9話 第四章 隔離区の住人
その高級旅館は、周りの建物と比べて一際異彩を放っていた。
いや、他の建物もどこかしら高級感が漂うものばかりで、ここら一帯自体がいわゆるそういう立地なのだろうというのは分かる。
しかしその中でも、この高級旅館だけはダントツで群を抜いていた。
中へ入るとそこはオシャレな内装の玄関ホール。
そして俺は受付の者にすかさず声を掛けた。
「勇者マイトだ。この宿に泊まれると聞いた。」
「ああ、勇者様ですね。
よくぞお越しになられました。
お話は聞いておりますので、どうぞこちらへ。」
受付の者はにこやかな笑顔を見せると、俺達を部屋へ案内し始める。
よかった……。俺を勇者と認識してくれたみたいだ。
受付の案内によると、どうやら俺達の部屋は三階――つまりは最上階のようだ。
この宿泊施設――外から見る外観も凄かったが、中の方もやはり凄い。
廊下の壁なんて、なんかもうすんごい絵が何枚も掛けられている。
そして受付の案内に従い付いていくと、やがて俺達は豪華なドアの前へとたどり着く。
どうやらここが俺達の部屋らしい。
「ではごゆっくりどうぞ。
何かありましたら、なんなりとお申し付けください。」
受付の者はそこで恭しく一礼すると、そのまま立ち去ろうと踵を返す。
そんな受付の後ろ姿――
俺達は部屋の中から、だんだんと小さくなっていく彼の背中を見送り続けていた……
そして――
やがて彼が曲がり角を曲がり、その姿が完全に見えなくなった瞬間――
「フルゥッフゥー‼」
そんな、甲高い鳥の鳴き声のような奇声を発しながら――
――俺達はベッドへダイブした。
「フォウッ、フォウフォウッ‼」
「ああああああああああああああああああああああああああ」
俺達はそれぞれ自分なりの奇声を発しながら――
「セタスこれ見て!キョンシーのモノマネ!」
ベッドの上を飛び跳ねたり……
「キョンシーってなんだ⁉前世ネタ持ち出すんじゃねえ!
てかマイト!見ろこれ!地面にゴロゴロしてる奴のモノマネ!」
ベッドの上を転がりまわったり……
「バカお前それ、地面にゴロゴロしてる奴のモノマネじゃなくてただの地面にゴロゴロしてる奴じゃねえか⁉」
それぞれ思い思いに自由にはしゃぎまわっていた。
すると突如。
布団を体に巻き付けながら、ベッドの上を転がりまわっていたセタスの動きが――
ピタッと止まる……
急に死んだように静かになるもんだから、俺もつい気になって奴の方へと注視してしまう。
見ると、奴のその顔はまさに名案を閃いたかの様な様子で……
となりで見守る俺に向かって、小声でこう囁いてきたのだ。
「……飲みに行く?」
その言葉を受け、俺は一瞬の間を開ける……
「…………」
そして、しばしの静寂がその場を支配したかと思うと――
「――行こか」
俺はパッチリ目を開け、口元をニカッとさせて見せたのだった。
俺達は――
暗くなり始めた街を駆けていた。
「どこ行くどこ行くどこ行くどこ行くどこ行く⁉」
「どこ行こかどこ行どこ行こかどこ行こかどこ行こか⁉」
両腕を振り回し、飛び跳ねて、お互いそう叫びながら、ただ当てもなく街の中を駆けていく。
周りの人々が、そんな俺達を変な目で見ているが、そんなもん一切気にしない。
只々俺のテンションは上がっていた。
多分こいつも、久しぶりにハメを外すのだろうか、さっきから俺並みにテンションが上がっていた。
だって今日は報奨金を貰った。しかもあんな高そうな旅館にも泊まれて。
もっとも――貰った報奨金は全額、俺がやっつけた大怪獣・フルアーマーの弁償に当てられてしまったが……
……。
「どしたんマイト?」
急に動きを止め、黙り込んだ俺に対し、セタスがハテナ?と言った様子で顔を斜めに傾けて見せた。
……そうだ。金。無かったんだった。
「俺、金、無い。」
言葉をブツ切るように呟いた俺。
「困ったね。」
セタスは眉をハの字にさせながら、俺にそう返す。
そう。困った。
だって、金貨二十枚もらって、そのまま金貨二十枚、返しちゃったもん……
そこで俺は――
恐る恐る、セタスにこう告げる。
「お金、貸して?」
同じく眉をハの字にさせてみせる俺。
それを聞いたセタスは……
一瞬の間を開けて――
「……イイよッ」
パッチリ目を開け、口元をニカッとさせて見せたのだった。
―――。
そして――
「どこ行くどこ行くどこ行くどこ行くどこ行く⁉」
「どこ行こかどこ行どこ行こかどこ行こかどこ行こか⁉」
再び俺達は両腕を振り回し、飛び跳ねながら、夜の街を駆けていった……
結局――
俺達はあの高級な通りを離れ、適当な古びた安酒場を選んだ。
「プハッ」
「プファアッ」
きつい炭酸が喉を刺し、アルコールの匂いが鼻から抜ける。
「勇者、ここに爆誕すッ―――!」
「あーやばい。美味い。」
一人叫びだしたセタスを無視し、俺は半ば放心状態で、口からそんな声を漏らす。
目の前ではセタスが木樽の様なジョッキを片手に、周りの様子を眺めている。
「やっぱこういうやかましい店の方が落ち着くわ。」
確かに、それは同感だ。
セタスの言葉に、俺も釣られて辺りを見渡す。
店の中は喧騒で溢れ、客は皆それぞれに酒を飲んではしゃいでいた。
宿の周りの高級店は、どの店も落ち着いた雰囲気で、とてもじゃないがパァーッとやれるような場所とは思えなかったのだ。
「とは言っても……今日はいろいろ疲れたなあ」
セタスはテーブルの骨付き肉を噛みちぎりながらそうぼやく。
それにも同感だ。
俺もやはり疲れているのか、打ったつもりの相槌が、なんだかついうめき声の様になってしまう。
セタスは噛みちぎった肉を呑み込むと、もう一度ジョッキを口に傾ける。
「だって……二日間近く歩いてやっとこの都市にたどり着いたと思ったら、今度は息つく間もなく戦闘だもんな……」
目線を宙に漂わせながら呟いた俺に、セタスは何か言いたそうにするが、酒の炭酸が喉に沁みてるのか――
「くあっ――」と顔をしかめてから、俺にこう言ってきた。
「何ひと仕事終えましたみたいな顔してんだ。
お前あの時壁に飾ってる鎧殴ってただけだろうが。」
俺は、まるで思い出に浸るかのような表情を浮かべながら……
「あれはまさに――強敵だったなぁ」
「やかましいわッ」
すかさずセタスのツッコミが入る。
「……。」
ふと――
俺は、自分の顔が熱を帯び始めていることに気が付く。
気怠さというよりは心地よさ。
「なあ……」
俺の放ったその声は、力なく、セタスにフワッと掛かり……
「……」
奴は無言で俺の顔を見ているが、俺は何故か続きの言葉がなかなか出てこない。
……なんでかは分からないが、なかなか言葉に出来なかった。
こういう時は、何も考えず、ただ言葉が漏れるままに身を任せりゃあ良い……
そうして吐き出した言葉は、かなりストレートな物言いで……
「俺、人殺さなきゃなんねえのか?」
それを聞いたセタスの顔が、少しだけピクッと動いた様に見えた。
「おい。まさかお前あの時……」
しかしそこで言葉を止めたと思えば、短くため息を吐き――
ガッ――
奴はテーブルに腕を乗り出したと思うと……
「お前、余計な事を考えるなよ?
奴らは武器を持って会議場を襲った。
だから俺達は奴らを鎮圧する為に戦ったんだ。」
セタスの口調はいつになく真剣だ。
「だからあいつ等は敵だ。悪者だ。
それ以外の事は考えるな。
……そう思え。」
――そう思え。
まるで有無も言わさずに命令するようなその言い方。
それはどこか、言ってる本人自身も不本意に感じている様な……そんな風に聞こえた。
俺はその言葉を無理矢理飲み込もうとする……
――が、それでも聞きたいことはある。
「てか……あいつら何で会議場とか襲ったの?
悪党集団といえば、市民達から略奪したりするのが普通だろ?
兵士いっぱい居るとこ襲う普通?」
いや、それは至極真っ当な疑問だろう。
だからその証拠に――
俺の質問を受けてなお、セタスは特にハッとした様子も無かった。
まるで面倒な事でも聞かれたとばかりに、煩わしそうな様子で腕を組み、俺から視線を逸らしたのだ。
セタスはしばらくの間、何やら無言で真下を向いていたが……
やがて観念したのか、その口を重く開きだす。
「それは……なんかもう、やっぱり……
貴族とかが嫌いだから……とかじゃないの?」
さっきの表情、様子からは掛け離れた曖昧な言葉には、別に嘘があるようには思えない。
だけど……全てを話しているようにも見えなかった。
「とにかくだ。」
セタスは何かを誤魔化すように、きっぱりと言い放つ。
「お前は勇者なんだ。ただ上の言う事に従って戦いさえすれば皆お前を勇者として認めてくれる。」
でも、奴の言う事にはどこか引っかかりを感じる。
「勇者として認められれば贅沢な暮らしが出来る。皆からチヤホヤされる。
お前の言ってた……なんだ、あれ。そう、美少女ハーレム?だって出来るんだ。」
「美少女ハーレム?」
「そうだ。お前、言ってただろ?美少女ハーレムしたいって。
美少女ハーレム……したいだろ?」
どこかおどけた様に言ってきたセタス。
それに対し、俺は……少し黙った後――
呟く様に言った。
「したい。」
「しにいく?」
すかさずそう聞いてきたセタス。
俺が何の事か分からずにただ頭にハテナを浮かべていると……
「ちょ、着いてきてみ。
すんません!お勘定!」
そう言って奴は急に席を立ちだした……
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