14話 第五章 悪者



「二日連続だな……」


俺は昨日行ったばかりの店を前に、何の気も無しに呟いた。


「まあ、今日も大金が手に入ったし、贅沢しても問題ないだろ。」


俺も奴の言葉には賛成だ。


毎晩こんな暮らしが出来て、まったく異世界って最高だぜ‼


そして今日は俺が先頭を切ってドアに手を掛けようとしたその時――


「こんばんは、お二人とも何しているんですか?」


後ろから、聞き覚えのある女の子の声が掛けられた。


「ふっ――⁉」


「ひっ――⁉」


俺とセタスは同時に短い悲鳴を上げる。


「……。」


「……どうされましたか?」


返事をしないどころか、振り返りもしない俺達に、その娘は不思議に思ったのか、再度俺達の背中に声を投げかける。


やむを得ん――


「これはこれは、クリスタじゃないか。」


俺はとびっきりの爽やかスマイルを浮かべ、彼女の方を振り向いた。


「あの、たまたまお二人の姿が見えたので、声を掛けようとしたのですが……」


彼女はモジモジと周囲を見回す。


「なんだかこの辺り……やけに変な雰囲気ですね。」


ううっ……なんだか昨日の俺にそっくりだ。


俺はすぐさまここを離れようとした。


何か適当に誤魔化して、あの高級街へと誘導するか……


と、そんなことを考えていた、その時だった。


――待てよ?


彼女は何で俺達に声を掛けてきたんだ?


普通だったらこんな怪しい空気を醸し出した通りなんてすぐさま離れたいはず……


俺が素早く頭を巡らせていると――


……そうか。


俺は彼女の行動理由にピン――と来た。


それと同時にセタスの方を見る。


やはり……


奴も同じ考えだったらしく、俺に向けて一つ、頷いて見せたのだった。


そうか……クリスタはセタスに惚れている。


だからコイツに会う為に、わざわざこんなところにまで声を掛けに来たんだ。


――それなら……


俺のする事は一つだ。


邪魔者は退散するに限る。


だから俺はセタスに目を向けた。


――お前はクリスタちゃんとよろしくやってこい。もちろん、ちゃんと節度は守ってな。



俺が心の中でそう言葉を掛けると、奴も真剣な面持ちで頷き返した。


ま、俺はこの店で、一人で美少女ハーレム作ってるよ。


そして――


「クリスタちゃんは今何しているの?」


「わ、私は……これから特にやる事も無くて……

も、もしよろしければ……私もご一緒させて頂いて……よ、よろしいでしょうか……」


彼女の言葉は徐々に尻すぼみになっていく。


やっぱりそうか。俺の読み通りだ。


「もちろんいいよ。」


その頼みに快く承諾したのはセタスだった。


よし、セタスにも俺の考えはちゃんと伝わっているようだ。


「でも、マイトの方は行きたい店はもう決まってるのか?」


「ああ。決まってるよ。俺の行きたい店は――」


だから――


「実は俺もなんだ。俺の行きたい店は――」


後はコイツが違う店を指さして、クリスタを連れて行ってくれれば……


「ここなんだ。」


俺とセタスは同時に指さした――


「あの……ここって。」


彼女は俺達が指さした店を見て……首を捻る。


俺とセタスの指は――


「……。」


「……。」


どちらも例の店を指していたのだった。





「あら、また来てくれたの~⁉勇者様~!」


今日も俺とセタスは同じ店で、同じ女の子の相手をしてもらっていた。


いや、昨日とは決定的に違う部分が一つある。


「アナタ可愛いわね~!女の子のお客さんなんて初めて~!」


こんな……


絶対に居てはいけないような所に……


クリスタが居た。


「あ、あの……私……」


恐らく……というか確実に、こんなところに来たのは初めてだろう。


彼女はお姉さん達に抱きしめられ、頬ずりされている。


そして当の本人は何が何だか分からないといった顔で成すがままにされるばかりだ。


俺がそんな彼女を憐れな目で眺めていると、ふと別方向から視線を感じた。


セタスだ。


奴は俺の事を何故か軽蔑の眼差しで見ている。


そして、まるで地響きがしそうなくらいの――


「ハァアアアアアアアアアあ……」


大きなため息を吐くと……



「ドンッッッ引きだわ」



…………


……はあ⁉


「おい、どういうことだよ。俺はお前の行動の方が意味わからん。」


なんでコイツはこの店に行きたいとか言い出したんだ?


俺一人がこの店に入ってコイツら二人はあの高級街の高級レストランかなんかでボンジュールしとけば良かったものの。


俺がそんな怒りを込めた眼差しでセタスを睨んでいると、奴は続けてこう言った。


「お前何でこの店行きたいとか言い出したんだよ。

俺一人がこの店に入ってお前ら二人はあの高級街の高級レストランかなんかでマンツーマン美少女ハーレムしとけば良かったものの。」


「美少女ハーレム言うな!

あとマンツーマンだったらハーレムじゃねえ!ただの健全なデートだ!」


コイツッ……目の前にクリスタが居るってのに、なんつーこと言うんだ⁉


それこそドンッッッ引かれるだろ!


ただ女の子たちはクリスタを愛でるのに夢中みたいだし、彼女も彼女でそんな女の子たちのスキンシップに戸惑い、目を白黒させているばかりだ。


幸い俺達の会話は聞かれていないだろう。


俺はソファーに腰かけながら、セタスの方へズイッと一つ、近づいた。


「第一この娘はお前に対して気があるんじゃないのかよ⁉」


彼女たちに聞こえないように、俺はセタスの耳元で囁く。


しかし、セタスは俺の言っている事に対し、何故か呆れた表情を向ける。


「……?」


俺は彼の表情が示す意味が分からず、怪訝な表情を浮かべていると。


「ちょっと~!男子二人で何話してんのよ~!」


昨日俺の相手をしていた女の子が、俺達の間に入ってきた。


チッ……相変わらず空気の読めない女め。


話を中断され、しかも彼女はそのまま俺とセタスの間に割って座ろうとする。


そして俺の腕に両腕を回してきた。


「ちょっとー!勇者様はあたしのお気に入りよ!」


そう言ってセタスに「べーっ」と舌を出す。


そして再び俺の方に顔を向けたかと思うと。


「ねえ、勇者様もあたしの事、好きなんだよねー!」


耳に吐息が掛かるくらいの距離まで、顔を近づけてきた。


頼む!頼むからクリスタの前でそんな事言わないでくれ!


好きなんだよねー!って何だ⁉


だよねー!って何なんだよ⁉


俺今まで一言もそんな事言ってねえだろ!


クリスタはセタスに気があるわけだから別に何も気にしなくていいだろうが……


でも、それでも俺はこんなところをに彼女に見られたくはない。


俺は心の中で、この女に対して心底イライラしていた。


しかし、何故か身体の方は正直なもんで……


さっきから俺の腕に当たっている柔らかい感触。


彼女から漂う良い匂い。


いや、だめだ!


俺はそんな煩悩を振り払い、気を引き締める。


……否定しねえと。俺はそんなこと言ってねえって否定しねえとッ!


そして、今俺の腕にしがみつくこの女を――


「おいッ!」


睨み付けた時――


……彼女の顔が目と鼻の先にあった――


「い、いや~、そんな~別にそんな事言った覚えないし~へへへ……」


「え~そうだっけ~。じゃあ今言ってよ~。」


史上最ッ……高に気持ち悪かったであろう俺の照れ笑いと、相変わらず甘い声を出してくる彼女。


ああ、今クリスタは……どんな顔をしているんだろう。


多分……ゴミを見る様な目をしているんだろうな。


俺は恐る恐る――


彼女の方に顔を向けていく……


と、そこにあったのは――




「~~~~~ッ‼」



フグのように頬を膨らませている、クリスタの顔だった。




しかも、その顔はまるで茹でダコのように真っ赤に蒸気させている。



え、何その顔?



予想していたものとは違う反応に、俺はしばしポカンと口を開けて困惑する。


「~~~~~ッ‼」


彼女は言葉ともうめき声ともつかない、声にならない声をしばらく上げ続けていると。




「……もうっ!マイトさんのバカっ!」




突然そう叫んで、店を出て行ってしまった……




「なになに?クリスタちゃんどうしちゃったの?」


店の女の子たちが心配そうに出口を眺めている。


「とりあえず追いかけたら?」


セタスが他人事のように俺にそう言ってきた。


まあとにかく……追いかけるとしよう。


俺は訳も分からぬままに――



とりあえず、といった感じで店を出て行った……



扉を開けると、店の前の大通りが目の前に広がった。


その中を行き交う人々、無数の人々。



それにしても――どこに行ったのだろうか……



人が多い。



普通ならこんな中で彼女を見つけられるはずがない。



俺は別に当ても無く、しばらく大通りを歩いていた。




しかし――




ふと、俺はある一点に目を奪われる。



人ごみの中――




明らかに際立って見えるその存在。




俺は案外、なぜかあっさりと、彼女の姿が見つけることが出来た。



ああいうのが、溢れ出る気品っていうか……オーラって言うのだろうか……?


「クリスタ!」


声を掛けると、その少女はクルリ――とこちらを振り返る。



綺麗な金髪がフワリと流れ――


――照らす街の光がキラリと反射した。



そして――


青い瞳の彼女と、目があった。


しかしその表情は、なぜか先ほどの怒った様な様子は無く――



それどころか、フッとその顔を綻ばせたのだった……



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