10話 第四章 隔離区の住人
「ここだよ。」
俺達はある古びた建物の前で足を止めた。
キョドキョドと周りを見回すと、そこら一帯は何だか色っぽい雰囲気をふんだんに漂わせている。
そんな空気が、まるでイケない事をしているかのように、俺にそう思わせた。
「な、なあオイ。ここって一体何の店なの?」
俺はセタスの耳元で、囁く様に尋ねる。
しかし奴はそんな俺など気にもかけない様子で――
「まあ入ってからのお楽しみだ。」
と、迷わず奴はその扉を開けた。
俺もセタスの背中にくっついて、恐る恐る――
店内に足を踏み入れると――
「いらっしゃいませー!」
俺達を出迎えてくれたのは、若い女の子の従業員たちだった。
俺は思わずその女の子達に目を奪われる。
店員達は皆美人ばかりで、露出の多いきわどい衣装を身に着けている。
「おい!突っ立ってないで早く来いよ。」
気づけばセタスはテーブルを囲んだソファーに座ろうとしていた。
ここって……まさか……
ここは前世で言う、いわゆる女の子達と一緒にお酒を飲むお店って事か?
そして……
俺は言われるがままにソファーに座る……
しかし、さっきから俺は自分でも分かるくらいに挙動不審で、ずっとソファーの上でそわそわしていた。
一方のセタスはと言うと、ソファーの背もたれに深々と身体を預け、すっかりくつろぎ切った様子だった。
奴は俺の事をチラっと見ると、プッと噴き出して笑いやがった。
「こういう店前世では無かったん?」
「あったよ。あったけど行った事無い。」
「行った事無いんだ。お前酒は飲めるのにな」
「いや、酒は昔から普通に飲んでたから……」
そんな会話をしていると、やがて先ほどの女の子達が酒と軽いツマミを持ってテーブルへとやってくる。
そして女の子達が俺達に酒を注いでくれると……
「二軒目かんぱーい!」
ふかふかのソファーに座り、女の子に囲まれて、俺とセタスはまた飲み始めたのだった。
「ねえお兄さん!名前なんて言うの?」
女の子の一人が俺に聞いてきた。
「俺?勇者マイト」
「ゆうしゃ・まいと?
へえ……変わった名前なんだね。
ゆうしゃが名前?まいとが苗字?」
俺は何も答えず、グラスに入った葡萄酒を口にする。
左斜め前をチラッと見ると、セタスが顔を俯けて肩を震わせていた。
そして顔をガバッと上げると――
「そうそう!こいつ、ゆうしゃまいとって名前なんだよ!
仲良くしてやってくれよ!」
爆笑しながらそう言いだした。
「え、何で笑ってるの?
私何かおかしいこと言った?」
すると別の女の子が、俺とセタスを交互に見ながら聞いてくる。
「お二人はどんな仕事してるんですか?
お兄さんは何だか兵隊さんみたいに見えるけど……」
「ん?ああ、俺は兵隊さんだな。
こいつは……」
セタスは答えると、次は俺に話を振ってきた。
奴の表情を見るに、俺に何かを期待しているようだった。
そう促された俺は、何でもない様な口調で……
「俺?俺の仕事?
――勇者やってます。」
右手を高く上げてそう答える勇者マイト。
「うっそー!すっごーい!
お兄さん勇者様なの?」
質問してきた彼女は両手を口に当てながらそう叫んだ。
そしてその驚きは、俺の隣に座っているさっきの女の子も同様だったみたいだ。
「ええ⁉ホントに?
じゃあさ!普段皆から勇者ゆうしゃまいと様って呼ばれてるの?」
マジかコイツ……。
俺は適当に「そうそうそれそれ」とか答えながら、グラスを一気に煽った。
速いペースで飲み始めたからだろうか、また、徐々に気持ち良くなってきた。
「あ、そうだ!今日確か悪党たちが会議場に攻めてきたんだよね⁉
それを勇者様が鎮圧したって聞いた!」
セタスの隣に座る女の子が思い出したように言った。
「ああ。こいつ、大活躍だったよ」
セタスは彼女にそう言いながら、俺を指さした。
「ええ!すごい!やっつけたの?」
俺を見る彼女の目がキラキラ輝いている。
「悪党集団の決戦兵器、機動戦士・フルメタルアーマーを倒した。」
「きど・・・え、なにそれ?」
「全身金属に覆われた、なんか……こう……
もう、めっちゃすんごいやつ。」
「へえ!なんか凄そう……!
え、どうやって倒したの?」
さらに彼女は俺に顔を近づけて聞いてくる。
ああ。良い匂いだ。
「どうやって倒したかって?
まずな、手をな、こうやって、相手に当てたんだよ。」
俺は右手を前に突き出す仕草をしてみせて。
「で、こうやって……前に、押した。
じゃあ……倒れた。
……うん。こうやって倒した。」
「へえ……そうなんだ。」
え、ここ笑う所だよ?
彼女は急に興味が失せた様に、セタスのグラスに葡萄酒を注ぎ足していく……。
……あれ?スベッた。
セタスは葡萄酒を注いでくれた彼女に短く礼を言うと、そのグラスを持ちながら一応俺のフォローをしてくれる。
「まあ、でも、コイツの言っていることは、あながち間違いではない。」
確かにウソはついてないしな。
セタスのフォローがあっても彼女の顔にはハテナが浮かんでおり、その場が少し微妙な空気となってしまった。
そんな中、隣の女の子が再度口を挟んでくる。
「てかさ~、何で悪党の組織に入ったりする人がいるんだろうね……
どんな人があんなとこ入ったりするの?
ちゃんと働けばいいのに……」
彼女のそんな声に、もう一人の女の子が興味なさげな様子で……
「たぶん隔離区の人たちとかでしょ」
「げえ……やっぱりそうなのかな。
あそこの人たちって超怖いよね。」
「いや、そもそも行った事無いし見た事も無いよ。
隔離区には近づかない方が良いしね。
隔離区の人に触れると伝染病が移るって話だし。」
聞きなれない単語に、俺は置いてけぼりを食らうが、彼女たちは話を続けている。
「え、ちょっと待って?
隔離区って何?」
俺が彼女たちの話を遮り、その事について聞き出そうとする……
「体に変な模様が出来てる人たちが隔離されている区域。
そこの人たちに触られると移るよ。」
なんだそりゃ?
すると――
急にセタスがその場を抑える様に……
「まあまあ、せっかく楽しく酒飲んでるんだしさ。
そういう話はやめようよ。」
「だよね~。」
「あんまり堂々と話すものじゃないしね。」
セタスが話を止めるよう促すと、女の子二人もそれに賛同した……
いや……その話めっちゃ気になるんだけど。
その後はというと――
他愛ない話で盛り上がり、酒はますます進んでいった。
「セタスゥ、明日からよ、俺に剣の稽古つけてくれよ。」
「あぁ?なんで?」
気だるげな表情で俺に尋ね返すセタス。
「だってよ……俺の前世って平和な国で生まれ育ったしがない一般男子だぞ?
剣も振ったことないような奴が、魔王討伐どころか悪党退治すら無理だろ」
しかも与えられたのはこんな頭悪い能力だし。
するとセタスはだらしなく姿勢を崩した状態で短く言った。
「剣振れ」
「はあ?それだけ?」
「それだけ。もうホンットそれだけ。」
こいつ・・・面倒くさがるんじゃねえよ
「いや、それもするけどさ。もっとあるだろ、なんかこう……技術的な事とか?」
すると奴は、今度は俺の方に身を乗り出し、一言一言じっくりと俺に言葉を放ってくる。
「あのな、マイト。戦いの時に大事な事を言うぞ。
まずはな……力の強さだ。
あとは、ビビらない事。
……ただそれだけ。……ホンットもうそれだけ。」
そしてセタスは何やら剣を振り振りするような仕草をしてみせながら……
「相手がこう来たらこうするーとか。相手がああ来たらああするーとか。
そんなもん実戦では使えないよ。
実戦ってのは、どっちの力が強いかっていうのと。あとは、ビビらずに思いっきり行ける度胸。
……ただそれだけだから。」
奴はそれだけそれだけと、何度も何度も念を押す様に言ってくる。
「だからそういう意味ではカルミネってめちゃめちゃ強いよ。超強い。
まあ……お前一度勝ってるみたいだけど、タイマンで勝負したら勝ち目ないんじゃない?」
それを聞いて思わずゴクリと固唾を飲んでしまう。
アイツ……そんなに大物だったのか?
前回俺が勝ったのはハッタリが上手く効いたのと……
ただの運ってことか。
それにしても――
コイツがこれだけ念押ししてくるってことはそう言う事なんだろう。
なるほど、そういうもんかな。
俺が酔って纏まらない頭で、セタスの言葉を吟味していると、奴はまた俺に続けて言った。
「お前ってさ。別に死ぬの怖くねえんだろ?」
は?
と、ついそんな顔で奴の顔を見る。
「いや、だってお前……そんな感じじゃん。
なんかそんなに生きることに固執してないっていうか。」
……そうなん?
俺には全く心当たりが無い。
俺の微妙な反応を見てか、セタスは言い切った。
「まあ、とにかくそう見えるの。
要するに戦っている際は死ぬことを恐れてはだめだ。
思いっきり行かないと、思いっきり。」
俺は黙ってうなずいた。
そんな俺達のやり取りを横で聞いていた女の子達は皆感心したように目を丸くしている。
「すっごーい……何か戦ってる人って感じ。」
「二人ともカッコいい……」
そんな彼女たちを見て、俺はついつい心を大きくしてしまう。
「そうだろ?そうだろ?
まあ、なんてったって……勇者だしな。」
ダンディボイスでそう呟くと――
俺はワッハッハと大きな声で豪快に笑い上げた……
すっかり夜も更け、俺とセタスは自分たちが宿泊している旅館に戻るべく、ふらふらとした足取りで帰路についていた。
そんな俺はセタスに肩を借り、自然と漏れ出るへらへらとした笑みを、特に止めようとはしない。
「どうだ?楽しかっただろ?」
そんなセタスも俺と同じような感じでその顔をすっかり赤く染めながら俺に聞いてくる。
「えぇ?う~ん・・・まあ。
……最高ッ」
正直、いくらお金を払った上でとは言え、女の子からああやってチヤホヤされるのは悪くない。
「だからさ……これからも勇者っぽい事やっていけば、この暮らしを続けられるってわけ。」
「……。」
「わかったか?」
酔いのせいだろうか。
まあ別に……何でもいいか。
そう思えた。
「わかった。」
そう短く答えると
人気の少ない夜の街を、俺達はふらふらと歩いて行った……。
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