15話 第五章 悪者



今、俺達が居るのは――


この大都市に流れる大きな川。




俺とクリスタは、その川の土手に腰を下ろし、肩を並べて座っている。


目の前は真っ暗な闇の中。



しかし対岸に小さく光る灯火は、蛍の光の様に輝いていて、いつまでもこうやって眺めていても飽きる気がしない。


「綺麗……ですね。」


静かに、しかし暗闇の中でくっきりと浮かび上がるその声は、そのまま目の前に流れる暗闇へと舞い散っていく。


「大きな川だな。」


なぜだろう……


彼女の言葉はとても美しく、だから俺みたいな人間が月並みなセリフを返したところで、かえってその美しさを汚してしまうだけなんじゃないか――


そう思えてしまう。


だから――


俺はあえて彼女の言葉には答えず、そんな返事をしてみたのだった。


「この地域はこの大きな川を中心に栄えてきましたからね。

この流れの緩やかな川を使って、たくさんの荷物を運ぶことが出来るんですよ。」


しかしクリスタは俺の言葉にちゃんと答えてくれる。


俺はふと隣を見た。


土手に座る小さな影は、まるでそこに咲く一輪の小さな花のように――


暗くて良く見えないが。


とても、とても、綺麗だと――そう思えた。


「……マイトさん?」


やば……


こちらを振り向いたクリスタに、俺は慌てて顔を逸らす。


「あ~……」


とりあえず誤魔化すために、俺は何か適当に話を考える。


「さ、さっきは……ごめんな?」


「……?」


暗くて表情は良く見えないが、どうも何の事だか分かってないみたいだ。


「いや……ほら、だからさ……さっき店で……」


俺は恐る恐る、小出しにするように言葉を出していく。


「ああ、あの事ですか……」


するとやがて彼女は何の事か分かったのか、急に声を俯かせた。


ああ……やっぱり引かれてるよな。


しかし――


「私の方こそ申し訳ありませんでした。」


思いがけない彼女の謝罪に、俺は思わず面食らってしまう。


「勇者様はあのように女性から慕われて当然です。

なので私のようなものがそれに口出しをするなんて事はもってのほかだと思います。」


クリスタは言った。


「でも……あの時私はどうしても、辛くなってしまったのです。

他の女性に言い寄られている勇者様を見て……」


彼女を見る俺の顔。


それはそれはもう――間の抜けたものになっていただろう。


「……ごめんなさい。わがままですよね、私。」


そう言って謝るクリスタ。


あまりに思いがけない彼女の反応に、俺は何も返事をすることが出来なかった。


しかし――気になる事が一つある。


「な、なあ……クリスタ。」


俯いていた彼女は、ふと顔を上げる。


「キミって……セタスの事は、どう思っているの?」


俺の問いかけに、彼女は少しの間、考え込む様子を見せる。


そしてなぜか言いようも無い緊張感を感じている俺に、彼女はまずは、こう言って見せた。


「マイトさんも見ていたでしょう?

あの人には……断られちゃったじゃないですか。」


それは知っている。


しかし、俺が聞きたいのはそこじゃない。


俺が聞きたいのは――


「君の気持は、どうなんだ?」


「……。」


やっぱり好きなのだろうか。


でも、それが叶わなかったから、消去法で俺、というわけか?


そんなことを考えてしまう俺は、いったいどうしてしまったというのか?


別にそれでもいいじゃないか。何を自惚れているんだ気持ち悪い。


しかし、そう考えると何故か俺の心は空しく感じ、なんだかやるせない気持ちになってくる。


そしてしばらく思案を巡らせるように斜め下を見つめていたクリスタは、とうとう意を決した様に俺の目を見た。


目が慣れてきたのか――


俺は彼女の表情が、うっすらとだが視える様になっていた。



「マイトさん。あの人をあまり信用してはなりません。」



それも、俺が聞きたい事では無かった――



というか。



それは、予想だにしない言葉……


「どういう……」


彼女の恐ろしげな表情を、意味も分からず、俺はただ見ていた。


「私……この間の戦闘の際、見てしまったのです。」


彼女は、まるで寒さをこらえる様に、両腕で自らの身体を抱き押さえる。


「あの人は激しい戦闘において、服の左腕部分が破れてしまいました。

そして、その部分には、何かを隠すようなおぞましい傷があったのです。」


「き、傷……?傷なんて戦闘で負うものなんじゃ。」


俺が続きを促すと、彼女は覚悟を決める様に、一拍の間を開けた。



そして――


彼女が次に発した言葉……



「忘れたのですか?

悪党集団たちは、皆一様にして――


――左腕に傷があるのです。」



確かに……あったな、そんな話。


悪党集団の、シンボル。


「彼ももしかしたら……」


そう続けるクリスタを、俺はつい遮ってしまう。


「でも……だからと言ってアイツがそうだとは限らないだろ?」


「ええ。確かにそうです。でも、何故か悪い予感がするのも確かなのです。」


彼女は訴えかける様な目で俺の事を見てきた。


「分かった。……気を付けるよ。」


目を見れば分かる。


だって、彼女が嘘を吐いている様には見えない。


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