17話 第五章 悪者



……?


どういうことだ?


この豊かな商業都市の中で?


「あの者達は皆左腕に刻印があるというだけで虐げられ、人との関わりを拒絶され、買う事も、売る事も、働く事も拒絶された者たちなのです。

彼らは社会を恨み、ただ死を待つばかり……」


セタスの話す内容は、初めて聞く事ばかり……


そんな彼の言葉に――


俺はふと、あの時の言葉を思い出す。



――この、世界を……滅ぼしてくれよ



俺がこの手で殺したあの……名前も知らない悪党の……死に際に放った言葉。


そう言えば、奴もそんなことを言っていた……


しかし、そんな俺とは対照的に――


貴族達の様子はかなり味気ないものだった。


それでもセタスは懸命に訴え続ける。


「だったら犯罪行為に走る者が現れてもおかしくないでしょう!」


だが、貴族たち様子は、ちゃんと聞いているのかどうかすらも分からないような、そんな反応だった。


それは、何ら興味も無いような……まるで、犯罪者の『くだらない言い訳』を聞いているような、そんな表情……


「全く……訳の分からんことを。」


会議長が、呆れたようにため息を吐く。


「もしそうであったとしても、悪事を働いていい理由にはならん。」


その言葉を聞いたとき――


メラリ


と、俺は自分の中で、黒い感情が湧き上がるのを実感した。


そうだ。


俺はこの言葉を知っている。


誰にも助けてもらえず――


誰にも理解されず――


まるで悪者をバッサリと斬り捨てる様な、そんな言葉。


「もうよい。この者をひっ捕らえろ。」


気だるげな態度で会議長が命令を出す。


すると、そんな会議長とは対照的に――


衛兵達が、キビキビとした動きで、セタスに駆け寄っていった。


「神妙にせよ!」


衛兵達はセタスの周りを囲みこむ。


そして連行しようと、奴に手を伸ばした――



その時だった。




「近寄るなッ!」




セタスが剣を抜き払った……



「なッ⁉て、抵抗するか!」


会議場に緊張が走る。


セタスは、手負いの獣のような目で周りを睨む。


「どうせ……殺されるくらいなら……」


どこかで聞いたようなセリフだ。


するとセタスは――



今にも目の前の貴族達へ向けて走り出そうと身構える……



「やめろセタス!」


俺は急いでセタスの前に立ちはだかった。



「おお!勇者様だ!」


「この不届き者を捕えるのだ!」



他の貴族達が俺の背中へ向けて、黄色い声援を投げかけてくれた。



「マイトさん!私も手伝います!」



クリスタもいつものように、俺に加勢を買って出てくる。


しかし……


「待て!クリスタ!」


俺はそんな彼女の申し出を断った。



「俺一人でやる!」



突然彼女の申し出を拒否したことに……


クリスタは少し驚いた様な、ショックを受けたような、そんな表情をのぞかせた。



しかし、今はそんな彼女を気にかけている余裕は無かった。




俺は……かつて共に戦ったセタスと、対峙する。




「さすが……それでいいんだよ。勇者様。」


セタスは剣を向けつつも、俺にニコリと笑いかける。



その言葉には何も返さず、俺はただ剣の柄を握り直した……



俺の剣を持つ手に、汗がにじむ。



「どうした?来いよ。悪党なら……ここにいるぜ?」


セタスは余裕の無さそうな笑みで、呟くように言った。


しかし、どうしてもやる気にはなれない……


「なあ……やめろよ。こんな事。」


俺は、セタスに訴えかける。


すると、そんな俺に続くかの様に――


「セタスさん!やめてください!」


俺の後方から、もう一つの声が投げかけられた。


――クリスタだ。



「こうやって人を傷付けるようなことをしても何も変わりません。」



俺と同じような事を言うクリスタ。


彼女の言葉に、セタスはなぜか余計に、その顔を怒りの色に滲ませた。



ただ――


俺はそういう意味で言っているんじゃあない。


「セタス……」


俺は尚も奴の名を呼び掛ける。


「俺を信じろ……

俺は……そっち側の人間だ。」


誰にも聞こえないように、セタスだけに伝わる声で、俺は囁く。



そして……



しばらくの静寂を置いて――




「……ッハア――‼」



セタスが斬りかかってきた。




「マイトさん!」


クリスタが叫ぶ。



俺は剣を構え――



「――ッ‼」



奴の攻撃を受け止める。



「うりゃああッ!」


今度は俺がセタスに斬りかかる。


奴は手練れだ。


予想通り――



 刃と刃が擦れ、火花を散らせながら……



セタスはこれを受け流した。




しかしそのまま流れるように――



「まだまだぁ!」



俺は休まず奴の横っ面に剣を打ち込む。



  ヒラリ



しかしそれも難なく躱される。



今度はセタスの反撃――


左上から振り下ろされる袈裟切り――


俺は寸での所でそれを躱し――


次はこちらの番――


そうして――


そんな応酬が十数合……



俺はセタスの剣を払いのけると、一度後退――距離を取った。


それに合わせてか、偶然か、奴も同じタイミングで後ろに飛び退く。


俺は止めていた息を、やっと吐き出すことが出来た。



「へえ……見ないうちに強くなったな。」



いまだ余裕の表情で笑いかけるセタス。


「ああ、実戦は何度も経験したからな。」


息を切らしてそれに応じる俺。


やはり――力量に差があるか……


セタスはもう一度、剣を構え直す――


そして



吸い込んだ息をピタ――と止めたかと思うと……




「――ッ‼」


再び俺に斬りかかった。


セタスが俺に迫りくる。


俺は神経を研ぎ澄ます。



俺は奴の剣を



何とか受け止め



そのまま



セタスの剣身を滑らす様に――



「く――ッ‼」



受け流すと――



俺の剣の柄は――



「なっ⁉」



セタスの顔面へと向いていた……


「ぬんっ!」


剣の柄で、セタスの顔を殴りつける。




「ぐはっ……」



セタスの体勢が崩れた。



好機




俺は見逃さずにそこにつけ込む。



さらに地を蹴り――



押し切るように、身体をぶつけた。



ドウ――



と、セタスの身体は仰向けに崩れる。



俺はすぐさま奴の身体に飛び乗った……



ちゃんと――



剣を持ったセタスの右手を押さえつけながら



「グッ……」


奴は剣を振ろうにも――


俺はその腕を足で抑え込んでいる。



「上手いな……こんなにも実戦慣れしてたとは……」



セタスの首元で、俺の刃がキラリと光る。



奴の笑みに、初めて余裕の色が失われた。



「前にもこんなことがあったんでね……

今度はもう殺したくはない。」


前回は余裕が無かった。


殺すしか、なかっだ。


それは、俺が弱かったせいだ。


強くないと――


誰も助けられないんだ……敵も。



そして俺は周りに叫んだ。



「セタスを取り押さえた!何をしている!

今すぐコイツを生かしたまま捕えろ!」



「ハ、ハッ!」


複数人の衛兵達がバラバラと駆け寄ってくる。


彼らによって捕縛されると、セタスは会議場の外へと連行されていく。



そこで……



奴が一瞬――


俺の事をチラリと見た。


俺は――


「……。」


誰にも気づかれない様に、セタスに向けて、頷いて見せる。



大丈夫だ……俺は勇者。


勇者ならば多少のワガママなんてものも許されるだろう。


それこそ――


カルミネを捕えるほどの、そんなデカい功績を上げれば……


俺がすぐにお前を助けだしてやる。



だから、俺を信じろ……セタス。



そんな事を――俺は、目だけで奴に伝えた。





なーんて……



カッコつけすぎか。





まあ……自分の考えている事を目で伝えるなんて出来るかよ。



後でちゃんと言いに行こう。




ほら、だってアイツ――






あんなに悲しそうな目、してるんだもん。



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