20話 第六章 ならばいっそ……この世界を――



ここ最近、比較的涼しい日が続いている。


俺はまた会議場に呼び出されていた。


当然、俺の隣には、いつもいるはずのセタスは、今日はいない。


俺一人だ。


それだけでなく――


今日はなぜか、会議場自体の人数も少なかった。


貴族達はほとんど出席してはいるが、付き添う側近はほんのわずかで――



クリスタの姿も今日は見当たらなかった。



「勇者様。お体の具合は大丈夫でしょうか?」


会議長がまず、俺の身を気遣ってくれる。。


「あ、ああ。大丈夫だ。」


俺は少し動揺しながらも、無難な返事を返した。


「それは良かった。

では先ほど会議で決まった事項がありましたので、早速依頼内容をお伝えしたいと思います。」


「……。」


そして、俺の反応を確認する事も無く、会議長は淡々とその内容を説明していく。


「つい先日、新たに入った情報がありまして……

近頃カルミネは隔離区に潜んでいるようなんです。

カルミネは悪党集団のリーダー、見過ごすことは到底出来ません。」


カルミネ……あの男か……


「そこで今回、カルミネをあぶりだす為にある作戦を立てましてね。

勇者様には、隔離区にてその作戦を実行して頂きたく思いました。」


そこまで聞いたとき、何だか急に心が重くなったような気がした。


なんか……もううんざりというか……



気付けば俺は――



「やっぱり……また討伐依頼かよ。」



ふと口をついて、そんな言葉が出てしまっていた……



あ、俺勝手に喋ってた……



ハッと前を見ると、会議長は目を真ん丸くさせて俺の顔を見つめている。


「ど、どうしましたか?勇者様。」


どうやら俺の急な発言に、あっけに取られているようだ。



もう――


後には引き返せないな……



どうせ依頼は断るつもりだったんだ。


もう、誰かに命令されて人を成敗するなんてごめんだ。



俺はそのままの流れで言葉を継ぎ足していった……



「アンタらはさ……

犯罪を取り締まるんじゃなくて……そもそも犯罪を起こす必要のない世の中を作ろうとかって……思わないのか?」


俺がそう言った途端、会議長の態度はあからさまに疑い深いものとなる。


「勇者様……急にどうしたのです?

まさか……あのスパイから何か余計な事でも吹き込まれましたかな?」


そう言えばセタスも同じような事を会議長に言っていたな。


俺が奴に感化された――


――とでも思ったのだろうか


「いいや。

……別にセタスの話を聞いてなくても、俺は同じことを考えてたと思う。」


確かにセタスから隔離区についての真相を聞いた。


でも、その前からずっと、俺は自分のしている事に対して疑問を抱いてたんだ……


俺がそう返すと、会議長はひどく面倒臭そうな顔で、なにやら頬をポリポリと掻きだした。


「別に、貴方に悪事を働けと言っている訳では無いのですよ?

むしろ悪事を働く者達を排除してほしい、と言っているのです?

良い事じゃないですか?」


奴は俺を説得でもするかの様に、そう言ってくる。


「確かに人を殺した者を罰するのは仕方がない。

でもそもそもお前たちは、人間を極限まで追い詰めて悪事を働かせているのと一緒じゃねえか……

だいたい……隔離区ってなんだよ……」


「彼らを隔離するのは市民の意志です。

隔離区の貧困状況については我々でも対処をしております。」


白々しいコイツの顔を見ていると――


自分の声が次第に荒ぶっていくのが分かる。


「対処って何をしてんだ?

お前らどうせ、既に刻印が伝染する事は無いって事も知ってんだろ⁉

なんでそれを市民に伝えてやろうとしない!」


とうとう声を荒げて怒鳴りつけてしまう。


周りの貴族達も何やら困惑しているようだ。


奴らの目からは、俺が突然豹変した様にでも見えているのだろう……



すると――



奴はとうとう面倒臭くなったのか……


あからさまに億劫そうな顔でため息を吐く。



「政治に関しては我々の仕事です。

勇者様が口を出すようなことではありません。」



会議長はそう言って、最後にこう付け加えた。



「それに、たとえ貧困に苦しんでいたとしても、悪事を働いていい理由にはなりません。」



また、それかよ。


その言葉にはもううんざりだ。



「とにかく、もう依頼は受けねえ。

最初来た時にも言ったように、俺は傭兵じゃねえんだ。」



きっぱりと言い切ってやった。



そんな俺の態度に――



会議長はほとほと困りきったような顔を見せてくる。


その表情が無性に腹が立った。


まるで俺が駄々をこねているみたいじゃないか……



そして奴はしばらく何かを考え込む様子を見せる。



すると――


「あっ……!」


突然、会議長はポンッと手を叩き、目を見開いた。




「ではこうしましょう――」



「……?」



どうやら奴は何かを思いついたようだ。




「この任務を成功させた暁には、セタス殿を解放します。」


「……は?」


あまりに急な事を言い出したもんだから、思わず変な声を出してしまった……


「あの者は本来であれば、明日の朝には処刑されます。

ですが、もしこの任務を成功させたのならば、特別に恩赦を与えようという事です。」



コイツ……足元を見やがって……



俺はその提案に、思わず心が揺らいでしまう。



正直、もうこれ以上誰かを殺したくない……


もし仮に、カルミネを殺さずに捕えてきたとしても、今度はカルミネが処刑されるだろう。


でも、これを断ればセタスがこのまま処刑される。



カルミネか――


セタスか――



俺は選択に迫られた……



だったら――



答えは決まってるだろう。


俺は胸が締め付けられる様な思いで、口を開いた……



「分かった……その任務、受けるよ……」



俺が承諾すると、会議長は見るからにホッとした様に息を吐く。


「ご理解、感謝いたします。」


そして気を取り直す様に咳払いを一つすると――


「それでは作戦の内容についてをお話ししましょう。」


またいつもの様に話を切り出したのだった……

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