す。



「待てッ!俺を殺しても何も変わらねえ!」


「ああ!知ってるよ!」


尚も斧を振り回すカルミネ。



「俺を殺してもやがては兵士たちが攻めてくる!」



横なぎに振るった斧を、俺は後ろに倒れ込むようにして躱した。



「それも知ってるよ!どうせ死ぬんだ!

だからせめてお前だけでも道連れにしてやる!」


また、それかよ。


俺が今まで殺してきた、隔離区の住人達は皆そう言っていた。


たとえ逃がしてやろうとしても、そう言って自ら死を選んで行った……



はなから諦めているのだろう。


奴らはただ絶望し、暴れて目の前の敵を殺す事しか考えていない。



「ったく……どいつもこいつも……どうしてこうも死にたがりなんだ!」



俺はすぐさま起き上がり、カルミネと距離を取る。



「カルミネ!最期まで希望を捨てんな!

何が何でも生き延びるんだ!」



息継ぐ間もなく、距離を詰めるカルミネ。



「生き延びて何になる⁉

今日死ぬのも、明日死ぬのも一緒だろう!」



そしてまた斧を振るう。



「分からねえ!だけど可能性は増える!

カルミネ……このクソッたれた現状から抜け出すためにどうすりゃいいか……精一杯考えるんだ!」


また寸での所でそれを躱す。


そして――


躱しつつも俺はがむしゃらに叫んだ。



「確かにクソッたれな世界だ!そんなのもう知ってるよ!」



カルミネは、槍斧をまた、豪快に振りかぶった――



「だから死ぬために戦うんじゃねえ……」



斧は頭上を――



「生きる為に戦うんだあッ!」



  ブンッ――



と振り下ろされたそれは……



とてつもない衝撃音と共に――


俺のすぐそばの地面に突き刺さった。




……外した?




「クッ……しまった!」


カルミネが短く呻く。



好機



このチャンスを逃す手は無い。


斧が地面に突き刺さっている間に、俺はカルミネの懐に潜り込む。



「ハアッ!」



俺は素早く剣を振り下ろした。



「ぐおっ⁉」



ハルバードを持つ手を狙った攻撃に、奴はとっさに斧の柄から手を放してしまう。



だが……



カルミネが武器を手放したと同時に――



「……⁉」



俺は奴の首元に剣を突き付けていた……




「ハア……ハア……

これで……二回目だな……」



息を切らしている俺に、カルミネは立ち尽くしたまま、ポツリと吐き出す。



「やれよ。」



その言葉に、俺は思わず顔をしかめた。



「みんな俺達の事が嫌いなんだ……」



奴は悲しげな声で言った。



いや、今にも泣き出しそうな、そんな上擦った声で……



「ガキの頃から愛情なんて受けたことが無かった。

周りは全員が敵だ。みんな俺達を虐げる。

そのくせこっちが手を出せば犯罪者かよ。

俺達は……勇者様にカッコよく退治される運命なんだ。」



その表情は、奴の凶悪な人相からは想像もつかないほどに、寂しそうだ。



「世界は……俺達を、嫌った。」



しかし――



俺は、カルミネのそんな表情を打ち破る様に――



「違う!」



その言葉を否定した。



ただ、俺はこの男に、分からせてやりたかった。



「お前たちを嫌っているのは神だ……世界じゃない。」



カルミネの目がわずかに見開いた……様な気がする。



「神が偉くて、人間が正義で、魔王が悪で、お前たちは悪者だなんて……

この世界はそんな事決めてなどいない。」



そうだ――世界から見れば、生きとし生けるもの、皆世界の一部なんだ。


誰一人として要らない子なんていない。



俺の口から溢れる言葉は、ただ俺の気持ちそのもので……


それは説得――なんて代物では到底なく、ただの感情の爆発で……



「自分を正義とするために――神はそれ以外を悪に仕立て上げた。

神を信仰する人間たちはその意志のままに、お前たちを虐げた。

お前たちはそれに怒り、人を傷付け――許されない事をした。


そして――

お前たちは、神の思惑通りの悪党となった――」



早口で捲し立てるように吐き出していく。


口に出せば出すほど、胸糞悪くなってくる……



本当に世界はどうしようもなくて……クソッたれだ。



「……ホンット……何なんだ、これは?」



本当に……物語の様に、勧善懲悪の世界であれば、どれほど楽だったろうか……



「…………。」



カルミネは悔しそうに下を向いている。


俺は湧き出す怒りを隠すことなく、ただ絞り出していた。



「みんな……クソッたれだ。こんな世界、消滅すりゃあいいのに。」



そんな、突拍子も無い俺の言葉に――


「…………」


奴は顔を上げる。



「思えば……俺におあつらえの能力だったんだ。

俺はずっと、前世も……この世界も大嫌いだった!


俺はずっと、世界を、滅ぼしてやりたかったんだよ!」



でも――それは、最後の手段だ。


まだ今は、最期じゃない。


だから今は……



「でもよ……俺はこの能力は使わねえぜ。

相手も道連れに自らの命を捨てるなんてつまらねえ。

だから最後まで抗うんだ。

世界道ずれに自分もろとも消滅させるなんざ、面白くもなんともねえからな!」


気が付けば――


俺は力の限り叫んでいた。


俺の声が隔離区にコダマし――


それが次第に夜の闇に呑まれていく……



やがて



――静寂がその場を支配したとき……




「……どうせ死ぬんだ。」




静かな、だけど野太い声が、聞こえた。


その言葉はどこか投げやりで、相変わらず希望なんてものは感じられない……



やっぱり……ダメか……



俺は思わず――


奴に突き出していた剣を下ろしてしまっていた……



やはり俺は、目の前にいる人間すらも救えない。


そのやるせなさに、唇を噛みしめていた――




と、その時だった……




「いいぜ。」




「……へ?」




聞こえたその言葉に、俺は思わず耳を疑ってしまう。


俺はハッとなって、顔を上げた。



するとそこには、堂々とそびえ立つ大男――カルミネが……




「殺されて死ぬのも、天寿全うして死ぬのも変わらねえ。

どうせ死ぬんだったら……最後まで抗ってやる。


クソみてえに死ぬ――その日までな。」



「じ、じゃあ……」



「ああ。アンタの考えに乗ってやる。」



俺はその言葉に思わず笑みがこぼれてしまう。



俺は安堵のあまり、しばらくの間、ただ黙ってカルミネの顔を見上げる事しか出来なかった……



奴の表情は――



さっきのような、泣きだしそうな顔じゃなく――



いつもの、極悪人のような面構えへと戻っていた……


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