11話 第四章 隔離区の住人




……。


……また、夢の中か?


また懐かしい感覚だ。


ここは、まぎれも無く前に俺が生きていた世界――日本。


――俺の目の前に、誰かがいる。


この男は……


そうだ、忘れない。


コイツは俺の人生を無茶苦茶にした奴だ。


「おい。」


俺の声は、自分でも分かるくらいに低かった。


目の前のこの男に掛けたその声には、明らかな殺意がこもっている。


「あ、ああ。マイトか。」


奴は全く悪びれた様子も無しに振り返った。


「お前のせいで……お前が、ありもしないデタラメを言いふらしたせいで……

俺は学校に居られなくなったんだッ!」


俺が唸るような声をソイツにぶつける。


しかし…


奴は……キョトンとした顔を俺に見せてきやがった。


「ああ。あの時は申し訳ない事をしたな。

君は結局あの暴力事件の犯人ではなかったんだね。

でもなんで学校を辞めてしまったんだ?」


軽く謝れば済むと思っている――そんな顔に虫唾が走る。


そして奴は尚も平然とした顔で言ってきた。


「濡れ衣は晴れたんだろ?

だったら学校を辞めなくても良かったじゃないか。」


多分、この顔は本気でそう思っている顔だ。


そりゃあお前みたいな人気者だったらそう思うだろうな……


濡れ衣が晴れたら明日からはまたいつも通り皆と仲良く……


だけど……


だけどな……


俺みたいな嫌われモンは、そうはいかねえんだ……ッ!


「お前は何の証拠も無しに俺を疑っただろ!それもわざわざ皆の前で!」


コイツは何も分かっちゃいない。


俺はいまだに周りから犯人だと思われてんだ……


「俺の潔白が証明されただあ⁉

俺の潔白が証明されることなんてねえんだよ……!」


だから……より一層ムカつく……


「やめて!」


ふと見ると、そこにはもう一人、女の子がいた。


彼女は――ああ、この娘は……この目の前のヒーロー気取りの男にベタ惚れの女だったな……


「この人は被害に遭った人たちを助ける為に、新しい被害者が出ない為に、皆の為にやったのよ!」


こいつはずっとそうだ。この男の言う事は、この男のやる事は何でも正しい。


「あなたどうしてそうやって自分の事しか考えられないの?

皆の為だって……そういう風には考えられないの?」


この顔も、本気でそう思っている顔だ。


清く、正しく、美しく、ってか。


この女も、さも自分が正しい事を言っているかのような――


そんな顔で……


「だいたい――疑われる方にも問題があるわ。」


「なんだと?」


その声に悪意など一切感じず、ただその事自体に対して、より一層悪意を感じた。


「だったら、なんで最初あなたが疑われた時、あんなに反発したの?

しかもあなたは教室で暴れて逃げた。

やましい事が無ければ堂々としていれば良かったはずよ――」


正論を吐いてくるコイツは、何も分かっちゃいない。


「おかげで皆あなたに怯えてるのよ!

いつか復讐されるかもしれないって!」


いつもいつも、悪者だった人間の心を。


「それはお前らが……何を言っても俺の話を聞かねえからだろ……」


俺がそう言うと……


――間髪入れずに彼女が言い返してきた。



「たとえどんな理由があっても人を傷付けて良い事にはならない!」



それを言われた時、俺は何も言い返せなかった。


だってそれは、本当の事だから。


すると――


「いいんだ。」


そういって目の前の男は、彼女を優しく止める。


「マイト。だからこの件については申し訳なかった。

でも、さっき彼女が言った事も間違っていない。

今、僕達のクラスは、もともと君がいたクラスだという事で、いろいろと風当たりも厳しくなっているんだ。」


だから、なんで、俺が、加害者になってんだ……


そして奴は尚も続け……


「だから……まあ、皆に迷惑をかけている事も事実だし、軽くで良いからみんなに一言謝っておいた方が良いんじゃないかな?」



この一言に、俺の理性は吹き飛んだ――



「このクソッタレがアアアアアアアアア――ッ‼」



俺は奴目掛けて、たまたまそこにあった『何か』を振りかざした。


その凶器が何だったのか……良く憶えていない。


「止めて!」


奴の隣から飛ぶ彼女の声。


「おい!待て、止めろ!」


真っ直ぐで、正義感の強い彼女は――


大好きな男を悪者から守るため、その身を挺して奴を庇った……




…………


……


「……トッ!

……イト!」


「…………」


「おいマイト!」



「……ふえッ⁉」



…………。


セタスの声で飛び起きた。


「ふぇ⁉じゃねえよ!

窓の外を見てみろ!」


なんだよ……全く。


俺はまだ頭の中がはっきりとしない。


しかし、とりあえず奴の様子から察するに、なんか大変な事でも起きてんだろ。


俺はそんな悠長な事を考えながら外の風景を眺めてみる。


すると――


「こりゃあ……大変だな。」


――街はただならぬ喧騒に包まれていた。


街のいくつかの建物は火が昇っており、そんな中、人々は悲鳴を上げて逃げ惑っている。


「とりあえず行くぞ!」


そう言って部屋を出て行こうとするセタス。


俺は何が何だかも分からぬままとりあえず傍らの剣を手に取った。


「ほら、もたもたすんな!」


そう叫んで急かすセタスに引っ張られるように、俺達は急いで部屋を飛び出していった……


建物を出ると……


「こりゃあひでえな……」


外は悲鳴や怒号が飛び交っており、辺りはひどい混乱に包まれていた。


「セタス、これってまさか・・・」


「ああ。例の悪党集団かもしれねえな。」


とうとう来たか……。


そうして俺達は、人々が逃げる方向とは真逆の方へと駆け出していく……


「マイト。奴らを見かけたら、容赦はするなよ。」


走りながら――


ふとセタスが言ってきた。


「お前が敵を殺すのを躊躇したらその敵は誰かを殺す。

もしかするとそれはお前の仲間かもしれねえ。」


セタスの言葉に、俺は思わず固唾を飲む。


「敵が悪党か否かはどうでもいいんだ。

とりあえず今分かっているのは……奴らはお前の敵だ。

それ以外の事は考えるな。

その事だけを考えてただ剣を振れ。」


セタスの目はいつになく真剣だ。


そして俺達がしばらく走っていると……


そこには、ある見慣れた人影が……


彼女は建物に付いた火を消そうと、両手から水の魔法を放っている……


あれは、クリスタだ。


彼女は懸命に消火活動に当たっているのか、水の魔法を何度も唱えている。


「おいおい・・・危ねえぞ、あんなところで。」


俺が思わずそう漏らしていると……


突如――


彼女に迫る、見知らぬ人影を見つけた。


「あれは……」


その男は剣を振りかざし、今まさにクリスタに襲い掛からんとしている。


しかし、彼女がそれに気づく様子は無い。


「クリスタ!危ない!」


俺はとっさに叫んでいた。


その言葉に、やっと彼女が気づき、こちらを振り返る。


しかし――


遅いか……


俺は一か八かで覚悟を決める。


そして彼女のもとへと全力で駆け寄ると……


「――ッ⁉」


彼女の身体を抱え――


そのまま、飛んだ……


「ウッ!」


「きゃっ」


俺とクリスタは一塊になって地面に倒れ込む。


ちょうど俺が彼女の身体を抱きしめる様な形だ。


彼女の身を守る為とは言え、少し乱暴すぎたか?


「大丈夫か⁉クリスタ!」


ガバッ――と顔を上げると……


「……あ。」


彼女の顔が目と鼻の先に有った。


気付けば俺は、クリスタを押し倒すような格好になっていたみたいだ。


「マ、マイトさん。ありがとうございます。」


「あ、す、すまん。」


彼女のキョトンとした顔に、俺は思わず顔を離してしまう。


俺達はとりあえず身体を起こす。


彼女は、何だか恥ずかしげな表情で俺と目を合わせないでいる……


しかし――


彼女がふと俺の背後を見た瞬間……


「マイトさん!後ろ!」


途端に指を指して声を上げた。


あ、しまった……


俺が振り向くと、そこには今まさに剣を振り下ろそうとしているさっきの敵の姿が。


クソ!油断した。


クリスタにちょっと見惚れてたせいだ!


絶体絶命の危機に、俺が動けなくなっていると……


「うぐっ……」


何故か突如、その男から断末魔の声が漏れた。


俺が目を下にずらすと、敵の胸元からは剣の切っ先が生えていた……


剣が振り下ろされることなく、そのまま敵は膝から崩れ落ちていく。


何が起こったのかが分からず、ただその様子を見守っているだけの俺。


やがて、ゆっくりとその身を傾けていく敵。


ドサッ――


と、敵が倒れたその向こうに現れたのは……


やはりセタスだった。


「セ、セタスさん。ありがとうございます。」


俺はあえて裏声でそう告げた。


「戦闘中によそ見してんじゃねえ。」


セタスは一言、俺にそう言い放つ。


勇者セタス様……イケメンですわ。


俺がセタス見惚れていると――


「マイトさん!セタスさん!」


クリスタが叫んだ。


見るとクリスタは、先ほどセタスが倒した敵の死体を覗き込んでいる。


「恐らく彼らは例の悪党集団で間違いありません!」


「分かるのか?」


「ええ。見てくださいこれ!」


彼女が指し示した先には、死体の左腕――


そこには、生々しい抉られた様な古傷があった。


「なんでそれで分かるの?」


左腕の古傷が何か関係あるのか?


「悪党集団の構成員はな。全員左腕に派手な傷があるんだ。」


その疑問に対し、代わりにセタスが答えた。


なるほど。


悪党集団のシンボルって事か?


てかだったら何で傷?痛いじゃん。


「それに、この顔見覚えがあります。」


彼女は死体の顔を覗き込みながらそう呟く。


「そうなの?」


「昼に会議場を襲った連中の生き残りか?」


セタスも同様に覗き込みながら、そんなことを言っていた。


ああ。俺、その時鎧と戦ってたから知らねえわ。


そういえば……一部の悪党を討ち漏らしたとかそんなこと言っていたっけ。



なんかめっちゃ俺のせいにされたけど。



俺がそんなことを考えながらふと遠くに目をやる。


すると――遠くの方で何かが見えた……


あれは……何かが大量に積みこまれた荷車を押していく数人の男たち――か?


「あれは、悪党集団です!」


そう答えたのはクリスタだった。


「恐らく、金貨や食料を略奪しているのでしょう!

見逃せません!

彼らを追いかけましょう!」


クリスタは俺達にそう言うと、すぐに奴らを追いかけようと、駈け出して行った……


この場には俺とセタスが残される。


「全く……無茶しやがる。

マイト!彼女一人で行かせるわけにはいかねえ!」


そう言ってセタスも彼女の後を追いかける。


ええ……行くの?


敵逃げたんだし、もう帰ろうよ。


俺は心の中でそう愚痴る。


しかし、あの悪党集団のせいで誰かが傷つくのも後味が悪い。


だから俺はぶつくさ文句を垂れながらも、しぶしぶ走り出したのだった……



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