3話 第二章 勇者、ここに爆誕すッ――!

「ぐあっ⁉」


ケツを蹴飛ばされ、俺は顔面から地面に張り付くようにして倒れた。


「ウゥ……ッ!」


その石畳は冷たく、俺の左頬をひんやりと冷やす。


しかしその衝撃により、口の中では何か鉄臭い匂いがジワァと拡がり、思わず顔をゆがめてしまった。


「おい。頼むからここで大人しくしといてくれよ。」


背後から掛けられたその声は、まるで俺を腫れ物に触るかのように怯えており――


ガシャァン――!


と乱暴に、鉄格子が閉まる音がしたかと思うと……


そのまま足早な足音を残して誰も居なくなってしまった。


後ろ手に縛られた両手――


俺は何とか身体をもじらせながらゆっくりと起き上がると……


そこは石造りの牢屋だった。


暗く涼しげなその部屋は、トイレと粗末なベッドしかなく、振り返ってみると入り口にはやはり鉄格子が立ち塞がっている。


「ふぐふぐッ……ふがッ――!」


縛られた両手はともかく、この口に縛られている猿轡が鬱陶しい。


これらは恐らく、俺が牢屋に入っている最中に能力を発動させまいとするためのものだろう。


これを外さないと息がし難くてしょうがない。


俺はどこか、この布をひっかけるところが無いかを探してみた。


俺が首をクルクル回して辺りを見回していると……



――あった。



木製の簡易ベッドの角だ。


俺はものすごい変な体勢を保ちながら、何とかその角に布を引っかけ、猿轡を外そうと試みる。


しかしその作業は意外に難航し、何度も何度も布が角から外れてしまい、その弾みに角で鎖骨を打ってしまったりした。……痛い。


しばらくの格闘の末、俺が何度も何度もトライしていると……


「ふぐッ……ふんッ……ふあッ…………ブハッ‼」


――やっと外せた。


「アアーッ!マジで最悪だ!」


とは言っても、完全に布を外しきったわけでは無く、猿轡を下に押し遣り、そのまま首の部分までずらしたまでだ。


「ざまあみろ!お前らがドヤ顔で巻いた猿轡を外してやったぜぃ!」


俺は一人、自分だけしかいない牢獄の中で、勝ち誇ったように叫んでみる。


俺の声は辺りを木霊しながら消えていき、何とも言えぬ虚しさだけがそこに残った。


……前世から思ってたんだが、よくドラマとかで猿轡されてるやつとか見るけど……

ぶっちゃけあれってすぐ外れるだろ。やる意味あんの?


奴らのツメの甘さを嗤いながら、俺はさらにこの場にいないあの兵士たちを挑発してみる。


「おーい!お前ら!俺今喋れるぞ!良いのか⁉呪文唱えちゃうぞー⁉」


まっ……呪文知らないがな。


「ん~⁉う~ん⁉良いのかな~⁉

唱えちゃうよっ⁉ほらほらっ、呪文……唱えちゃうちゃうよぉお~う⁉」


ガチャン――!


「ひッ――!」


正直――もはや気持ち悪いと言っても差し支えないほどの煽るような口調で一人騒いでいた所に、突如廊下の奥の方から、ドアが開く音がした。


――やばッ!聞かれた⁉


さっきまでは強気だった俺だが、いざ誰かが来た瞬間、急に心臓が高ぶりだす。


カツカツカツカツカツ――


その足音は、ただ一目散に俺の牢屋目指して歩いてきているようで、その足早な音からは何だか怒りの様子すらもにじみ出ている。


俺の身体に緊張が走った――


……絶対今の聞かれたじゃん!俺絶対とっちめられちゃうじゃん!


しかも今俺は猿轡をしていない。これも多分とっちめられ要素だろう。


俺は逃げ出すことも出来ず、只々その足音の主を待つ事しか出来ず……


俺は牢屋の入り口――右方向からだんだんと大きくなってくる足音を、固唾を飲んで見守った。


カツカツカツカツカツ――


俺は尚も、その人物が現れるであろう方向を見詰める。


カツカツカツカツカツカツ――


俺の頬に一筋の汗が流れた。


カツカツカツカツカツカツカツ――


そしてついに――


入り口の右側から……その人物が姿を現した――



「お前は……」



現れたのは……あの例の兵士――確か名前は……セタスと言ったな。


俺は現れたのが奴だと認識したとき、なぜか俺の心の中には安堵の気持ちが……


なぜだろう。自分でもわからない。


しかし――


当の本人はというと、明らかに俺に対して怒りの表情を向けていて……


やっぱりさっきの聞かれてたのか⁉


そりゃそうだ。


こいつを見た途端に安心した俺がバカみたいだ。


こいつも一兵士だ。


俺が猿轡を外して大声で「唱えちゃうちゃうよぉお~う⁉」とか叫んでたら間違いなく俺を罰しにくるだろう。


すると奴は俺の姿を認めるや否や、当然のごとく――


「お前なぁッ‼」


――と、まずは激しく怒鳴りつけた。


ほらやっぱり……


そして俺が次に出てくるこの男の罵声を待ち構えていると……



「俺……めッッッちゃッ、怒られたんだぞッ‼」



奴は俺に容赦なく怒りをぶつけてきたのだった……


……?


いや……まあ、罵倒は罵倒だったが……


なんか違う。


俺は一瞬何の事なのかが分からず、ただ口をポカーンと開けて呆けていると……


「いや、お前ッ……『こいつ笑ってるこいつ笑ってる』とか言うなよ!」


奴は鉄格子に両手を掛けながら、真下を向き――まるで訴えかけるように俺に言ってきた。


「……。」


奴は――俺の予想とは全く違うことで怒っていた為、俺は一瞬唖然としてしまい、何も言葉を発することが出来ない。


「お前さあ!あの後俺ホントに隊長に呼び出されたからな⁉

めっちゃ怒られたし!いや、マジでもうほんっとうにマジでもうめっちゃ怒られたんだぞ‼」


思うがままに怒りをぶつけてくるその様子に、俺はようやくこの目の前の奴が何の事を言っているのかを理解した。


いや、理解はしたが――


それだとますます意味が分からない。


だって、あれは違うだろ。


「いや、あれはお前が悪いじゃねえか……。」


俺は冷静に奴の言う事を否定する。


「いや……」


そして奴がまた何か言い返そうとしたところを俺が遮って言葉を続ける。


「いや、ふざけてたのは本当の事だろ?正直に言ってみ?

ほら、だってあの状況で『魔王、ここに爆誕すッ――!』ってどう考えてもおかしいじゃん?」


すると――


俺が、『魔王、ここに爆誕すッ――!』のこのワードを出した瞬間――



――奴は素早くその顔だけを後ろに振り向けたのだ――


まるで俺から、表情を隠すように。



「ほら~。もう黒じゃん。笑ってるじゃん。」


奴は声には出さねど、その肩は確実に震えていた。


「魔王、ここに爆誕すッ――!」


俺がもう一度声マネをしながら復唱してやると、奴はこちらを振り向いて――


「いやそれ面白くないから!お前めっちゃハマってるけど正直全然面白くないからな⁉」


そう言いながらも、振り向いたその顔はやはり笑ってしまっていた。


「いやお前が言い出した事だろ?実際お前も笑ってるし。」


「いや待て!違うから。ほんっとうに違うから。別にそれ自体は全くもって面白くない。

まず、俺が一回目に笑ってしまったときはな。予想以上にお前がツボにハマったからなんだよ。

『これそんなに面白かったか⁉』って思ってしまって、それでさらにあのピリピリした空気と相まってつい笑ってしまったんだ。」


「分かった!じゃあ分かった!百歩譲ってお前にとってあのワードが面白くなかったとして……



……じゃあ何で言うたん?」



俺のその言葉を受けた瞬間――そいつは少しの間動きを止めて……





「……。

…………。

……いや、俺にもわからん。」


「なんだよそれ」


俺は呆れる様に首を傾げた。


すると奴はそれでもなお弁解するように必死でこんなことを言い出したのだ。


「あ!そうだ!そう……!思い出した!

俺別にアレふざけて言ったわけじゃなかったんだよ!

お前が確か何か……『俺はこの世界を滅ぼす力で世界を救う~』みたいなことを言い出したから……その返しの言葉としてね、そう言ったんだよ。」


こいつ、めっちゃ喋るな。


「ただ・・・『お前が魔王だ』的な事を、カッコいい感じに言おうとしたら……

……なんか……う~、うん。あんな感じに……なった。

それでなんか、めっちゃ変なセリフになってしまった所を……お前がめっちゃ変な笑い方で爆笑しだしたから、ちょっとこう……俺も、面白くなったんだよ。」


と、長々と説明を終えたコイツは、すっきりしたと言わんばかりのドヤ顔を向けてくる。


……なんだよこいつ。何が何でも俺のせいにしようとしやがる。


俺はあの時の事をもう一度振り返ると、思い出したようにポツリと呟いた。


「あとお前、最後も笑ってたよな?」


俺が言ってるのは奴が最後に叫んだあの、『コイツさては発動のさせ方知らねえぞーッ‼』のくだりである。


あれはどう考えても完全に、笑ってるのを大声で誤魔化していた……


すると奴もそのことを思い出したのか――


急に飛び跳ねるように俺に指を指しながら、また何やら怒りはじめたのだ。


「あっそれ!言うの忘れてた!お前……アレが決定的だったからな⁉」


「なにが?」


急に興奮して喋りだしたせいで、何の事を言っているのかが分からん。


「隊長に呼び出された時だよ!最後のアレのせいでもう何も言い訳聞かなくなったんだぞ!」


そらそうだ。アレはもう完全に誤魔化しきれてなかったもん。


「結局その時も笑ってたじゃん。」


隊長に呼び出された話に行かれると面倒なため、俺は先にそのことを指摘する。


「いやだからさ……お前アレは不意打ちだって。

こう、いろいろやり取りがあって……もう完全に俺もあのワード忘れかけてたんだよ。

その時にまた言ってきただろ?

あれは無理だって。あれは笑ってしまうよ。

あのタイミングで、しかもお前自分で言って自分で笑ってたし……」


なんかちょっとめんどくさくなってきた……


……もうこんなやり取りばかり続けててもキリがない。


「もう分かったよっ。ごめんって!俺が悪かったから!」


俺は素直に謝る事にした。


「俺……あの隊長とめっちゃ仲悪いからな?」


……知らねえよ。んな事。


「それよりさぁ……」


これ以上コイツの恨み言を聞くのはごめんだ――俺は話題を変える事にした。


「ちょ……何だよ、『それより』って。」


俺の言葉に尚も不満を吐こうとするコイツを無視し、俺は静かな声で一言頼んだ。


「ここから……出してくれん?」


「無理」


即答だった。


「知ってる」


即答に対して俺も即答で返す。


すると奴は「あっ!」と何かを思い出したように、急に俺に指を指してきて――


「猿轡、外すな。」


――今更かよッ!


「だって……猿轡してたら……お話出来ないんだもん……。」


俺がワザとらしく口を尖がらせながらそう言うと、セタスは両手を掛けたその鉄格子に体重を掛けながら――


何でもない事のように言ってきた。


「心配しなくても処刑はされないと思うよ。」


ホントに⁉てかこいつコロコロ話変わるな……。


「え?マジで?」


急に降ってきた朗報に、俺はパッと顔を上げた。


「多分。いや、分からん。聞いたわけじゃないし。」


と思ったらすぐに奴は防御線を張ってきやがった。


「何でそう思うん?」


俺が一応その根拠を聞いてみる。俺も生き延びれるんなら一応生き延びたい。


言ってもまだこの世界に転生したばかりだしな。


「まあ、今のところはさ……アンタは自分の能力の発動のさせ方を知らない。

――みたいな事になってるけど、だからと言ってお偉方も軽々しくアンタに手は出せないんだよ。」


「なんで?」


「いや、やっぱ怖いでしょ?

土壇場の土壇場で急に呪文思い出されるかもしれないし、あんまり刺激するようなことしたら何されるか分からないじゃん。」


なるほど。要するに能力の内容が内容だけに、やはり俺を恐れてるんだろう。


奴らにとっては、俺が本当に能力の発動条件を知らないとも言い切れない。


いや……


そもそもが呪文を唱える事で発動することかどうかも分からないんだ。


だからあまり俺を追い詰めるようなことも出来ない――と、いう事か。


なるほどな……。


分かった。それは分かった……。


だったらさ――


「だったら尚更この仕打ちって、おかしくね?」


俺はジト目で奴の方を見る。



すると奴は「ハハハッ」と笑いながら……


「いや、だからお偉方は今それを話し合ってる最中なんだよ。」


なに笑ってんだコイツ!


俺は釈然としないまま軽く舌打ちをする。



その時。



ガチャン――



さっきコイツが入ってきた時と同じ方向から、ドアが開く音が聞こえた――


また誰かがこっちに来るようだ。


すると奴は途端に、さっきとは打って変ったかのように、その方向を向いて直立不動の姿勢を取った。


恐らく、奴の上司が来たのだろう。


するとやがて俺の目の前に現れたのは――


やはり先ほどの隊長だった。


隊長は俺のもとに辿り着く前に、奴に声を掛けた。


「セタスよ。何を話していた?」


コイツは尚も身体をビシッ――とさせて、いかにも兵士然とした口調で返事をする。


「ハッ。この者が猿轡を外していた為、自分が注意をしていた所です。」


こいつ、相変わらず白々しいな……。


「……。」


隊長はそんな俺の姿を一瞥すると……


「ハァ……」と一つ、ため息を吐く。



「さ、猿轡をしてるとヨダレがいっぱい出てきて気持ち悪……」


俺がとっさに言い訳をしようとした瞬間――


――隊長は俺にこう告げてきたのだ。


「勇者マイトよ。たった今、貴様の釈放が認められた。」



……え、なんだって?


その一言に、スッ――と心臓が軽くなったような感覚になり……


いや、それよりも……


「勇者……?」


俺の名前の頭に付けられたその言葉に興味が行った。


「ああ。貴様はこれより、我が国が正式に勇者として認めよう。

早速、我が国王は貴様に対し、特別任務が下された。謹んで受けよ!」



一度重荷が下りたように軽くなった俺の心が――


――今度は軽やかに飛び跳ね、踊りだしたのだ。



「お、おおおッ‼マジか⁉マジでか⁉

勇者なの?俺、勇者なの⁉

だったら早く俺の両手縛ってる縄解いてくれる⁉さっきから耳の裏かゆい!」


俺は大喜びで、まるでキョンシーのようにピョンピョンと飛び跳ねる。


俺は無事、処刑されずに済んだどころか、これから勇者らしいことが出来るわけだ。


ふと俺がセタスの顔を見ると――


奴は隊長には見えない位置から、俺に対して。



「な?」って顔をしてきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る