4話 第二章 勇者、ここに爆誕すッ――!
俺たちは目の前の道をただひたすら歩いていた。
俺たち――といっても一緒に居るのは俺ともう一人、このセタスだけだ。
俺はこれからとある領主のもとに行き、そこで討伐依頼を受けることになった。
「なあ……」
俺はダラダラと、セタスの後ろを着いていきながら尋ねる。
「どしたん?」
疲れた声をひねり出す俺に対して、一方で意気揚々とした返事を返すセタス。
「これ……いつになったら着くん?」
「もうちょっと。」
そう。さっきからこれの繰り返しだ。
もうちょっともうちょっとつって全然着かねえじゃねえか……
「てかなんでお前だけなん?」
「なんで?嫌なの?」
そう言ってきたこいつは何故かちょっと嬉しそうだ。
まあこいつは一応兵士だし、多少歩いても疲れないのは分かる。
しかしさっきから心なしか、やたらとテンションが高いのだ。
「いや、だってさ……監視役が着いていくとしても最低二人以上じゃね?」
「何でなのかな?……ま、でも気楽だしいいでしょ。」
こいつ、ホント能天気だな……
俺は呆れてため息が出た。
「まあでも……監視役が付く時点でまだ俺は信用されてねえんだな。」
「ん~まあ、そうかもねえ。」
俺の言った事に、こいつはあたかも他人事みたくそう返してきた。
セタスのそんな態度に、俺はついムッとなってしまう。
「な~んか、話がうますぎるんだよなぁ……」
俺は独り言のように、そうぼやいたのだった。
日も暮れてきた頃――
セタスが「今日は野宿にして、明日の朝また出発しよう」と言い出した。
この世界の夜は、前世の日本とは違ってかなり暗いと思われる。
さすがにそんな中で歩き続けるのはかなりの危険が伴うと思われるので、俺もその提案に乗る事にした。
恐らく――これが奴にとっての『もうちょっと』なのだろう。
って、んな訳あるかこの馬鹿野郎。
「んじゃ、火起こそ、火。」
奴はそう言うと、何やら手頃な木材を何本か集めてきて、それを一か所に積み上げている。
どうやら焚き火の用意を始めたようだ。
それを見ていると、何だかテンションが上がってきた。
「これ、知ってる。
これアレだろ?何かこう……太い木の上に木の棒立ててクルクルする奴だろ?」
「ごめん。何言ってんのか分かんない。」
「いや、分かるだろ!アレだよ、こう、めっちゃクルクルさせる奴だよ!
あれで火起こすんだよ!」
なかなか伝わらない事がもどかしくて、俺は必死に手振りを加えて説明する。
「ああ。アレね。あの、クルクルする奴でしょ?」
やっと伝わったようだ。
だが――
「あれ使わないよ。疲れるし。」
そう言ってセタスは何やらカバンをゴソゴソ物色しだした。
「え、じゃあどうやって火起こすの?」
気になって奴の手元を注意深く覗き込んでいると……
「これを使うんですよ。」
中から出てきたのは……
「何これ?紙と……
……石?」
いや、石の方は、どうやら普通の石ころじゃない。何か薄く光っている感じだ。
「まあ、見ててよ。」
そうしてセタスは、一枚の紙に何やら文字を書き始めた。
「何書いてるの?」
「ん……呪文」
その文字は見たことの無い文字で、到底読めるものじゃない。
「え、お前魔法使えるの?」
やっぱ異世界だから皆魔法使えんのか……?
俺は今更ながら異世界に来たことを実感し、そのテンションはうなぎ昇りに昇りきっていく……
「いや、使えないよ。」
と、思ったら足カックンされた気分になった……
「これは魔道具。誰でも使えるものだよ。」
「魔道具?……つっても紙と変な石しかないみたいだけど……」
「本当は木片とかに魔石を埋め込んだ奴が魔道具なんだけど、仕組みさえ理解すればこうやって紙の上に魔石置くだけでも十分使えるんよ。」
「マジかよ……
え、仕組みって何?どうやって魔法起こすの?」
俺は興味津々で尋ねた。
「まずな。魔法ってのは、発動するのに三つの条件がいるの。」
「ほんほん……。」
「一つは魔法を顕現するための術式――まあ、言ってしまえば呪文ね。
んで、二つ目はその魔法を発動するためのエネルギー、つまり魔力。
そしてその二つを引き起こす引き金となる術者の念――これが三つ目。」
「おお!なんか意味分かる!つまりあれだろ――?
魔法使いが魔法使うときは、身体の中の魔力を消費して、心の中で念じながら呪文唱えるって事だろ?」
俺が噛み砕いて言うと、セタスは相当驚いたのか、こちらを振り向いて声を上げる。
「ええ⁉何でそんな飲み込み速いの⁉
え、お前の世界も魔法あったん?」
「え、無いよ?」
まあ、ラノベの世界にはいっぱいあったけどな。
「じゃあなんでそんなすぐ分かるの?」
「俺、頭良いもん。」
半ば冗談のつもりで言ったが、どうやらセタスは本気にしてしまったようだ。
まあ、この手の話が好きな奴にとっては、有りがちな設定だしな……
そしてセタスは呪文を書き終えると、その紙の上に魔石をそっと置いた。
「魔道具ってのはな、呪文を直接書き込んで、そんで魔力の代わりとなる魔石を組み込むことで、二つの条件を省略してるんだ。
だから、後は使用者が念を込めるだけで、魔道具が魔法を発動する――って仕組みなんだよ。」
「すっげー……」
俺はつい感心して、声を漏らしてしまう。
すると奴は、その魔石が置かれた紙を、組み積まれた木材の下へと押し込んだ。
そして――
一瞬セタスが押し黙って目を閉じると……
ボウッ――
紙もろとも、魔石から火が上がった。
どうやらそれを種火にして焚き火を作るつもりのようだ。
「便利だなあ……」
俺がそれを眺めながら、そう声を漏らす。
「いや、でも魔石ってまあまあ高いからな。
工夫して使わないとすぐ魔力無くなっちゃうよ。」
「工夫……?」
「ああ。例えば俺がさっき書いた術式は火の術式なんだけど、それに加えて、ちょうど一分で火が止まるようにしてあるんだ。
魔力節約のためにね。」
「そんなことも出来んの?」
「ああ。術式がちょっと複雑になってしまうけどな。
まあ俺は面倒くさいからその術式を丸暗記してる。
だから俺逆に、普通に火を起こす術式知らない。」
そう言ってセタスは何かメチャクチャ笑い出した。
「え、じゃあ書き方によっては、これを二分とかにしたりできんの?」
「それは出来ると思うよ。数字の部分を一から二に返ればいいからな。
まあ焚き火をするには一分で十分だけどな。
あともう一つ知ってるのは何分後に発動――っていう奴。」
「おお。時間差ってやつか。」
そう、俺が感心していると――
「あ、ほら、もう魔石の火、止まった。」
セタスが焚き火を指さしていた。
見ると、火は、既に焚き木に燃え移っている。
そしてその炎の下で、さっきの魔石が鎮火した状態で埋もれていた。
火を起こした後――
俺達は、たき火の前で携帯していた干し肉を噛んでいた。
「……。」
「どうしたマイト?」
俺は何も言えず、ただ無言でその干し肉を噛んでいる――というかただ、咥えている。
……しょっぱい。
……マジで塩。これ、食えん。
セタスの方を見ると、奴は何でもないように干し肉をブチブチと噛み切っては水筒の飲み物を口に注ぎ込んでいた。
「これ……塩。」
「干し肉だしな。」
だが奴はそんな俺を気にもかけずにただひたすら干し肉を食っている。
奴のそんな姿に俺は不満を覚え、せめてもの抗議のつもりで――
「ちょっとそれ、頂戴。」
――奴の水筒に手を伸ばした。
「いや、あるじゃん。」
奪われまいと、ヒョイと水筒を高く上げながら、セタスは俺のそばにある水筒に指を指す。
「俺のはもう無くなりかけてんだよ。誰かさんが『もうちょっとで着く。もうちょっとで着く』とか言うから……」
しかし、そんな俺の恨み言に、セタスも何も言えなくなったのか、仕方なしとばかりに水筒を差し出してきた。
「だからと言ってそんなハイペースで飲むかよ……」
この野郎!まだぶつくさ言ってやがる。
そんなセタスを横目に俺は奴の水筒の中身を口に含んだ。
「ブフォッ」
そしてすべて吐き出した。
「おまッ!何してんだ!」
奴は掴み掛らん勢いで俺を怒鳴りつける。
「うっせ!馬鹿野郎!お前!騙しやがったな⁉
これ酒じゃねえか⁉」
「当たり前だろう!俺の水筒の中身は酒だ!」
知ってて当然だろとばかりに逆上しだすセタス。
「知るかよ、んなもん!てかお前昼間歩いてる時もずっと酒飲んでたのか⁉
そりゃテンション高いはずだ!」
「お前さぁ……もったいないことすんなよ。せっかく結構良い葡萄酒持ってきたんだからよ。」
奴がほとほと困ったような顔を俺に向けてくると、俺は舌打ちしながらその視線から顔を背け、また一口その葡萄酒を口に含んだ。
口の中で広がる芳醇な香り、そして鼻から突きぬけるアルコールの香り……
「おい。もういいだろ?さっさとそれ返せ。」
セタスが俺に手を伸ばし、その水筒を分捕ろうとする。
だから俺は奴にこう言ってやったんだ。
「もうちょっと。」
それから――
果たして食事と言っていいものか分からないような食事も終わり、俺とセタスはたき火を囲んで横になっていた。
「……。」
二人無言の中、俺はふとある事が気になった。
「セタスゥ。」
「ふぉーん?」
まるで鼻から、空気を抜いたような返事をしてきたセタスに、俺は目だけを奴の方に向けて尋ねる。
「そういやさ。討伐依頼って、何を討伐するの?」
「悪い奴ら。」
……適当だな。
疲れているためか、今は怒る気にもなれず、ただ俺はフッと口元を緩ませる。
「なに?ゴブリン?ドラゴン?」
何気なく聞いた俺に、奴もフフッと鼻で笑い、俺の言葉を一蹴した。
「何だよそれ……?
てか俺も知らんって……着いたら分かるんじゃね?」
あまりにも投げやりなセタスの態度に、俺も思わず笑ってしまう。
「まさか早速魔王ってわけじゃねえだろな?」
「だったら中央国から直接派遣されるよ。」
セタスは興味無さげな口調で即座にそう返す。
まあ……それだったらいちいち別の領地に呼び出したりしないもんな。
すると――
「あんたの世界には居なかったの?魔王。」
ふと、セタスがそんなことを聞いてくる。
「いないよ?」
ごく普通に――
俺がそう返すと、セタスは、一瞬――の間を置いて……
「平和だな。」
と、どこか羨む様に呟いた。
そんなセタスの反応に、俺はついつい否定してしまう。
「別に……。クソな世界だったよ。」
「……。」
……。
セタスの反応が無い。
……寝たんか?
ホント自由な奴だよな……。
ま、大して面白くもない話だったし、別に良いけどな。
「……ッッ」
ふと、声には出ないが、大きなあくびが出てきた。
横で燃え続けるたき火は良い感じに暖かく、だんだんと俺もまぶたが重く感じてきた。
なら、俺もそろそろ寝ようか……。
身体に掛けた薄い布を被り直し、俺は静かにその目を閉じた。
今日はいろいろありすぎて疲れ――
「マイトはさぁ――」
その時。
突如、再び聞こえてきたセタスの声に、俺は一瞬驚いてしまう。
寝てなかったんかい!
今の間は何だったんだ⁉
そのせいで、完全に眠りモードに入ろうとしていた俺は、また目が覚めてしまった。
「ん?」
そんなことを考えながらも、俺はセタスに返事をする。
「なんでそんな能力もらったん?」
「……知るかよ。んなもん。神様に聞け。」
こいつケンカ売ってんのか?
俺も貰いたくて貰ったわけじゃねえんだよ、こんな能力。
「え、てかさ。神様ってホントにおるの?
どんなんだった?」
セタスはついに身を起こして、乗り出すようにして聞いてきた。
……寝ろよ早く!
「なんか……白髪で白ヒゲでめっちゃ光ってるオッサンだった。」
「なるほどな……全然分からん。」
すると途端に興味を無くしたように、また横になりだしたセタス。
仕方ねえじゃねえか……。今この場で説明しろと言われても難しいし。
そして仰向けになった俺は、目の前一面に広がり輝く星空を眺めていた。
そんな時……
セタスの声が聞こえた。
「まあたぶん……そいつがパテル神だと思うけどな。」
「パテル神?」
聞きなれない言葉に、俺はつい聞き返してしまう。
「この国の国教としている神の名だよ。
たぶんそいつに会ったんじゃない?」
マジで?あれこの国の神なの?
さすがにそれは無いだろう……。
「いや、でも……
俺が会った神って、だいぶアホそうだったぞ?
マジでなんも考えてない奴だった。」
だって……俺にこんな能力を授けるくらいだしな。
仰向けで――俺が夜空を見上げながらそんな言葉を放つと……
「ああ……じゃあそいつに間違いない。」
そう言って笑う声が、星空に呑み込まれていった。
なんだかその言葉には、どこか嘲笑というか――
――その『色』は、俺の知っているものに似ていた気がした。
「……。」
――そろそろ寝るか。
ひとしきりの会話が途切れ、俺はまた瞼が重くなってくる。
それに抵抗することなく、静かにその目を閉じると……
「マイト……」
またセタスが声を掛けてきた……
……マジで何なんだよ!
「今度は何?」
俺は鬱陶しそうに、短くそう返事をすると……
「お前って――
――そもそも強いの?」
「……。」
また目が覚めてしまった俺だったが、その理由は先ほどのように驚いたからではなく……
「お前……初めて会った時もそうだったけどさ――
結構鋭いこと聞くよね?
――あ、ちなみに僕、戦闘とかしたことないです。
他の強力な能力とかも無いんで、よろしくお願いします。」
俺はいつの間にか身を起こしてセタスの顔を見ていたが……
セタスは俺の言葉を聞くと――
――静かにその目を閉じたのだった。
…………。
俺は、道を歩いていた。
この風景は、憶えてる……
俺は懐かしい道を歩いていた。
「見て見て……あいつよ。あの犯罪者。」
誰かが俺の事をそう言っている。
ここは……日本?
「うっわ。マジかよ……よく生きてられるな」
俺に指を指して、蔑むように言ってくる。
間違いない……この道。あの時の……
その時
「おい。ちょっと待てよ。」
誰かに行く手を塞がれた……
「あの子を……俺の彼女を傷付けて……ただで済むと思うなよ!
この悪党めッ!」
男は憎しみを込めた目で俺にそう言うと……
突然、後頭部に激痛が走った。
気づけば――
俺は頬を地面に擦り付けている。
「おい!ちょっとやりすぎじゃねえの……?」
頭が……痛い……
何があったのかは見なくても分かる。
地面に広がっていく赤い波紋を――
俺はただボーっと眺めていた。
「お前が……お前が悪いんだからなッ――」
俺の背中に容赦なく吐きかけられる罵倒。
俺は結局――皆から恨まれたままこの世を去るのか……
ならばいっそ……この世界を――
…………
……
「……トッ!
……イト!」
「…………」
「おいマイト!」
「……ふえッ⁉」
…………。
そこにはなにやら荷物をゴソゴソしている男の姿が。
「なにが『ふえッ⁉』だよ。お前も早く支度しろ。」
俺は寝ぼけながらも辺りを見回す。
そこは――
空はうっすらと白み掛かっており、辺り一面は、まるで物語でしか見たことのない広大な草原。
そう。ここは異世界だ。
何だ……夢か。
徐々に状況を把握していく……
俺はいまだボヤけた頭の中を無理矢理叩き起こす、ゴソゴソと荷物を纏めて支度を始めた。
「もうすぐ着くから、早くしろ。」
「うるせえ。どうせ今日も野宿すんだろ?」
「さすがにそれはねえよ。朝のうちに着く。」
そんなやり取りを交わしながら――
俺が準備を終えるのをセタスが見届けると、俺たち二人は再び出発したのだった……
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