18話 第五章 悪者



「勇者様!よくぞやってくれました!」


「さすがです。勇者様。」


周りの人間が俺を褒め称える。


「…………。」


そんな拍手喝采の中、俺はただ立ち尽くしていた……


すると――


後ろの方から聞こえてくる――慌ただしく駆け寄る、軽やかな足音。



「マイトさん!」



ポス――と背中に伝わる、暖かく、羽の様な衝撃が、俺の身体をわずかに揺らす。


クリスタが、俺の身体に両腕を回していた……


「とても心配したんですよ!

よかったッ……無事で。」


涙ぐんだ声は俺の背中の中に籠り、彼女の両腕がキュッと俺の身体を締め付けてきた。


何か……言わなければ……


呆然とした頭でそんなことを考えていた俺は――


たった一言――こう呟いた。


「まあ……勇者、だからな。」



こうして――



セタスが連行された後……


「さて、勇者様。スパイを逮捕したお礼と言ってはなんですが、面白いモノを見て行きませんか?」


会議長がさも一件落着と言わんばかりに腰を上げる。


「面白いモノ?」


俺は思わず目を細めた。


するとしばらく俺にくっついていたクリスタ。


彼女は、俺の後ろからヒョコッと顔を出すと――


いつものような、優しく、明るい顔で、言った。




「捕えた者達の公開裁判です。」




……公開裁判?



彼女のそんな表情に似合わない――物々しい単語。



会議長達の方を見渡すと、彼らの表情はまるで「見れば分かる」と言った風な様子だ。


「まあまあ、とりあえずすぐに準備をさせますので、今はお待ちください。」


会議長はそう一言告げる。


するとそれを合図にした様に、貴族たちはゾロゾロと出口へ向かっていき、今回の集会は解散となった……



しばらくの後――



そこは会議場前の広場。


そこでは多くの人だかりが出来ており、集まっているのはどうやら会議場関係者だけでなく、市民たちによる野次馬も出来上がっていた。


興味津々、といった様子の皆は、ある物を一点に見守っている。


そこにある大掛かりな木造の高台。


それは映画とかでも見たことがある――


まるで処刑台……いや、それはまぎれもなく、処刑台そのものだった。


木で出来た、長い高台の上には……




晒し物の様に、等間隔で並べられた人間たち。




彼らは皆、後ろで手を縛られ、頭に袋を被せられている。



そんな――置物の様に配置された彼らの頭上。


そこには端から端までを、一本の棒が彼らの列に沿って一跨ぎしており――



その棒からは一本ずつ、彼らのもとに首吊り縄が垂らされていた……



「早く処刑しろ!」


「このテロリストどもめ!」


高台の前には都市の民衆たちが集まり、彼らに対して異様なほどの憎悪の言葉を投げつけている。


そして――


「これより、裁判を始める!」


裁判長と思しき人物が、高台の前に立ち、高らかにそう宣言した。



「法にも定められている通り、隔離区に住む人間は、政府が指定した地域の外には出てはならず、この罪を犯した者は、六年間の強制労働を課す。」



…………は?


初っ端から、耳を疑う様な内容が飛び出してきた。



「そして、被告人であるこの者達の左腕には、何かを抉り取った様な傷があった。

それは恐らく、隔離区の住人である証となる刻印だと推測される。

彼らは卑劣にも、その証拠となる刻印を隠滅しようとしたのである!」


証拠……?


刻印……?


何の事だ……?


頭の整理も追いつかないまま、裁判長はただ、書面の内容をツラツラと読み上げていく……


「さらには、この者達はそれが発覚するや否や。

人々を襲い、物資を略奪し、さらなる罪を重ねた。

誠に許しがたき所業である!」


待てよ……


まさか悪党集団が犯罪行為を犯していた理由って……



そして



裁判長は一拍の間を開けると――




「彼らに情状酌量の余地など認められない


よって――


罪人どもを死罪に処する!」




民衆たちが歓声を上げた。



……なんだよ。なんだよこれ。



俺はセタスの言っていた言葉を思い出した。



――ご存知の通り、隔離区の人間たちは食う物に事欠き、皆死を待つのみの状態なのです。



「……。」


あまりの展開についていけず、俺は呆然と――


ふと、クリスタの方を見た。



彼女の横顔は、こんな時でも、明るく、優しい。


いや――


こんな時なのに、なんでこんな顔が出来るんだ?



やがて――



ふと彼女が、俺の視線に気付いた。




すると、クリスタは、やはり、いつものような――。



「マイトさん。よかったですね。これらの罪人はほとんどマイトさんが捕えた者達ですよ。」


そう、本来なら見惚れてしまうような、そんな笑顔をしてみせたのだった。


執行人が、処刑台の上に立つ彼らの首に、首吊り縄を掛けていく。


俺はただその様子を見ている事しか出来ない。



やがて



観衆のボルテージが最大に達したとき――



執行人が合図を出した。



  ストン



「――ッ⁉」


途端、彼らの立つ地面が割れ、消えた様に落ちる、罪人達。


高台の床から少しはみ出た、頭達。


それを吊るす縄は、ブルブルと震えている。


そして――


その光景を見て、まるで物語のハッピーエンドを迎えたかのように心から喜びを見せる観衆達。


クリスタも、その例外ではなかった。


俺はそんな異様な光景に、胃からこみ上げるモノが止められず、その場で嘔吐してしまう。


「マイトさん⁉大丈夫ですか⁉」


クリスタはそんな俺の様子に、すぐに駆け寄って心配してくれた。



……優しい子なんだろう。


――純粋に、優しい子なんだ。



それでも、そんな俺に構わず――


処刑の執行は、そのまま続けられたのだった。


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