7話 第三章 メインヒロイン、キター!


会議場を出ると、すでに戦線は建物の入り口付近まで押し込まれていた。


マジかよ。マジでやんのかよ。


正直――


俺は一度死んでるわけだし、死ぬことにさほど抵抗は無い。


しかし、やはり痛いのは嫌だ。


それに、人間と人間が本気で戦っているその現場は、いざ見ると思っていた以上に怖い。


異様な熱気に、思わず飲まれてしまいそうになるのだ。


しかも、俺は今からその中に飛び込もうとしている……


剣なんか振るった事も無いし、ましてや平和な日本で育ったごく普通の一般男子が暴徒鎮圧なんて出来るわけねえだろ。


しかも……相手はモンスターとか魔王軍とかじゃねえんだろ?


そんなことを考えていると、後ろから唐突に声を掛けられた。


「だっせ……。ちゃっかり他の奴に戦いに行かせようとしたけど失敗してやんの。」


セタスだった。


「セタス!来てくれたか!

お前の勇姿は俺が後ろで見守ってやる。

例え死してもその壮絶な最期は俺の口から語り継がれるだろう。」


「いや、お前も戦えよ。

勇者の勇姿を見届けるのは俺の役目だからよ。」


くっそ!どいつもこいつも!


そんなに戦うのが怖いかよ。この臆病モン!


しかしセタスは口ではそう言いながらも、迷うことなく剣を抜きながら前へ歩み出ようとしていた。


その時――



「待って!」



後ろから、今度は少女の声が掛けられる。


「私も一緒に戦う。」


後ろを振り返ると、そこに居たのは俺のマイラブリー天使――クリスタちゃんだった。


「本当にみんな信じられない。

敵がもうすぐそこまで来てるっていうのに、最後の最後まで尻込みして……」


長い金髪を輝かせ、いかにも育ちが良さそうなお嬢様と言った身なり。


しかし彼女の可愛らしい顔には、毅然とした信念と覚悟がそこに現れている。


「俺と一緒に戦ってくれるのか⁉見上げた勇気だ!

クリスタ。と言ったな?これより俺たちは仲間だ!」


俺がそんな彼女に微笑みかけると、彼女は少し恥らったような、いや、嬉しさを隠しきれていないような顔で、俺の言葉に頷いて見せた。


「よし!これだけいれば百人力だ!

全軍、突撃開始ーッ‼」


俺の号令と共に、地を蹴り、駆けだした二人。


俺は少しタイミングを遅らせて、二人が俺を抜き去ってから、俺も走り出した。


建物の入り口では衛兵達と悪党集団が激しい戦闘を繰り広げている。


今、俺たち三人は渦中へと飛び込んでいく――!



――金属同士が、激しくぶつかり合う音がする。


「やあっ!たあっ!」


皆一生懸命戦っている……


もちろん、俺も含めて。


正直――


――俺はまだ弱い……



だから一人で大人数を相手取る事などはまだ出来っこない。


それでも俺は戦わなくてはならないんだ。


だから俺は――


今、目の前に対峙する敵と戦っていた……



ブン――


と、俺の剣が唸りを上げる。


俺がその敵目掛けて、剣撃を打ち込んだ。


しかし――


耳をつんざくような、甲高い金属音を上げて


俺の剣は当然のごとく弾かれた……


くそ……!


目の前の敵はフルアーマーに身を固めており、付け入る隙が無いのだ。


敵は巨大な斧槍――ハルバードを携えており、その鋭い刃先は俺の方に向けられている。


あの武器で一撃を食らえばひとたまりもないだろう……。


武装した集団――と言っていたが、これほどの装備を整えているとは……


俺は自分の放てる精一杯の力で何度か剣身を叩きつけるも、俺の剣はことごとく弾かれるのだ。


入り口方向からは、同じように、けたたましい剣戟の音が響き続けている。


その中でも、ある人物が何人もの敵を切り倒しているようだ。


俺は目の前の敵を牽制しながら、横目でその人物に目を移す。


押し寄せる敵を、恐れることなく打ち倒していくその男。


セタスだった。


あいつ……あんなに強かったのか。


するとその後方から、突如クリスタの声が飛んできた。


「水よ。その姿を氷柱と変え、我らの敵を貫きたまえ!」


その瞬間――


彼女が居るであろう方向から、何やら聞いた事も無いような音が聞こえ――


何かが一斉に、勢いよく射出されたかと思うと、その先にいた複数人の敵に突き刺さっていった。


それはまるでマシンガンのように……


彼女は広げた右手を前に、周りの兵士たちに何やら呼びかけていた。


「皆さん!私が敵を足止めします!」


するとクリスタはまたも呪文を唱え出す。


「水よ。敵の足に纏いつき、その姿を氷に変えよ!」


刹那。


今度は突如敵の足元に顕現された水が、たちまち白い煙を放ちながら、パキパキと音を立てていく。


そして、その煙が消え去った後、そこにあったのは敵の両足を覆い尽くす氷……


「くそ!貴族の魔法か⁉」


「動けねえぞ!」


悪党集団は両足と地面を氷で縫い固められ、身動きが取れなくなっている。


「今です!奴らを取り押さえてください!」


すると周りの兵士たちは動けない敵に飛び掛かり、次々と奴らを無力化していった。


「すげえな……」


俺は思わずそんな声が漏れ出ていた。


あれが魔法か……


俺がつい、感心しながら彼女に見惚れていたその時だった――


ガシャン――


と、すぐそばで何かの音がした。


しまった――


見るまでも無く、俺はほぞを噛んだ。


振り返ると案の定そこには……


――ッ‼


鋭い刃先が眼前に迫っていたのだ。


「うわッ――⁉」


俺は無我夢中で身をよじる。


あまりにとっさの事に――


気づけば俺は尻もちを着いてしまった。


……痛みはない。


そう感じ、瞑っていた目を開けると――


   キラリ


と、輝くハルバードの巨大な刃先。


それが俺の胴体のすぐ横に刺さっていたのだ。


あ、あぶねえ……


俺は思わず腰が抜けてしまいそうになる。


戦闘の最中によそ見をするなんて、自殺行為だ。


俺は自らの失態を悔やみながらも目の前の敵に再度目を向けた。


尻もちを着いた体勢のまま、敵を見上げると――


そいつはまるで俺を見下すように立ち塞がっている。


奴の顔はフルフェイスの兜で覆われており、その表情は見えない。


しかし、俺を殺す絶好のチャンスだというのに、何故か奴は直立不動のままで動く様子は無い。


さらに――


俺は奴の、ある部分に気が付いた。


奴の手には――


――武器が握られていなかったのだ。



今俺のすぐそばに刺さっているハルバード。


どうやら奴はそのまま武器を手放したのか、その斧槍の柄は、ビーンと音を立てて独りでにその身を震わせていた。


俺は、舐められているのか?


直立不動のまま、いまだに何もしてこない……いや、動こうともしないその全身鎧の敵――


――俺はだんだんと腹が立ってきた。


俺は取り落としてしまった剣を拾い上げ、立ち上がる。


さっきから俺の攻撃はフルアーマーによってすべて防がれ、敵はびくともしない。


奴もその優位性を鼻にかけているのか、何も反撃してこようとしないのだ。


そんな余裕を見せている敵目掛けて、俺は怒りを込めて剣を振るう。


そんな中――


「おいマイト!」


セタスの声が聞こえた。


周囲の様子を察するに、どうやら向こうは既に片付いたようだ。


俺は弾かれた剣を再度握り直す。


くそ!俺だけコイツ一人に手こずって時間を掛けてしまっている!


悔しさのあまり、俺が歯噛みしていると……


「マイト!お前何やってんだよ!」


さらにセタスが俺を叱責する様に声を張り上げた。


「くそ、分かってるよ!

すぐにコイツを倒してみせるから黙っとけ!」


つい俺はイライラしてしまい、声を荒げてしまった。


俺は大声を張り上げ、敵を切りつける。


しかし、奴はビクともしない。


「勇者様……一体何をやってるのですか?」


クリスタが、まるで信じられない……と言わんばかりの声で俺に呟きかけた。


俺の弱さにドン引き――と言ったところか……。


彼女の放った『勇者様』という単語が、俺の心に深く刺さった。


でも――


それでも――



……俺は勇者だ。



こんな所で、こんな奴に……


手こずっている場合じゃない――!


――俺はすぐさま剣撃を繰り出す。


渾身の力を込めて。


しかしあっけなく俺の剣は弾かれた――


――だがすぐにまた剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


しかしまたもや俺の剣は弾かれた。


――だが再度剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


またもや俺の剣が弾かれる。


――剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


俺の剣が弾かれる。


――剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


俺の剣が弾かれる。


――剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


俺の剣が弾かれる。


――剣撃を放つ。


渾身の力を込めて。


俺の剣が弾かれる。



「うおおおおおおおおおおおおおおおッーーー‼」




――気づけば俺は大声を張り上げていた。



弱くとも


情けなくとも


みっともなくとも


何度も何度も何度も

何度も何度も何度も

何度も何度も何度も


「マイト!」


「勇者様!」


二人の声が聞こえてきた――



彼らは、それでもこんな俺を応援してくれるのか……。



二人とも俺の加勢をすることはない。



二人は待ってるんだ……。



俺が、こんな弱い俺が……。



それでも俺一人の力で敵を倒し、勇者として成長することを。



俺が二人の想いに気づいたとき――



――俺は敵の、ある一点に目が行った。



それは、敵の脇下部分――全身鎧の、その隙間。


それは、身体中を守る全身鎧の――


唯一の弱点だ!



刹那。



俺は奴の右側に踏み込む――!



剣の切っ先は――


左の脇下へと向けられた。



狙いは心臓。



そこを目掛けて――


俺は……


ありったけの力で剣を刺し込んだ……



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ――‼」



渾身の力を込めて。



……。



音も立てず、刺し込まれた剣。



しばらくの無音の後――



俺は敵の脇から剣を引き抜く……


剣を――


ピッ


と横に振り払い、俺は静かにそれを鞘に収めた……


……やっと終わった。


いくら鎧で身を固めようと、脇下までを覆うことは出来ないようだ。


最後の最後で敵の全身鎧の弱点を見つけ、辛くも俺は勝利したんだ。


「よし……。」


と呟くと、張りつめていた緊張が解けたためか、


思わずその目を閉じて、俺はホッと息を吐いた。


さあ、こっちも片付いたことだし、これでやっと――


そしてその目を開けたとき――



「……え?」



そこには信じられない光景が。



「ウソ……だろ?」



なんとそこには、倒したはずの敵が――



何事も無かったかのように立っていたのだった。


俺は絶望に打ちひしがれる……。


確かに心臓部分に剣を刺し込んだはず。


何でこいつはまだ生きているんだ?


……ダメだ。


俺では、勝てない。



「――マイトッ!」



――ハッと、俺は目を覚ました。



セタスの声に、俺はまた勇気を取り戻す。



俺は……


俺は――


勇気を持つ者――勇者だ!



俺はいまだ立っている敵に、手を伸ばした。


そして、そのままその手を敵に押し当て――


そして押し込んだ。


すると。


敵はそのまま――


ぐらり


と、ゆっくりと……


直立不動のまま倒れていき――



「やったー!倒した!敵を倒したぞー!」



俺は二人に向けて両手を天高く突き上げて見せた。


「マイト……。」


「勇者様……。」



何故か二人は微妙な面持ちで俺を見ている。



「セタス!セタス!見て見て!敵、倒したよ。」


足元に倒れている全身鎧を指さす俺に――


セタスは大きくため息を吐いたと思うと……


「あの……マイトさん。

一応ツッコんでおくよ?」


心底呆れた表情でそう言ってきたのだ。


「……どうしたの?」


俺は何の事か分からない、と言った様子で首を傾げて見せる。


「敵はどれでしょう?」


「これ」

「違う」


「……。」


セタスの質問に、足元の全身鎧を指さして答えた俺に、即答で否定が返ってきた。



俺はふと近くに目を遣ると――


そこには、壁際で等間隔に配置されている全身鎧・・・


「しまった!」


俺はまたすぐに剣を抜き払い、その全身鎧達に剣を構える。


「あれだけ手こずった強敵がまだあんなに……ッ!

でも今はお前たちの弱点を知っているんだ!

相手になってやる!纏めてかかって来――」

「違う違う違う違うちがぁ~~~う‼」



剣を構えて声を張り上げる俺の耳元で、さらに大きな声を張り上げるセタス。


「……。」


俺は剣を下ろし、セタスの顔を見た。


「もう一度聞くぞ?

……敵は?」


「あれ」

「違う」


「……。」


またもや即答で否定された。


そして今度は、セタスは入り口方向を指さした。


「敵あれ」


その指の先には捕虜となっている敵。

倒れている敵。


決して全身鎧など身に着けていない生身の人間。


そしてそんな俺をポカーンとした顔で見ている衛兵。


俺はセタスと同じ方向を指さした。


「敵あれ?」


「敵あれ」


セタスが頷く。


俺は、今度は足元を指さした。


「これは?」

「これ鎧」


また即答で返ってきた。


「飾りのね。」


「……。」


そう付け加えたセタスに、黙り込む俺。


セタスの向こうにはクリスタの怯えた顔。


「勇者様……さっきから壁に飾りつけている鎧と戦って……

一体何をしているのですか?」


「……。」


彼女のそんな一言に――


俺はしばらく黙りこんだ後……



「あちゃ~……間違えちった。」



やっちゃった顔で――


俺は自らの額に手を当てたのだった。



「……。」



俺は、呆れた様子の二人を通り過ぎ、そのまま入り口の方へと歩み出た。


衛兵達と悪党集団が激しい戦闘を繰り広げていた入り口――


よく見ると、そこに転がっているのはそのほとんどが敵だ。


衛兵の槍で貫かれた敵の死体。


セタスに斬られていた敵の死体。


そして、クリスタに魔法の氷柱で貫かれた敵の死体。


辺りに立ち込める血生臭い強烈な匂いに、俺は思わずむせ返しそうになる。


辺り一面を覆い尽くす深紅の血の池に、俺は思わず立ち眩みかけたのだった……


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