12話 第四章 隔離区の住人

逃げる敵を追いかけていると、奴らは数人が立ち止り、俺達を待ち構えた。


恐らく強奪品を積んだ荷車を逃がすためだろう。


「マイト!クリスタ!お前らは荷車の方を追いかけろ!

こいつらは俺が相手をする!」


「分かりました!」


俺が答える前にクリスタが答える。


ちくしょう!やるしかねえか!


そうして――


俺達は逃げる荷車を、しばらく追いかけていた。


やがて……


そこに大きな橋が現れる。


「クリスタ。何かこう……氷の魔法とかで足止めする事とかできねえの?」


やはり無茶振りだったのか――


クリスタは、一度はその顔に難色を示す。


しかし……


「やってみます。」


それでも何とか頷いて見せると、彼女は呪文の詠唱を始めた……


「周囲の水よ。我が命ずるままに結集し、その姿を氷に変えよ!」


すると――


たちまち下に流れる川から、大量の水が舞い上がる。


「おお。川の水を使うわけか。」


俺はつい感心して唸っていた。


そしてその水たちは、荷車の行く先に立ちはだかったと思えば――


急激に冷気を帯びて、それらは氷の障害物と化した。


「でかした!」


敵の前に立ちはだかる氷の障害物は、簡単に乗り越えられそうな規模のものだ――


しかし、それでいい。


人は乗り越えられても、荷車は乗り越えられない。


すると荷車を引いていた敵は観念したのか、剣を抜いて俺達と対峙する。


……敵は一人か。


そいつは、今まで荷車を押して走り回っていた為か、相当に息切れしているみたいだ。


「大人しく投降しなさい。そうすれば命までは奪いません。」


クリスタが氷のように冷たい声で敵に勧告する。


しかし、案の定と言うか――


俺達を睨む敵の表情はより一層険しくなるばかりだ。


まあ敵さんも興奮してるみたいだし……


まずは優しく語りかけてあげるとしよう。


「君はどうしてこんなことをするんだい?

勇者さんに言ってみ?ん?」


まあとりあえず、事情くらいは聞いときたいしな。


「はっ!勇者だと⁉

勝手な正義を振りかざして『悪役』を殺すしか能の無い野郎が!」


こいつ、何て言い草だ。


「何を勝手な事を!俺はまだ誰かを殺したことなんてない!」


「怒るところそこですか……?」


後ろからクリスタがツッコむ……


「なるほど……じゃあ俺が初めてってわけか。」


「だからお前が投降してくれればそうしなくて済むんだって。

割とマジでお願いだから投降して。てかなんでこんなことしたん?」


しかし――


俺の言葉に、奴は投降するどころか、その表情にはますます怒りが満ち溢れ……


「お前にッ……何が分かるんだよ⁉

隔離区で死にゆくだけの人間の、何が分かる!」


悲痛な声でそう叫ぶ。


アイツ……隔離区出身なのか?


しかし、そんな言葉を受けても尚、クリスタは毅然とした態度で言い放つ。


「だからと言って人を傷付けて良い理由にはならない。

貴方たちは許されない罪を犯したわ。」


それは、凛とした声で――


その堂々たる姿は、どこか見覚えのある姿だった。


しかし、そんな彼女の言葉に、目の前の敵は呆然と立ち尽くす。


奴の顔からは表情が消えていた。


あ、これはやばい。来るぞ。


そして、予想通りと言うか……


「貴族に……お前ら貴族に……何が分かるっていうんだッ‼」


敵は激高し、クリスタに襲い掛かったのだ。


しかし――


彼女は動じない。


そして冷静に、呪文の詠唱を開始した。


「水よ、その姿をツララへと変え、我が敵を貫けッ――」


だが――


「あれ⁉」


何も起きない。


「魔力が足りない⁉」


やっぱり、さっきの魔法で魔力を使い果たしたんだな。


結構すごい魔法だったしな。無理も無い。


「死ねェ‼」


そうしている間に


奴の剣が横なぎにクリスタに襲い掛かる。


「きゃッ」


彼女は短い悲鳴と共に、後ろに倒れる様にしてそれを躱した。


しかしそれは躱した――というよりは転げた。と言った方が良いかもしれない。


尻もちを着いた彼女は、歩み寄る目の前の敵に対して、ただ後ずさりをすることしかできなかった。


そして――


「これで終わりだ……」


敵はトドメと言わんばかりに剣を頭上高く掲げる。


迷っている暇はない。


このままでは、彼女は殺される……


俺はそう、覚悟を決めた――


今クリスタを助けることが出来るのは俺だけだ。


気付けば俺は、駆けだしていた。


「うおおおぉッ‼」


俺はあえて大声を張り上げる。


「――ッ⁉」


そして奴に斬りかかった。


しかし、事前にこちらの奇襲に気づいていたその男は、寸でのところでそれを躱す。


だが――これでいい。


なぜなら不意打ちの為に斬りかかったわけではないからな。


まずはクリスタの安全確保が先だ。


そしていまだ俺の後ろで尻もちを着くクリスタに、俺は言い放つ。


「クリスタ!お前は先に逃げろ!」


しかしこれも全く予想通りの反応が返ってくる。


「いけません!貴方を置いて私だけ逃げるなんて!


……でしょうね。あなたの性格上絶対そう来ると思いました。


「お前は魔法が使えない以上戦えないだろ!

それに俺がコイツに勝てる保証は無い!

もし俺が死んだら次はお前が殺される!」


俺は至極合理的な理由を述べて彼女を納得させる。


しかし――


「嫌です!

悪党を目の前にして敵に背を向けるなんて……

そんな事、絶対に出来ません!」


こういう女の子は絶対納得しないよねー。……知ってた。


「良いから逃げろー‼俺を置いて先に行けッ‼」


人生で一回は言ってみたかったセリフ。やばい、俺今めっちゃカッコいい。めっちゃ勇者してるじゃん。


……いや、勇者のセリフじゃないなコレ。死亡フラグびんびんの脇役のセリフだ。


すると俺の後ろで、彼女がなにやら悲痛な呻きを上げたかと思うと。


「ごめんなさいッ。すぐに応援を呼んできます!」


応援を呼んで戻ってくる――という事で納得したのか、そう言い残して駆けていく音が聞こえた。


別に、応援は呼ばなくていいんだけどね。


なぜなら……


「フゥー」


クリスタがその場から居なくなったことを見届けて、俺はため息を吐いた。


「……?」


俺の行動に、怪訝な表情を浮かべるその男。


「さて、二人きりになったことだし。

――逃がしてやるよ。」


俺は剣を鞘に収めた。。


「……?」


突然の俺の行動に、いまだ敵は唖然としたままだ。


「なんのつもりだ?」


奴はその場を動くことなく問いかけてきた。


「俺は別に人を殺したい訳では無い。

荷車さえ返してもらえればいいんだ。

だから他の兵士たちが来る前にここから逃げろ。」


俺のその言葉に、奴は目を丸くしながらただ俺を見ていたかと思うと……


「お前……本当に勇者か?」


軽く笑みを浮かべた。


「勇者だよ。神様から『世界を消滅させる能力』を貰ったれっきとした勇者だ。」


俺の言葉に――


「……」


男は一瞬の間を開けたかと思うと……


「……プッ、クッハッハッハッハ!」


心底おかしそうに笑い出したのだ。


「何がおかしいんだ?『世界を消滅させる能力』の何がおかしいんだよ?」


俺はムッとした様に男を責め立てる。


「それはいいな!その神はきっと良い神に違いない!」


男は尚も、笑い続けている。


嫌味かコイツ⁉


そして笑い疲れたのか、フウッと一つ息を吐くと、皮肉めいた表情で――


奴は信じられない事を言い出した……


「なあ……あんた、その能力とやらで、世界を滅ぼしてくれよ。」


何言ってんだコイツ?


俺は訳も分からず、首を傾げる。


「え、嫌です。俺も死にます。」


迷わず即答した。


しかし男は……


「そうか、それは残念だ。

だがな、俺は生きながらえるつもりはサラサラ無い。」


そう言って――


何故か奴は……


再び、剣を俺に向けて構えだしたのだ。


奴の不可解な行動に、今度は俺が唖然とする番だ。


「お、おいおい。なにやってんだ……

俺はあんたを逃がしてやるって言ってんだ。

別にアンタと戦いたいわけじゃない。」


しかし奴はそんな俺に反して、非情にもこう言い放つ。


「どうせ顔を見られたんだ。お前たちを生かしておくわけにはいかない。」


「おい……なんでそこまでして。

さっきの娘は応援も呼びに行ったんだぞ?

もう諦めろ。」


「じゃあ、あのお貴族様も含めて一人でも多く道連れにしてやるまでだ。」


――お貴族様。


クリスタの顔が俺の頭をよぎった。


あいつは今、魔法が使えない。


俺は再び剣を抜き払う。


――お前が敵を殺すのを躊躇したらその敵は誰かを殺す。


――もしかするとそれはお前の仲間かもしれねえ。


セタスの言葉が、俺の頭をよぎった。


「俺を通したくなければ、俺を殺せ。」


男の目は真剣そのものだった。


「結局、やるしかねえのかッ」


俺が歯痒い思いで唇を噛むも、相手は待ってくれそうもない。


「では、行くぞ!」



そう言って男は、地を蹴った――



「――⁉」


途端に距離が詰まる。


突如膨れ上がったかの様に、大きく見えた男の顔――


の、上に何かが光る。


俺はとっさに横へと身体を逸らし――


剣を振る……



響き渡ったのは金属音。



「なかなか反応が良いな」


男は俺に向き直ると、そうニヤリと笑う。



いや……自分でも何が起こったのかが分からない。



さっき上段から斬りかかってきた敵を横に躱した際、通り過ぎざまに俺は奴の背中に斬りかかったのだ。


しかし……


今の反応を見る限り、傷を負った様子は無い。


「鎧……着込んでいるな?」


今まで暗闇で見えなかったが、よく見ると服の隙間からは鉄の胴当てが顔をの語かせていた。


「ま、敵兵の『おさがり』だがな」


なるほど、殺して奪ったって事か。



それを知った時――


俺は無性にやるせない怒りが込み上げてきた……



なんで、殺しちゃうんだよ。


「もう、見逃せねえじゃねえか……」


俺はポツリとつぶやく。


「何か言ったか?」


「いいや。何でもない。」


俺はそう誤魔化すと、再び気を引き締めた。


「……」


しかし見た所――


着込んでいるのは軽装鎧みたいだ。


ならば付け入る隙は大いにある。


そして俺は再び剣を構える。



そして――


セタスの言葉を思い出した。



――敵が悪党か否かはどうでもいいんだ。


――とりあえず今分かっているのは、奴らはお前の敵だ



俺は覚悟を決めた。


「じゃあ、次はこっちから――」


そして足にありったけの力を込めて――



地を蹴った……



「行くぞッ!」


敵に迫り、対する敵は俺を迎え撃つ。


俺は剣先を敵に向け、剣の柄を大きく後ろに引き込んだ。


それと呼応する様に――


敵はタイミングを合わせ、剣を真横に大きく引く。



狙うは胸元――



つまりは、鎧のど真ん中だ。



そして……



敵は剣を横なぎに振り払い――


一方の俺は剣先に全身の体重を乗せて……



突き込んだ。



「ふぐッ……⁉」


俺の突きは男の胸元に命中し、鎧に身を守られながらも、大きく後ろに仰け反った。


そして――


俺の首元を捉えかけていた男の剣は狙いが逸れて――


俺の頭上を掠めて行った……


――力の強さ。あと、ビビらない事。


セタスの言葉を思い出す。


間髪入れずに。


さらに地を蹴った――


仰け反った状態で体勢を崩している相手。


奴の身体目掛け――


俺は自分の身体をブチ当てる。


俺の身体もろとも――


敵は仰向けに、どうと倒れた。


「――ッ!」



倒れ伏した際の衝撃が身体に響く――



俺の顔は敵の身体に突っ伏した状態だ――今の状況が分からない。



すぐさま俺は顔を上げ、身体を起こした……



その時だった――



「――ッ⁉」


俺の目の前を剣先が掠める。


危なッ――



正直、このまま無力化して殺さずに捕える事も考えていたが、すぐにそれは無理だと悟った。



やはり、殺さなければこっちが殺される。



俺は無我夢中で、すぐさま剣を持ち直す。



切っ先を鎧の隙間――左の脇下に押し当てた。



狙うは、心臓。



そしてそれ以外の事は何も考えず……



――剣を突き刺した。



「……。」


嫌な音がした。


嫌な感触がした。


……やったのか?


俺は恐る恐る顔を上げる……



「……あ、あ…、ああ。」



まだ生きている⁉


奴は口から血を吹き出しながら、うめき声をあげていた。



俺の頭は真っ白になっていた……


次にすべきことが分からない……


なにをすればいいのか分からない……



「は……ど、どうしよう……

は、早くッ……こ、殺さないと!」


しかし俺の手は震え、考えは纏まらず、俺は只々目の前で苦しみ悶える男の姿を見ている事しか出来なかったのだ。



すると突如――



「ヒイッ――⁉」



男は俺の手をつかんだ。


見ると、男は何かを言おうとしている?


「な、なあ……あんた……ゆ、勇者、なんだろ?」


男の瞳にすでに光は無く、その焦点も定まっていないようだ。



「だったら……あいつらを……」



口から流れる血は止めどなく――



それでも男は言葉を止めずに――。





「この、世界を……滅ぼしてくれよ」





男の目から、涙が零れた。



男が最後に放った言葉の意味は



今の俺には分からなかった……


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