13話 第五章 悪者
夜が明け――
俺達は会議場に呼び出されていた。
「勇者マイトよ!」
会議長の重壮なる声がその空間に高らかと響き渡る。
そして、それに応える様に――
「そですーわたすぃが、勇者マイトですー」
俺の重壮なる声が、同じその空間に高らかと響き渡った。
「そなたは昨夜の襲撃において、敵を見事討ち取られ、強奪された荷車を奪還した!
その功績をここに褒め称え、そなたに報奨金を授けようと思う!」
「ハッ!ありがたき幸せ!」
周囲からは、いつかのような称賛の声が上がる。
「さすが勇者様だ!」
「彼こそは選ばれし伝説の勇者。
私には最初から分かっていたのだ。」
「あの御仁こそ我が娘を任せるのに相応しい……」
しかし、前回と違うのは、その賛美は全て俺に向けられたものだった。
ケッ、よく言うぜ。昨日までは言いたい放題言ってやがったくせに。
俺は心の中で舌打ちをする。
会議長は俺が心の中で何を考えているのかすらも知らずに、恭しい態度で俺にこう告げた。
「勇者様。誠に勝手な頼みかもしれませんが……
どうかこれからも、この都市を、いや――
この世界を守ってください。」
「……。」
俺は軽いデジャヴを感じつつ――
「勿体なきお言葉、この身に余る光栄です。
これからも貴方たちの為に尽くしましょう。
この、勇者マイト様の名に懸けて。」
俺も恭しくその言葉に応えたのだった。
またもや貴族たちに見送られながら、会議場を後にする。
どうやら彼らも、ちゃんと俺の事を勇者として認めてくれたようだ。
「ごめんな。セタス。勇者の称号奪い返しちゃって。」
実際の所、強さで言うと俺なんかよりもこいつのほうがよほど強いうえに、俺は敵をたった一人討ち取っただけだ。
「別にいいよ。」
そんな俺に対し、セタスは笑う。
「お前が奪い返した荷車は貴族達が溜めこんでた財宝が積まれてたんだって。
だからあんなに褒められてたんだよ。」
そしてセタスは付け足すようにこう言った。
「それに、彼女の事も身を挺して守ったしな。」
「ふーん……まあな。」
俺がふと後ろを振り返ると――
まるで宮殿のような会議場。
その隣には、それと同じくらい豪華な建造物がもう一つ、併設されており――
その入り口の門はポッカリと開かれていた。
そこでは兵士たちが、今まさに一台の荷車を入れ込もうとしている。
あれは、俺が悪党集団から奪い返した荷物だ。
わずかに――
その建物の入り口からは、輝く様な金色の光が漏れ出ている様な気がした。
アイツは……あんなものの為に命を捨てたのか?
俺は金貨がずっしりと詰まった袋を目の前に掲げ、それを眺める。
金貨がたんまりと入った小袋。
こころなしか――
その袋も何だか、輝きを放っている様な気がした……
「……。」
「どうしたマイト?」
無言で袋を眺める俺に、セタスが声を掛けてくる。
「いや、なんでもない。」
「……。」
セタスは、それ以上は何も聞いてこなかった。
俺も何も言わず、懐に袋をしまう。
袋を持つ俺の右手には――
あの男に剣を刺し込んだ感触がまだ残っていた……
その日の夜――
「お疲れ様で~す。」
「はいお疲れ様で~す。」
今日も互いのジョッキを軽くぶつけ合わせる。
そして大きく一口、ジョッキを煽った。
「うっはぁ~……」
きつい炭酸の余韻に浸りながら――
俺は何となく、物思いに耽っていた。
「なあ。ここって、昨日と同じ店だよな?」
俺が何気なく呟いたその言葉。
セタスは目だけをこちらに向けるも――
何も言わない。
また、俺は呟いた。
「なんか今日の酒、あんまりだわ。」
これはもはや独り言に近い。
するとようやく奴は、眉をしかめながら首を傾げる。
「そうか?俺は別に昨日と変わらねえと思うけど。」
……まあ、気のせいか。
「それよりもマイト。お前もこれからは堂々と勇者ライフを送れるな。」
「美少女ハーレムまだなん?」
俺は肉を頬張りながら尋ねた。
「しにいく?」
「いや、ああいうのは美少女ハーレムとは言わん。
あんなもん金でハーレムを買ってるようなもんだろ。」
確かに悪くはなかったがな。
するとセタスは唐突に――
「あの娘どうなんだよ?」
そんな、突飛な事を聞いてくる。
俺はジョッキに口を付けた。
「……あの娘って?」
急に話が飛んだんで、誰の事を言ってるのかが分からない。
「クリスタちゃんだよ。てかクリスタちゃんしかいねえだろ。」
奴の言葉に、俺は何でもないようにソーセージの切り身を一切れつまむ。
「あの娘は、お前推しだろ?」
なんだか妙にふて腐れたような言い方になってしまった。
「馬鹿言えよ。今となってはお前に気持ちが傾いてる。」
そんなわけあるか。
俺は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らした。
そしてまた再度ジョッキに口を付けようとした時――
「あ、そうだ。セタス。」
ある事を思い出した。
「ありがとな。」
――何を?と言った怪訝な表情を浮かべたセタスに、俺は説明する様に付け足した。
「いや、だからさ。お前が昨日教えてくれた戦いの極意だよ。」
それを聞いた途端、セタスが噴き出した。
「極意って……
そんな大層なモン教えた記憶は無いけどな。」
「いや、あの言葉のおかげで俺は生き残る事が出来たんだ……」
少し……
自分で言ってて恥ずかしくなるな。
しかしセタスはまんざらでもない様子であり、大きくジョッキの中身をがぶ飲みすると、
赤らめた顔でこう言ってきた。
「まあ、生き残れたってのはデカいな。人は実戦を通して強くなる。
場数を踏むことでだんだんと強くなっていくんだ。」
セタスは、どれだけの場数を踏んできたのだろうか。
そしてセタスは続ける。
「だからよ……生き延びる為には、ただ目の前の敵を倒し続けるんだ。
大丈夫……いずれ慣れる。」
なんだか奴のその表情からは、感情というモノは一切感じられなかった……
「マイトってさ。」
と、セタスは急に話題を変える様に……
「前世は何で死んだの?」
その話かよ……
俺はどう話を逸らそうかと、しばらく無言でいると――
「まあ言いたくなけりゃあ良いけどな。」
意外にも向こうから話を切り上げてきやがった。
まあ――
だったら話す必要なんてない。
そう思った俺だったが……
なんだろう……
酒のせいだろうか。
俺は自分の意志とは反して――
「――殺された。」
口が勝手に動いていた。
「……マジか」
そう漏らしたセタスは意外にも、特段驚いた様子は無い。
まあ、この世界は良くも悪くも異世界だ。殺した殺されたなんてよくある話なんだろう。
「あれだ……俺はな、こんなふざけた性格じゃん。」
「そうだな。」
俺の口は――
まるで垂れ流す様に勝手に言葉を紡いでいく……
「だから人から全く信用されてなかったし、信用されようとも思ってなかった。
だってな……別に周りから『良い人』に見られなくても、最低限、悪い事さえしなけりゃそれでいいじゃん。
だから、真っ直ぐ生きてさえいれば……悪い奴にはならんだろう――って、そう思ってたんよ。」
俺は、手に持ったジョッキをまじまじと見つめながら、独り言のようにしゃべり続ける。
「でもな……俺には肝心な所が抜けてた。」
ジョッキの外側を、水滴がポロリ――と伝っていく……
「外ヅラを取り繕わずに生きていくってことは……それはつまり、悪者扱いされて生きていくってこと。
それって……それなりの勇気がなきゃ出来ねえ――
いや、やっちゃいけねえことだったんだ。」
セタスは俺の話を聞きながら、テーブル上のツマミをひたすら口に運んでいた。
「でも……俺はそんなに強い人間じゃなかった――そんな器じゃなかったんよ。」
これも……もはや独り言だ。
「あらぬ事で誹謗中傷された時にさ……あんまりにもムカついてよ……
我慢出来ずに、そいつ、殴っちゃった……
そんなことしたらデタラメだった誹謗中傷も、いよいよ事実に変わるってのに……」
犯罪者と罵られた人間が、怒りに任せて相手殴れば……後付けで犯罪者になっちまう……
俺はそんなことも分からなかったんだ。
「でも、それで何で殺されたん?」
セタスはクチャクチャと下品な音を鳴らしながら聞いてくる。
正直――この先は言いたくない……
それでも酒の力ってのは偉大なようで――
普段は言いたくないような事も、今は立てた板に水を流す様にぺらぺらと話すことが出来る。
「女の子をな……角材でぶん殴った。」
「うわ……」
うわ……ドン引かれてる。
「で、その彼氏からの報復を受けて見事殺された。
今頃あいつは悲劇のヒーローになってるんだろうな。」
恋人を傷付けた悪党をうっかり殺してしまい、愛し合っている彼女と離ればなれになってしまう――ってか?
……うん、全米が泣くな、これは。
そして、反省の意を込め、俺は自分に言い聞かす様に、行った。
「まあ……どんな理由であれ、人を傷付ける事はいかんわな、人を傷付ける事は。
悪い事さえしなければ悪人にはならない――というのは間違いだ。
悪人になりたくなければ良い事をしなければならない。
……良い事をいっぱいして、人から信用されなきゃならん。」
そう、だから俺は勇者になりたい。
「そこを間違えたから俺はこんな情けない人生になってしまった。
犯人扱いされたあげく、凶器で女の子殴って報復されて、うっかり殺される様な――
そんな三下で小物な人生だったんだ。
悪者らしい、立派な最期だったよ。」
今度こそは、悪党なんかにならないように……
俺の話を聞いていたセタスは、気の毒そうな表情を浮かべつつ、俺に酒を勧めてくれる。
俺は促されるままに自分のジョッキを手に取った。
「ま、とりあえずこれからは勇者活動を続けて、面白おかしく過ごそうぜ!」
元気付ける様なセタスの言葉に、俺は無言で頷くと――
――お互いに、酒を一気に飲み干した……
「ぷはあ……」
俺が口からそんな声を漂わせていると……
「情けない人生……か。」
なにやらセタスが独り言をつぶやいていた。
無表情だが、どこか悲しげに、何かを悔やむような、嘆くような、そんな声で……
「どしたん?」
俺は何気なくそう聞いてやる。
だが……
「まあなんだ。
しんみりした空気になっちゃったし、今からパァーっとやりに行こうよ……」
セタスは切り替える様にそう言うと、席を立って店の者にお勘定を叫びだす。
「おいおいもう行く気かよ。」
俺は心底嫌そうな顔をセタスに見せるが……
「行きたくねえの?」
そんな俺の反応に、セタスがそう尋ねてくると……
「え、行きたい。超行きたい。」
とびっきりのニヤケ顔をして見せてやった。
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