4、ヤマト姫

 峠を西へと越えた。

 大きな半島の付け根を横切って再び海に出た時、この海岸線に沿って半島の西を北上すればあの懐かしい山に行けるはずだということをイェースズは思い出した。

 その山とはモーセの神霊と遭遇した宝達ポーダツの山だ。しかし今回はそこへは寄らず、ひたすら西に進むことにした。

 海岸沿いに半島とは反対に進むと、かつてイェースズが十八歳で初めてこの国に来た時に上陸した地点を通過するはずだ。だがずっと平凡な海岸線が続き、十数年前の記憶ではここと断定できる場所はなかった。だいたいこのあたりだろうかと思う場所はあったが、イェースズは少し気に止めただけで西への旅を急いだ。

 何日か泊りを重ね、断崖絶壁の遥か下で波が砕けるような海岸も通過した。たいていは野宿だったが、すでに夜でも寒いという季節は過ぎていた。

 たまには村に出くわすこともあり、そこを通過すると誰もがイェースズを支配階級の大人ウシとして接したし、賓客級のもてなしを受けることもあった。ただ、本当の大人ウシであるエフライムのユダヤ人はここでは誰でも顔に入れ墨をしているとのことで、イェースズの顔にそれがないことをいぶかる人もいた。

 そうして進んで行くうち、トト山を出てから八日目、海岸に近い小高い丘の上から湾となって入り組んでいる海の向こうにイェースズは不思議なものを見た。湾の中に細長い堤のようなものがあってそれが海の一角をふさいでいる。近づくにつれ、それが緑の繁った自然の堤であることがわかった。それはまさに絶景だった。やはりここでも、一種の神々こうごうしさを感じずにはいられなかった。

 そこに野宿して、翌朝からイェースズは海岸線と分かれて南下した。最初からそう決めていたわけでもなく、またここから南下しなければならないといういわれは何もなかったのだが、要はイェースズがそう思ったのである。神と直結する己の身魂を知った時、己の思惟はそのまま神の声となり、そうなるともう何をするにも自由だった。自分にス直になる事が、自然であり至善なのだ。

 今度は道は山道となり、海沿いと違って歩くのにかなり骨が折れたが、イェースズにとっては物の数ではなかった。

 そうしてまる一日歩いたその日の夕刻に小高い山々の間を縫うように分け入って行った後、ふとある山間部にイェースズはものすごい霊圧を感じた。その中央はどこにでもあるような一面の水田で、山に囲まれてひっそりとたたずむその空間には建物らしきものはなかったが、イェースズの足はまた自然とその谷間へと向いていた。

 すると、まだ低地の水田に着かない山道の中で、草むらから多数の男が飛び出し、イェースズを囲んだのである。彼らは皆、手には石の斧や矢尻を持っている。

「ヤマトめ! 何しに来た!?」

 男の中の一人が、そう叫んだ。イェースズを大人ウシと崇めないことからも、また異文化圏に来てしまったのかもしれない。そもそも、大人ウシに支配される人々をヤマトと呼んでいるのは、イェースズが今暮らしている日高見ヒダカミの国と同じである。

「ちょっと待て。私はヤマトびとではない。海を越えた遥か西の国から来たんだ」

「海の向こうの西? それこそヤマトではないけ」

「いや、違う。もっともっとずっと西だ」

「じゃあ、カラの地け?」

「もっとずっとずっと西だ」

「なに? まさかカンの国け?」

 カンとはハンのことらしい。

「違う。もっともっと西だ」

「そないな所に国があるけえ!」

「それがあるんだ」

 イェースズは落ち着いており、微笑みさえ浮かべていた。それでも彼を囲んでいた男どもは、その輪を次第に縮めてきた。

「いいかい。私の顔をよくごらん。あなた方の言うヤマトびとのような入れ墨があるかい?」

 そのひと言は説得力があったが、それでも男たちは完全に納得したようではなかった。

「んなら、この村に何しに来ちゃったんけ?」

「村?」

 そう言われても、見わたす限り家など一軒もない。ところが、男たちが山の中腹から出てきたことに、イェースズはひらめいた。

「もしかしてあなた方は、山の中に住んでいるのかね?」

 かつて大陸で、建物の家ではなく穴に住んでいる民族に出くわしたこともあった。ここの村もそれと同じように、人々は穴居あないに住んでいるのかもしれない。

「んだ。そんなの常識だがね。いや、それを知らんちゃったということは、もしかして……」

 真ん中のいちばん大柄な男が首をかしげた。それが、イェースズがヤマト人ではない一つのあかしともなるようだった。

「あの森に」

 イェースズは何気なく、水田の脇のこんもりとした山を覆っている森を指差した。霊圧はその森から発せられているのだ。ところが男の表情は、再びこわばった。

「やはり、ヤマト人じゃないか。あの森が目当てなんだろう!? さてはあの森をつぶしに来たな」

 また一つ、包囲の輪が狭まった。誰もが殺気立って、今にもイェースズに飛びかからんばかりだった。ついに一人の男が叫び声とともに、イェースズの頭目がけて石斧を振り上げた。

「お待ち!」

 悲鳴のような怒号が、谷間の空間を引き裂いた。年配の女性の声だった。男たちの動作は、そのひと声でまるで呪文でもかかかったかのようにピタッと止まった。

 イェースズは息をのんで、声がした方を見た。すると長い髪に白い衣の中年の女が、静々とこちらに歩んでくる。その赤い顔は、まぎれもなくユダヤ人だった。

「ヤマト姫様!」

 男たちは一斉に向きを変え、その女の方へとひざまずいた。イェースズが何が何だかわけが分からずに呆然と突っ立っていると、ヤマト姫と呼ばれたユダヤ女性はイェースズのそばまで歩み寄り、笑顔を作った。

「シャローム! あなたを、お待ちしていました」

 流暢なヘブライ語だった。年は決して若くはないが、かつてはたいへんな美人であったであろう面影は残っている。

「こちらへどうぞ」

 イェースズがまだ何も答えないうちにヤマト姫はもう背を向けて歩きだし、そのままイェースズが霊圧を感じた森に入り、鬱蒼とした木々が茂る石段のある道を登って行った。

 ヤマト姫という女性のあとについて森の中を山の上へと登るたび、清浄な霊圧と光圧をイェースズは全身に感じていた。ヤマト姫の歩く背中には、声をかけるのが憚られるような毅然さがあった。

 やがてかなり登ったところで木々が開けた。

「おおっ」

 と、イェースズは思わず声を上げていた。そこには巨石が林立し、それを縄でくくった磐座いわくらが出現したのだ。

 巨石群は決して規則的に並んでいるわけではないが、その全体から清浄の気が漂い、光圧がぶつかってくる。しかもイェースズの霊眼には、燦々と高次元エネルギーがそこから発せられているのが見ていてまぶしいくらいだった。

神籬ひもろぎです。天照大神あまてらすおおみかみ様と、大国魂おおくにたまの神様をお祭り申し上げています」

 厳かに、ヤマト姫はそう説明する。思わずイェースズはかしこまり、二拝三拍手で参拝をした。それを終えて立ち上がるイェースズに、ヤマト姫は目元に笑みを寄せて先ほども言ったのと同じ言葉を言った。

「あなたが来られるのを、お待ちしていました」

「なぜ、私が来ることをご存じで? しかも待っていたとは?」

 ヤマト姫は落ち着いた態度で、ゆっくりと言った。

「御神示があったのです」

「御神示って、こちらにお祭りしている神様から?」

「はい。これからここを訪ねて来るイスラエルの子に、すべてを聞けと」

「そんな、すべてを聞けって、いったい私に何を聞くんです? 私の方こそ、聞きたいことがたくさんあるのですけどね」

「そうそう、先ほどは村人が失礼を致しました」

 急に話題を変えて、体の向きを少し変え、年配のこの姫は視線を右前方に向けた。そこには、高床式の建物があった。イェースズもちらりとそれを見てから、姫に目を戻した。

「ここは、何という国なのですか? そして、あなたはいったい?」

「ここは、クナトの国の一部です」

 クナトとはまだヤマトの勢力の及んでいない国だと、確かミコは言っていた。それでイェースズを見て村人たちが襲ってきたのも納得がいく。だが、謎なのは目の前の姫だ。自分と同じイスラエルの民の顔つきである。しかも村人はこの姫をヤマト姫と呼び、崇敬しきっているようだ。

「ここはクナトの国のはずれで、国の中心はもっとずっとずっと西にあります。そこに行くにはまだ七日以上は歩かなければなりません」

 クナトの国というのは、かなり広い範囲のようだ。

「さらにヤマトへはクナトの中心から西へ十日あまり。小さな海峡をはさんだ別の島に、ヤマトの中心地はあります」

「あのう、あなたはヤマト姫って呼ばれていませんでしたか?」

 姫は、少し笑みを漏らした。

「ここへ来た時は、ちょうどあなたと同じように私もヤマトびとだと思われて、それでヤマト姫って呼ばれているんですけど」

「あなたはヤマト、つまりエフライムの人ではないのですか?」

「私はエフライムではなくて、代々レビ人の血を引く家の娘でした」

 レビ人とは、イェースズの故国では神殿で神に仕える祭司たちのことだ。

「それでここの神籬ひもろぎをお祭りしているんですね?」

 すると、このやしろの巫女のような存在であろう。そこで意を決してイェースズは、自分のことを述べることにした。

「私は、ダビデの国から来ました」

「あの、伝説のダビデ王?」

「西の果てです。私の家系はユダ族です」

「あなたもヤマトのエフライムではないのですね」

「はい。今はあなた方がいう日高見ヒダカミの国に身を寄せています。本当は荒吐アラハバキの国っていうんですけれど」

「日高見の国って、いい響きですね。ヤマト人はエミッシュとか言ってますけど」

 エミッシュとは、シュメール語で野蛮な人という意味になる。

「ひどい。蛮族扱いだな」

 イェースズは苦笑したが、ヤマト姫は真顔だった。

「でも、日高見の国とクナトが、最後までヤマトに対抗する勢力になるでしょうね。それは、この国の正しい歴史を守るということですから」

 それは全くその通りだと、イェースズは思う。だが、その話よりも気になるのは、何かを自分に聞けという御神示が降りたのかということだ。

「ところで、私に尋ねたいことって何なのでしょうか」

 姫は首を廻してあたりの様子を何気なく伺いながら、そっと答えた。

「今、この地方は災害が続いて、作物もほとんど取れなくなっている状況なのです。それをどうしたものかとずっと神様におすがりしていましたら、やっとご託宣があったのです。それが、あなたに聞けということでした」

 そう言われて、イェースズは神籬ひもろぎに目を向けた。この女性の神に仕えるという立場や、自分に災害や凶作のわけを聞けという御神示の内容から、これは神祭りの誤りに関する御戒告なのではないかと思ったからだ。

 しかしいくら神示しがそうだからといって、いきなりそれを切り出すのも不躾ぶしつけだと思ってイェースズが言うのをためらっていると、

「あちらのお部屋でお休みになりませんか? お話はその後でも」

 と、姫の方から誘ってくれた。イェースズはそれに甘えることにした。

 

 イェースズはそこでしばらく休んでから、早速ヤマト姫に気になっていることを聞きだした。

「こちらの磐座いわくらですけど、お祭りしているのはたしか?」

「はい、先ほども申し上げました天照大神あまてらすおおみかみ様と大国魂おおくにたまの神様ですけれど」

「つまり、合祀とういうことですね?」

「はい」

「それだ」

「はい?」

「御神示は天照大神様からの御神示だったのですね?」

「そうです」

「その天照大神あまてらすおおみかみ様は、本当は天照皇大神あまてらすスメおおかみ様と申し上げるのでは?」

「ええ、正式には」

 イェースズは急に真顔になって、何かを考えているようだった。

「実は災害も凶作も、たいへん失礼だが神祭りに関係ありますね」

 姫の瞳は刺すように真剣になり、イェースズの次の言葉に全神経を傾けようとしていた。イェースズは、ゆっくりと口を開いた。

天照大神あまてらすおおみかみ様は女神様で、超太古にこの国で世界を統治されたスメラミコト様、つまり肉身を持たれた現人神あらひとがみ現津神あきつかみ様なんですよ」

「はい。存じております。もっと正しくは皇統第二十二代、天疎日向津比売天皇あまさかりひむかつひめのスメラミコト様と申し上げるんですけど、それが正しい歴史です。ヤマト人たちは、その正しい歴史を抹殺しようとしているわけですから、私がここで天照大神様のお社を守っているんです」

「その天照大神あまてらすおおみかみ様は天照皇大神あまてらすスメおおかみ様ですよね。ところが大天津神様の「天照日大神あまてらすひおおかみ様」は天神第七代の神様で、肉体をお持ちになったことはなく、それに男神様で格が断然違います。この大神様が神霊界にお帰りになったのは、今から年数にして何十億の単位がつくほど昔のことで、私の国の創世記ベレーシスで、七日目に休まれた神様なのです。お名前は似ていても、厳とタテ別けしなければならない」

「はい」

 うなずきながらも、姫はまだイェースズが言わんとしていることの真意が分かっていないようだった。

「そこで、大国魂の神様は「天照日大神あまてらすひおおかみ様」のトト神様、実際のこの大地と人間をお創りになった国祖の神様、創世記ベレーシスの天地創造の、六日目の神様、その神様の直系の御子孫神なんです。ですから天照皇大神様とは格が違うんですよ。その格が違う神様を合祀したりしたら、どうですか? 肩身が狭いではありませんか」

 ハッと気づいたように、ヤマト姫はイェースズを見た。

「姫様、いいですか? 災害も凶作も、そのことを告げようとなさる大神様の型示しであり、戒告ではないでしょうか?」

「でも、それではどうすれば」

「天照大神様に、どこかにお遷り頂くしかないでしょうね。神霊界は秩序正しきタテ別けの厳しい世界ですからね」

「でも、お遷り頂くとおっしゃいましても……」

 姫はそれきり黙った。

 

 翌日の昼過ぎ、イェースズは一人で森の中を散策した。森は磐座を中心として山全体に広がっていた。

 歩きながら、イェースズは考えていた。昨日、天照大神様をお遷し申し上げるべきだなどと言ったが、ではどこにというと具体的にはまだ言えない。

 だが、イェースズは自分の言葉に自信があった。自分の言葉は、もはや彼の境地に達すればそれがそのまま神の声なのだからである。だから何の不安も心配もなかった。内なる神がすべてを教えてくれる。

 その時もパッと木々の間から木漏れ日がさし、急に周りが明るくなると、

「あっ」

 と何かに気づき、イェースズは小さく叫んでいた。それと同時に背後から、

「あの、もし」

 と、声をかけられた。振り向くと、ヤマト姫だった。その顔を見ると、イェースズの方から笑顔で話しはじめた。

「昨日申し上げたことですけど、お遷しするのにいい土地があります。ご案内しましょう」

 本当ならイェースズにとっても初めての土地なので案内もへったくれもないはずなのだが、イェースズの案内は神様がして下さるのである。さらには、ミコが言っていた新たにフトマニ・クシロを張るべき地というのが、その遷宮の場所としてふさわしいはずだと理解していた。

 それから数日、イェースズはこの森に滞在し、依代よりしろを神呪で調整してヤマト姫とともに分霊の神事を執り行った。お遷しすべき御神体は、天疎日向津比売天皇あまさかりひむかつひめのスメラミコト、すなわち天照大神の御神骨石像である。ほかにもう一つ、人々が恭しく扱っている神宝もあった。

 いよいよ出発の日には、村人たちが山腹の穴居から出てきて総出で見送りに来た。それに対してヤマト姫は、

「この今の磐座は、あなた方がしっかりとお護りして下さいね」

 と、力強く言った。それは姫がもうこの地には戻らない覚悟であると人々に受け止めさせるもので、それだけに人々はどよめいた。ただ、イェースズと姫だけで御神体のお供は心もとないので、姫は村人の中から同行を希望する三人を供につけた。

 そしてイェースズも人々に、ひと声かけた。

「皆さん、この磐座を私からも頼みます。この大国魂の神様は皆さんのクナトの国にも御神縁が深い神様で、この神様の御子孫神が肉体神として、やがて皆さんのクナトの国にお出ましになることをお伝えしておきます」

 それから笑顔だけ残して、イェースズ一行は穴居だけの村をあとにした。

 

 出発して一行は、南東へと進んだ。泊まりを重ねて早朝に出発した時などは、ほぼ太陽に向かって進むことになり、

「太陽の神様の天照大神様をお祭りするのに、ふさわしいですわ」

 と、ヤマト姫は嬉しそうであった。

 道は山また山の山間部を縫って進んでいたが、たまにわずかな平地もあった。ヤマトや日高見ならそのような平地はさしずめ水田で覆い尽くされているだろうが、このあたりではただの原野だった。集落はほとんどないといってよかった。そして、出発してから三日後に、一行の前に巨大な湖が横たわった。こんな狭い国土なのに、実に変化に富んでいる。たった三日で、も全く景色が違うのだ。

 彼らは大きな湖の最南端にいるようで、北に向かって湖は広がり、遠くは水平線になって見えるほど巨大なものだった。イェースズがこの霊島ひじまの国に来て、初めて見る大きさだった。

 ガリラヤ湖よりもはるかに大きい。左右の幅は同じくらいだが、ずっとずっと奥行きが深くて細長いようだ。北に行くにつれて広がるのはガリラヤ湖と同じだ。

「こんな大きな湖が」

 と、ヤマト姫も驚いた様子で、イェースズの隣に立って湖水を見ていた。だがイェースズの霊眼は、ただの風景を見ていなかった。

「ただの大きな湖じゃありませんね」

 彼自身がそう言った通り、イェースズは懐かしさが込み上げ、ものすごい因縁を感じていた。

 それはかつてうしとら真主マスの湖、そしてトー・ワタラーの湖に感じる神秘と同系列のものだった。そしてイェースズの高次元の意識が、瞬時に総てをサトッた。

 この湖こそ、国祖の神・「国万造主大神くによろずつくりぬしのおおかみ様」が御隠遁なさる時、その龍体をお沈めになった湖に違いなかった。

 湖を離れ、さらに南東に進むと、道は丘陵地帯へと入っていった。森の中を草をかき分けて進むことも多かった。

 昼間はぽかぽかと陽が照り、ややもすれば汗ばむ陽気となっている。空の青さもどぎつく、浮かんでは流れていく雲のかたまりの白さを際立たせる。山では新緑が一斉に芽を吹いて、風もさわやかに肌をなでていった。

 いくつかの峠を越えて、やがて彼らは潮の香りをかいだ。峠道から少しばかりの平坦な土地に降りると、行く手に展開する海が見えた。

 今は湾の奥にいるようで、海に向かって左右とも陸地が突き出し、夕日を受けて金粉をまいたように穏やかな海面はきらきらと光っていた。そしてその美しい光景に目を細めたイェースズだが、旅はまだ続くであろうことをヤマト姫に告げていた。

 そうして海に向かって右手の方向にさらに南東へ進み、大きな川の河口近くの平地に到達した。

 あのヤマト姫と初めて会った場所を出発してから、ちょうど七日目であった。

 その時イェースズは、新しい宮はこのあたりに祭るべきだと思った。ヤマト姫にもそれを告げると、姫も同じことを感じているということだった。

 そこでイェースズとヤマト姫は、その土地で新宮の場所を捜し求めて歩いた。そして、川を少しさかのぼった台地の上に、清浄なの森を彼らが見つけた時、

「あ、ここです!」

 と、突然ヤマト姫は叫んだ。平地が丘陵地帯に指しかかる境目のようなところだ。

「今、御神示が降ったようです。胸の中で声がしました」

 イェースズの霊眼は、それが本当であることをすぐに察していた。その神示の内容も分かっていたが、あえて、

「どういう御神示ですか?」

 と、聞いた。

「この国は常世の浪の重浪帰しきなみよする国なり。傍国かたくに可怜うまし国なり。この国に居らんとす」

 それは二人の会話で使われているヘブライ語ではなく、それだけをヤマト姫はこの国の言葉で言った。イェースズも感嘆の声を挙げ、早速同行している村人たちに新宮の地の決定を告げた。そしてその地に手をかざし、神の光を放射して霊界を浄めていった。


 それから数日の間、森の中に新たなみあらかを造る槌の音が響いた。その神殿は磐座ではなく、全くユダヤ式の聖書トーラーの時代にあるような幕屋の神殿だった。すべてが、ヤマト姫の指図のようだ。レビ人の血にはかなわないと、イェースズは思った。しかもエルサレムの神殿でえらそうに踏ん反り返っているレビ人よりも、遥かに純情なレビ人だと思われた。

 数日後、新宮の完成と遷座のため、御神前に一行は集まった。何事かと出てきた近隣の村人たちにも、姫が趣旨を説明した。すると皆は、

「そりゃあいいことだ。この村に神様が来なさる」

 と、大喜びだった。姫が連れてきた人々が、遷宮を言祝ことほぐ歌を歌い出した。驚いたことに、それはヘブライ語だった。イェースズは歌を聞きながらちらりと横目でヤマト姫を見ると、姫はまるで若い女性のようないたずらっぽい笑みを浮かべてイェースズを見た。

 

 ササヤハエ トコシェルヤハエーヨナハン アレルヤ アレルヤ

 コレ ワ イシェー コーノナギイドゥーモーシェ

 (汝ら、喜び悦べ 主は敵を海に投げ入れた 主は哀れみ深きお方 主を賛美しよう

 主は人々を召し出して救われる 主はモーセを立て導かれる)

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