7、終末預言~娘十人・タラントの譬え

 やがて季節は春を迎え、プリムの祭りの日も近づいてきた。

 それはすなわち、春の到来をも意味していた。しかし実際は、まだ風は冷たい。人々はひと月後の過越すぎこしの大祭の準備で慌しくなり、それによってのみ春が近いことを実感できた。

 プリムの祭りとは「エステル記」の中の出来事に由来する。「プリム」とは「くじ」という意味で、この頃から五百年ほどさかのぼったペルシャのアハシュエロス王の時代にハマンという大臣がユダヤ人の皆殺しの命令を出したが、ユダヤ人の娘である王妃エステルの直訴でユダヤ人が救われたことを記念する祭りである。

 この日イェースズも使徒たちとともに、ベタニヤの会堂シナゴーグに向かった。この日に朗読されるのは「エステル記」全巻の巻物メギラーと決まっており、日没から始まって翌朝にもう一度朗読は行われる。

 イェースズたちが参列したのは、朝の朗読の方だった。群衆に混じり、狭い会堂の中でイェースズは朗読に聞き入った。


「彼の名は消えろ! 悪人の名は滅びよ!」


 と、人々は時々、声をそろえて叫ぶ。朗読箇所の中に「ハマン」という名が登場するたびに、皆でそう叫ぶのが慣わしなのだ。

 集会が終わって人々はぞろぞろと会堂シナゴーグから出てくるが、実はこの後が楽しみなのだ。もともとハマンがくじによってユダヤ人一斉虐殺の日と定めたその日がハマンの終焉の日になったわけで、「悩みが喜びに変わった日」として彼らは直会なおらいに移る。すなわち、どの家でもうたげとなる。また、この日は貧者への施しをする風習もあった。


先生ラビ、私たちも施しに行きますか?」


 会堂シナゴーグからゼベダイの家への帰りの岩場の道を歩きながら、トマスがそうイェースズに聞いてきた。


「そうだな。でも我われの場合、今日この日だからといって施しをするという偽善者と同じ想念ではいけない」


 イェースズはそう笑って答え、さらに歩きながらしゃべった。


「いくらその日の糧を施したとしても、彼らは時間がたてばまた空腹になる。だから、本当は食物を与えるだけでなく、その人が二度と空腹にならないように仕事につかせてあげるというのも恵みだ。さらにあなた方は物質だけではなくて、人々に光を与えることができるだろ。つまり聖霊の洗礼を施してまわるという使命がある。今日だからということではなく、今日を機にということで、また近隣の村へ二人ずつ組んで行ってくるといい」


 使徒たちが明るく返事をしていると、イェースズの背後にまた何人かの人が近づいて来ていた。見ると、また律法学者だった。


「これはこれはラビ


 と、イェースズは立ち止まって、丁重に挨拶をした。


「このような所であなたを見るとは奇遇ですな。あなたも人々からラビと呼ばれているのなら、我われの仲間だ。どうですかな。あなたを今日の祭りの宴にご招待したいんだが」


「分かりました。参りましょう」


 イェースズの答えに、使徒たちは耳を疑っているようだった。家の所在地と時刻を告げてから学者たちが去った後、待ち受けていたかのようにペトロがイェースズに食ってかかった。


先生ラビ、本気なんですか? あんなの罠に決まっているでしょ。前にカペナウムでも学者の家に招待されたことがありましたけど、今はあの時とは状況が違うではないですか」


「そうですよ!」


 ヤコブもペトロと反対側から、やはりイェースズに詰め寄った。


「やつらは今は、何とか口実をつけて先生ラビを捕らえようとしているのですから。本当にこの村に住む学者なのか、あるいはエルサレムからつけてきたのか、それさえ分かりゃしない。あんなニコニコ顔、嘘っぱちですよ」


「まあまあ、そう言わずに」


 当然のことイェースズも学者の内に秘めたどす黒い想念は見通していたが、あえてそれは言わなかった。そこへ、熱心党ゼーロタイのシモンも首を出した。


「毒でも盛られたら、どうします!」


 イェースズはまた高らかに笑った。


「いくらなんでもモーセの教えを奉じている方たちだ。そこまではするわけがない」


「あ!」


 と、小ヤコブが声を上げた。


「今日の夕暮れから、安息日じゃないですか」


「大丈夫だよ」


 それでもイェースズは笑っていた。

 

 イェースズは日が暮れる前の指定された時間に、単身でベタニヤ郊外の示された家に行った。同行をせがむ使徒の何人かも、説得しておいてきた。そして学者の家に着くと、ちょうど日が暮れた。イェースズが中に入ると、もう準備はできていた。日が暮れて安息日になってしまったら準備はできなくなるので、早くから支度をしていたようだ。

 誰もが入ってきたイェースズを注視した。イェースズは部屋を見回し、冷たい空気から目をそらして庭に目をやると、そこには明らかに疱瘡を患っていると分かる少年が座っていた。

 イェースズはすぐに、わざわざ学者が連れてきた少年であると感知した。そして学者の思惑も、すべて読み取ってしまった。だから、先手を取って微笑みながらイェースズは言った。


「安息日に病の癒しは、していいでしょうか、いけないでしょうか」


 学者をはじめ、居合せた人々は皆黙っていた。イェースズはすぐに庭に出て、少年に向かい会って座った。それから慈愛の笑みを少年に向け、まずは背中の下の方に左右から手を当てた。霊流がほとばしり、少年の霊体を貫いた。そして体の毒素をすべて排出させ、少年は癒された。

 イェースズは部屋に戻った。中にいてすでに足を投げ出して横座りに座っていた人々が起き上がって何か言いかけたのを、イェースズは手で制した。


「まあまあ、そんなに血相を変えなくてもいいじゃないですか。皆さんはご自分の子供が井戸に落ちても、その日が安息日だったら『今日は安息日だから』と言って助けもしないでいるのですか?」


 もはや誰も何も言おうとせず、苦虫を噛み潰したような顔で再び足を投げ出して横になった。イェースズは入り口に近いところに席を取り、腕で上半身を支えて横になってしばらく黙っていた。終始沈黙は部屋を支配し、冷たい空気はますます冷たくなった。

 後からも何人か来たが皆律法学者のようで、彼らはイェースズにあいさつもせずにその背後を通ってどんどん上座の席を埋めていった。イェースズは黙って、その様子をじっと見ていた。そしてしばらくしてから少し体を起こして、沈黙を破った。


「あなた方はね、もし婚礼に招かれたら、先に上座に座らない方がいいですよ。もっと身分が高い方が、あとから来るかもしれませんからね。そうしたら、ばつが悪いでしょう? もし自分が最初に来たら、まずは末席にいた方がいいですね。もし本当に上座に座るべき人が自分だったら、嫌でも主人が上座へと勧めてくれるはずですから」


 そこへ、イェースズを招いた本人の学者が現れた。


「さあ、どうぞ召し上がれ」


 そしてそこしか空いていなかったので、彼はイェースズの隣りの末席にイェースズに背を向けて横になった。

 皆、無言で食事を始めた。今日は祭りのあとの日とあって、どこの家でも宴でどんちゃん騒ぎをやっているはずだが、この年はその宴の日が安息日になってしまったので、騒ぎは少ないだろうとも予想された。

 それにしても、気味の悪い宴会だった。それでもイェースズは笑顔をつくって、首だけ振り向く形で、自分を招いた学者に言った。


「本日はお招き頂き、有り難うございます」


 振り向いた学者に、イェースズはさらに笑顔を見せた。


「人を招く時は、見返りは期待しないことですね。神様の食卓がそうですから。それと同じように、神様の御用をさせて頂くという時は、一切報いは求めないという想念が大切ですよ。神様は無償の愛で私たちをお創り下さって、生かせて下さっているわけですから報いは求めないで一心におすがりし、お仕えすれば、やがては求めずとも与えられる人に切り替わっていく」


 イェースズのそばにいた別の学者は、杯を置いた。今度はイェースズがぶどう酒の入った杯を挙げた。


「神の国の食卓に招かれたものは幸い」


 そして、同席の人々を見渡して言った。


「神様もお金持ちの婚礼のように、多くの人を招いているんですよ。でも招かれた方が仕事が忙しいなどと口実を言って、それを断っている。そこで招いた主人は町へ行って誰でもいいからつれてこいと言って、結局その婚礼に預かられたのは、あなた方パリサイ人が決して招かない貧者や罪びとだったんですね」


 再び刺すような空気が、室内にピンとはりつめた。


「招かれているのに、神の国の食卓につけない人は多いんですね」


 イェースズはそれだけ言うと、飲み食いを続けた。同じ雰囲気のまま、不気味な宴は続いていった。

 

 それから数日後のある夜、イェースズはゼベダイの家の窓から暗い外を見て、ひとつため息をついた。もう過越の祭りまで、もうひと月を切ってしまった。このみ祭りの頃に自分の身に何かが起こるということを、イェースズには嫌というほど分かってしまう。

 使徒たちはまだ心もとない。自分の教えをまだ理解しきっていないようだし、また彼らには奥深い神理の世界のカケラしか語っていない。今の自分には、それしか許されていないのだ。

 もしここで自分がいなくなったりしたら、使徒たちは、そして人類はどうなってしまうのだろうかとついつい思ってしまう。そう考えると、自分に与えられた聖使命に対する自分の至らなさ、神への申し訳なさに自然と涙があふれてくるのだった。

 自分には枕するところがない。人々は笛吹けど踊らずだ。遅いぞ、間に合わんぞという神のお叱りが心の中に響いてくるのを、イェースズはただただ感じていた。

 そして、もはや猶予はできないと彼は思った。何かが起こるであろう過越の大祭が近づきつつある今、神の御経綸と天意転換の秘めごとの一部を、使徒たちに公開せざるを得ないだろうと決意したし、それが神様のみ意であることをひしひしと感じていた。

 

 翌日イェースズは、使徒十二人全員を連れてエルサレムに上った。いつものように、まずは神殿の見える例の広場で人々に教えた。するとある若者が、群衆の中から出てきてイェースズの話をさえぎった。


先生ラビ、どうしてもお聞きしたいことがあるんです」


「何でしょう」


 イェースズは不快な顔はせず、ニコニコして若者の目を見た。


「実は昨夜一晩中、律法学者のラビに説得されていたんです。私が小さい時からお世話になっていたラビでとてもいい人なんですが、そのラビが目に涙を浮かべて心配してくれたんです。私が先生ラビの話を聞きにいっていることをです」


 歯に衣着せずに言う若者だけに、かえって痛快であった。イェースズは微笑んだまま、尋ねた。


「私のこと、何て言っていました?」


「はい、言いにくいんですが、そのラビのお言葉では、『ガリラヤのイェースズというのはもともとヨハネ教団の幹部だった男で、だからこの集団はエッセネ系の危険な集団だ。エッセネ教団から分裂したのがヨハネ教団で、さらにそこから枝分かれしたのがイェースズの教団だ』って言うんです。そして、そういった事実をすべて隠蔽して人々を騙している。とにかく最近の新興宗教は奇跡とか病気治しで人々を集める特徴があって、そこに物が豊かになっただけに精神的に枯渇している若者が、より精神性を求めて流れ込むんだということでした。『ガリラヤのイェースズがやっている奇跡のわざは昔からある魔術で、それをさらに神秘的に位置づけることで自分たちの優位性を証明しようとしている。何かをされると思い込むことによってそれがその通りになるという効果を含めて、ある程度の効果はすでにある。だから、奇跡は信者獲得のための手段としてはとても都合がいいといえる。そこに霊による障害だのをからめて若者の勧誘に用いているのは、悪質としか言いようがない。非常に奇跡にこだわって現世利益を説いておきながら、それは本来の教義とは正反対のものであるという矛盾だらけだ』、そんなふうに言って、アーメン教には気をつけろということでした」


 そこまで一気に若者はしゃべって一息ついた。アーメン教とは、イェースズが説法する時いつも、「真にアーメン真にアーメンあなたがたに言っておく」で話しを始める口癖から、陰でひそかにイェースズの信奉者たちが呼ばれている呼称でのようだ。若者は、さらに彼の師の学者の話を続けた。


「よくできた詐欺は、詐欺と気付かせない。だから知識情報なしにのこのこついてけば、必ず騙される。だいたい心配性の人や取り越し苦労をする人、こうでなければならないと思い込んでいるまじめな人、孤独な人や話の合う人がいない人、霊魂、生まれ変わり、超能力などが好きな人、自分に不満を持って変わりたいと思っている人、こういう人たちがすぐに騙されるってラビは言うんです。考えてみれば、私もその中に入るんですよね。それをどうやって騙すかというと、『不安感を与え、“やたらあなたのお気持ちはよく分かります”と言って簡単な解決法を勧める』ものだそうです。つまり、ガリラヤのイェースズのアーメン教の実態は、信心すればご利益があるというご利益信仰であり、現在は過去世の因縁によって決定しているということと説き、この人は絶対だという生き神信仰で、神秘体験、超能力、霊能力などのいわゆる超常主義的な集団だと言うんですね。ともかく人の不安や恐怖につけこむ集団がまっとうなはずはないって」


 さすがにペトロが前に出てその若者を止めようとしたが、イェースズはそれを手で制した。


「いいから、続けて下さい」


「はい。そのラビが言いますには、ガリラヤのイェースズは不幸現象を霊魂や神のせい、あるいは自分の過去世のよくない行為のせいにしているけど、そんなの本当かどうか確かめようがないし、そんなこと言われてもどうしようもない。教義も聖書トーラーとか引用しているけど、すべて自分に都合のいいように上手にこじつけて故意に湾曲して伝えていおり、その解釈はでたらめだ。そもそもガリラヤのイェースズはそのでたらめな理論を自信満々に説くが、それは一度騙された人は非常識ででたらめな論理を自信満々に言われると、世間の常識と言っていることのでたらめさとの差が大きければ大きいほど逆につい信じてしまう心の癖がつくからだ。そもそも本来の信仰では奇跡はおまけにすぎないのに、そのおまけの部分にこだわって本質である教義はそっちのけ、その本質に矛盾があっても信者たちは目をつぶってひたすら祈る、それが信仰であるかのように勘違いしている。そんなのを信奉するのは、依存心が旺盛だからだ。自分をしっかり持たないと一生を棒に振るぞと、そういうふうに長々と一晩かけて説得されていたんです」


「そうですか。その学者先生は本気であなたのことを心配している。まずは、そのことに感謝しないといけないね」


 それからイェースズは顔を挙げて、再び群衆を見た。


「今のお話、皆さんはどうお考えになりますか?」


 呼びかけられた群衆は互いに顔を見合わせてどよめいているだけで、発言するものはなかった。そこでイェースズは、話し続けた。


「私の教えは彼らパリサイ人が言うアーメン教というような一宗一派の新興宗教ではなく、宇宙の根本原理を説いているということは、長く私の話を聞いてそれを生活の中で実践されている方ならお分かり頂けるものと思います」


 人々はまた静まり返り、イェースズの声に耳を傾けた。


「ましてや病気治しが目的のご利益信仰ではないことは、再三お話してきた通りです。いいですか? 肉体的な病も癒せない教えで、どうして高次元の霊的救いができましょうか。現に学者さん方や祭司さん方は病気をしたら医者に行き、クスリを飲んでいるではありませんか。そんなのは対処療法で、原因療法ではないんですね。火事場の目隠しと同じでしてね、目の前で自分の家が盛んに燃えている。そこへきて後ろから目隠しをして、『ほうらもう火事は見えなくなったから火事なんてないんですよ』と言っているのに等しい。病気も不幸もあらゆる現象も、すべて霊的原因があることを知らないといけない。霊界とこの世は表裏一体の陸続きなんです。だから、霊的に目覚めることが大切なんです。そのためには物質主体の想念を百八十度転換して霊主の想念に切り換え、古い自分を捨てて霊的に新しく生まれ変わることが大切なんです」


 イェースズは一息入れ、また群衆に笑顔を見せた。


「今のお話に出てきたパリサイ人の学者さんは、とてもまじめな方ですね。律法学者と言っても、決して悪い人たちじゃあない。でも、霊的に無知であるということは、困ったものです。今どき、人々の病気を癒して救って歩いているっていう学者さんや祭司さんはいますか? いないでしょう? 霊的に無知になっては、人は救えませんね。表面上は救えるかもしれませんけど、それは限りのある物質的な救いか、せいぜい心の救いでしょう。そうなると人々はますます憑霊される。世の中は不幸現象の充満界になる。こんな世の中になってしまったのは、誰のせいでしょうか? 今の宗教者は宗教屋ですよ。神様を生活の出汁だしにしている。これでは神様が上か人間が上か、分かったものじゃない」


 イェースズは顔を上げた。その視線の向こうに、神殿の丘の上の至聖所が曇り空に高くそびえているのが見える。


「あの神殿も荘厳にそびえていますけど、あれをどれだけ救世の場にしていますか? 村や町の会堂シナゴーグも同じです。こうなると私には、宗教なんてこの世の魔とさえ思えてくる。あの神殿で奉仕する人たちは、皆まじめです。でも、真剣であればあるだけかえって神様のお邪魔になっているということに、早く気付いてほしいものです」


 イェースズは視線を、再び群衆に戻した。


「エルサレムは、血に塗られた町ですね。そして今も、多くの人が私の話に耳を貸さない」


 イェースズの話が、ため息まじりになってきた。


「このままでは神殿もまた見捨てられ、破壊される時が来るでしょう」


 人々はまたざわめいた。イェースズは慌てて人々の前から消え、建物の後ろに隠れた。こみ上げてくる涙を、人々に見せたくなかったのだ。

 

 夕方近く、イェースズと使徒たちは城門を出た。


「オリーブ山に登ろう」


 イェースズがそう言いだしたので、使徒たちもそれに従った。丘を登りながら、ナタナエルが恐る恐るイェースズに尋ねた。


「さっき先生ラビは神殿が破壊されるなんておっしゃっていましたけど、それはあの神殿がただの形だけのものとなって、つまり形骸化してしまうということのたとえで言われたんですよね」


 ナタナエルはその発言の重大さに、恐れをなしているようだった。だから自分の希望的観測を、恐々とした態度で尋ねたのだろう。だがイェースズはそれにはうなっただけで、しばらく何かを考えているようなそぶりで黙って歩いていた。

 イェースズの霊眼ひがんには、この神殿が物質的に本当に破壊されるであろう光景が写っていた。しかもそれは、そんな遠い未来のことではないようだった。

 そればかりではなく、イェースズの霊眼には故郷のカペナウムやコラジン、ベツサイダまでもが無人の廃墟となってしまう未来の姿が映っている。

 やがてイェースズは、ナタナエルの方を見た。その時は、もういつもの笑顔だった。


「そうだよ。もののたとえだ。本来は黄金神殿であったソロモンの神殿が破壊されて以来、天地創造の神様をお祭り申し上げるところが地上のどこにもなくなってしまった。あの神殿も、破壊される」


 しかしこの時イェースズは、神殿というのが自分自身の肉体をも指すという意味合いをも暗に含めていたが、そこまで察することのできる人物は残念ながら十二人の中にはいなかった。


「でも、先生ラビ


 と、ピリポが口をはさんだ。


「祭司や律法学者がまじめに真剣にあの神殿で祈っているなら、心がこもっていて形式だけとは言えないんじゃないですか?」


「私が言っている形式とは、霊的な意味が伴っていないということだよ。心のレベルなら、心を込めて祈ればイワシの頭だって神殿になる。でも、そんなものに霊的意味があるかい?」


 オリーブ山は小高い丘だから、すぐに山頂に着く。しかも独立した丘ではなく、エルサレムを取り囲む丘陵と連なっている。山頂に立って振り返ると、手前の神殿をはじめ、エルサレム市街が一望できる。


「あらためてここから全体を見ると、城壁といい神殿といい見事な石ですね。それを積み上げてあれだけの神殿を造ったとは、形式とはいえたいしたものだ」


 と、アンドレが感嘆の声を上げた。

 ガリラヤ出身者の多いこの集団では、故郷にいたならめったに見ることのできない巨大な人造物なのだ。ほかの使徒たちも振り向いて、眼下に展開される壮大なパノラマに息をのんだ。

 折りしもその向こうに夕日が沈みかけていて、町全体が赤く燃えているように見えた。イェースズは一つ、ため息をついた。


「あの神殿も、全部破壊されてしまうんだ。一つの石も残らないくらいにね」


 あまりイェースズが同じことを言うので、さすがにそれが比喩ではないのかということを使徒たちも感じはじめたようで、


先生ラビ! 誰が神殿を破壊するんですか? ローマですか」


 と、シモンが血相を変え、語気を荒くしてイェースズに詰め寄るように言った。イェースズは笑顔の中にも、幾分翳りを見せた顔を神殿から離さずに答えた。


「ローマかもしれない。しかし、実際には神様が破壊される。正統と称して神殿を奉じている聖職者たちが目覚めない限り、神殿に象徴されるような伽藍宗教は、神様はことごとくつぶしてしまおうというのがそのみ意なのだ。へたをしたら全人類のほとんどが滅んでしまうような終末の世へと、神様は持っていかれるかもしれない」


「え?」


 と、何人かが声を上げた。イェースズは、使徒たちの方を見た。それは、いつにない厳しい表情だった。そんなイェースズの顔を、ペトロが恐々のぞきこんだ。


先生ラビ、そんな終末の世が来るんですか」


 イェースズはうなずいた。


「このままでは、避けられないだろう」


「いつですか?」


「じゃあ、そのことについて少し話すから、、みんな集まってきてくれ」


 イェースズはそう言うと、木々の葉のちょっと下の広場に移動し、その周りを使徒たちは円座となって座った。


聖書トーラーによると、これまで全人類が滅びたようなことはあったかい?」


「ノアの洪水ですね」


 と、ナタナエルが答える。彼らの知識はその程度だ。しかしイェースズは、人類史上そのような天変地異が過去に幾度となく起こっていることを知っている。だからイェースズは、厳かに口を開いた。


「これからも、同じような天変地異がある」


「でも先生ラビ


 と、トマスが口をはさんだ。


「ノアの洪水の後、神様はノアに、『もう二度とこのようなことはしない』とおっしゃったのではなかったでしたっけ?」


聖書トーラーは、正確に読みなさい。その時の神様のみ言葉は、『もう二度と洪水によって人々を滅ぼすようなことはしない』とおっしゃっているではないか」


「では、今度は洪水じゃないんですね? どんな前兆がありますか?」


 ヤコブが身を乗り出した。イェースズが口を開くと、ほかの使徒たちもまた、身を乗り出して聞き入った。


「その時が来たら、多くのものが自分こそは救世主だと名乗りだすだろうね。世界全体を巻き込むような戦争も、また激しくなる。そして食料不足が深刻になって、前にも言ったように終末の世には多くの人が一斉に地上に転生してくるから、人口は今の数百倍になる。それに大地震や火山の噴火もあるが、もっと恐ろしい浄化の火が霊的次元で魂を巻き込んでいく。そして浄化の霊的な炎による火の洗礼によって、地上は焼き尽くされる。そのへんのことは『エゼキエルの書』にも書いてある。もっとも今の学者さんたちは相当なこじつけをして、わけの分からない解説をつけているけどね」


 使徒たちは、目を見開いてイェースズの話を聞いていた。やがて日が没した。周りには彼らのほかは誰もいない。


「その時にはね、私の教えも福音として全世界に広まっているだろうね。ただ、私がいなくなったあとにこの教えがどのように広まっていくか、そこが気にかかる。それはもう、あなた方に託するよりほかにない」


 イェースズの言葉に、熱が入ってきた。


先生ラビ先生ラビはどこかへ行っておしまいになられるのですか?」


 と、またトマスが聞いた。


「分からない。だけども私が去ったなら、もう誰も私のもとへは来られないんだよ」


先生ラビ、どこに行っておしまいになられるんですか」


 トマスの問いは、叫びに近いような声になっていた。


「今はまだそのことは、あなた方には言えない。でも万が一本当に私がいなくなったら、あなた方一人一人が私の代理人となって教えを広めていかないといけないんだよ。それも、全世界にだ。一人一人が、その自覚をしっかりと持ってくれよ。そうでないと、モーセの教えが今は形骸化して神様のお邪魔にすらなっているけど、それと同じになってしまうだろう? それはモーセが悪いんじゃなくて、それを受け継いだ人々が悪かった。私の教えは、そんなふうになってほしくないんだ」


「でも私たちがいくらがんばっても、終末は来るんでしょう?」


 若いエレアザルの目は、しっかりと師を見据えていた。


「『ダニエルの書』のダニエルの預言にも、『荒らすべき、憎むべき者が聖所に立ち入ります』とある。私の教えの後継者がこのような『荒らすべき者』になってしまったら、神様は『定められた絶滅がその荒らすものの上に降りかかる』という状態に持っていかれるだろうね。自分は世を救うものだなどと称して、実は目的が金儲けや自分が権力を持つためだったとしたら、神様は一気に火の洗礼の大峠へと持っていかれる。もう、女のお腹の胎児にまで悪影響を及ぼすような、想像を絶する恐ろしい世の中になる。それが冬でないといいね。ただその時にだね、私の教えを正しく受け継いで、しっかりとした魂の自覚ができる人がいたとしたら、そのために神様は火の洗礼を少しでも短く、少しでも軽くして下さる」


 また一つ、イェースズはため息をついた。宵闇がどんどんと、あたりを包み始めていた。


「その時には、私の名によって多くの教会が全世界に建てられているだろう」


 それは単なる予測ではなく、はっきりとイェースズの霊眼ひがんに見えたことだった。


「そして私について書かれた書物を、教えの材料にしている。しかしモーセの律法を教えの材料にしている今の会堂シナゴーグと同じで、その教会が人々を惑わすなどということになっていないといいがな。私がいなくなった後、救世主を名乗る人が現れたとしても、軽々しくは信じちゃいけないよ。真の救世主は、そのわざで見分けられる。真の救世主が現れた時は、私もまた人々のもとに戻ってくるよ」


「え? いなくなるとか戻ってくるとか、どういうことなんですか?」


 ヤコブが、怪訝な顔をイェースズに向けた。


「戻ってくるというのはだね、多くの聖雄聖者といっしょに、終末の世には私も聖霊となって再臨するってことだよ。火の洗礼期も終わりに近づくと、太陽や月、そして星にも異変が起こる。その頃の世界は、戦乱に明け暮れるような状況になっている。この破壊された後のエルサレムの神殿の丘に異教徒異民族の寺院が建ち、多くの軍隊がエルサレムを包囲するようなことがあったらいよいよだと思った方がいい。だけどもう、戦争なんかしている場合ではなくなってくる。魚の時代も終わって水瓶を抱えた人が天の曲がり角を横切る時に、救世主メシアの光は東方の空に輝くんだ」


先生ラビ、そんなことが起こるのはいつですか?」


 と、ペトロが詰め寄った。イェースズは穏やかに言った。


「いつかは必ず来ることだけど、それがいつであるかは私にも分からないし、またいつなのかということには私は関心はないね。それが何年の何月何日だと言ったところで、何になる? それは、神様だけがご存じなんだ。ただ、いつそうなってもいいように、準備だけはしておくべきだね。ノアの時だって、誰もがあんな大洪水が起こるなんて夢にも思わずに、人々は安穏と暮らしていた。ソドムとゴモラのロトの時もそうだ。町が滅ぼされると聞かされても、ロトの妻は物質的な執着が断ち切れずに、結局は滅んだだろ。ロトの妻のことは、忘れないようにした方がいいね。だから、いつも目を覚ましていることだ」


「え? 寝ちゃいけないんですか?」


 小ユダが頓狂な声を挙げた。イェースズは優しく笑った。


「夜になっても寝てはいけないということではない。霊的に、という話だ。霊的に目を覚ましていれば、盗人ぬすっとが夜中に来ても分かる。いいかい、まことに真に言っておくけど、その『時』は盗人のようにやってくるよ。いちじくの枝が柔らかくなって葉が出れば夏も近いということが分かるように、霊的に覚醒していれば終末の世も天の時の到来も必ず察知できるはずだ」


 イェースズはそこまで言ってから、自分の心の中で「いちじくパグ」という言葉を反芻した。


 ――


 東のもとつ国の言葉が、彼の頭に蘇った。「イチジク」――「位置」「地軸」、そんな言葉も次々に頭に浮かんできた。


先生ラビ


 ヤコブの一声で、イェースズはわれに戻った。


「どうしてそんな恐ろしいことが起こるんですか? 神様がそんなことを人類にするなんて。やはり人類は神様に裁かれてしまうんですか?」


 イェースズはしばらく無言で考えた後、固唾を飲んで師の言葉を待つ使徒たちに言った。


「神様にも大いなるご計画があるんだ。これ以上のことは、今はまだあなた方には言えない。言うことは許されていない」


 あたりはもうだいぶ暗くなってきていることもあり、イェースズの声の小ささもあって、使徒たちはその輪を小さくした。


「やがて天の時が来るから、目を覚まして警戒していなさいということだけは、伝えなければならないだろうね。それは、ヨハネ師もかねがね人々に説いていたことだからね。人々に悔い改めを説いていたヨハネ師も、ある程度は来るべき時についてご存じだったんだな」


「でも、人々にいきなり言っても、理解しますかねえ?」


 と、小ヤコブが首をかしげた。


「人々には、このたとえ話で話してあげるといい」


 イェースズはかがめていた身を起こし、ひそひそ声もやめて普通の口調に戻った。


「ある家の主人が下僕しもべの一人を召使いの長とするなら、やはり忠実な下僕を選ぶだろうけど、ではどんな下僕が忠実な下僕だろうか」


「きちんと仕事をする下僕でしょう」


 と、アンドレが言った。イェースズは微笑んでうなずいた。


「そうだね。しかも、いつ主人が不意に帰ってきたとしても、いつもきちんと仕事をしているところが主人の目に入れば幸いだ。ところが主人の帰りが遅いことをいいことに仲間と博打ばくちを打ったり、飲み食いをして大騒ぎしていたら、突然主人が帰ってきてそんな様子を見て、その召使いを罰するだろう。それから慌てて取り繕っても遅いよね。それと同じだよ。いつ、予期しない思いがけない時に主人が帰ってきても大丈夫な状態にしておくのが、よい下僕だろ」


 もうかなり暗くなっており、本格的に夜に突入していた。小ヤコブが、ランプを取り出し、火をつけてイェースズのそばに置いた。ランプはパッと、使徒たちの顔を明るく照らした。


「おお、準備がいいなあ」


 イェースズが感嘆の声を上げた。小ヤコブは、はにかんで笑った。


「そういえば、こういう話もあるよ」


 イェースズはランプの炎を見つめながら、また話を続けた。


「婚礼の時に十人の娘が手にランプを持って、花婿を迎えに行ったんだ。そしたら花婿の到着が遅れてね、十人とも道端で居眠りをしてしまった。そして夜中に『さあ、花婿が来たぞ』ってことで立ち上がってみたら、みんなランプをつけっぱなしで寝てしまったものだから、十人ともランプの油が切れていたんだ。でもその中で半分の五人の娘はちゃんと予備の油を持っていたんだけど、あとの五人はそんな準備はしていなかった。そこで予備の油がある五人に分けてくれって頼んだんだけど、そんな余裕はないから町まで買いに行きなさいなんて言われて、仕方がないから油を買いに行ったんだ。そうこうしているうちに花婿が来て、油の予備を準備していた賢い五人の娘に迎えられて花婿は式場に入って、婚礼が始まった。で、さっきの油を買いに行った五人の娘があとからやっと式場に着いた時はすでに門は固く閉ざされていて、開けてくれって頼んだけど中は宴たけなわで、やっと出てきた主人は『おまえたちなんかどうでもいい』って言って開けてくれなかったんだ。これと同じように、世の終末はいつ来るか分からないけれど、いつ来てもいいように準備だけはしておくことが大切だ」


「はあ、なるほど」


 と、ペトロがうなずいた。


「これなら、人々にも分かりやすい」


「でもね」


 イェースズは笑いながら、ランプに照らされた十二人の顔を見た。


「今は夜の世、水の統治の世で、人々にははっきりと告げられないから、こういうたとえ話で話すしかないけど、あなた方も人々に告げるだけでなく、自分自身もちゃんと準備するようにね。とかく人々に告げる立場の人は、自分自身が疎かになりやすい。あなた方は今の世の人々よりもより多く神理を語られているし、極秘の教えまで明かされている。主人の不在時に同じように仕事をサボっていた下僕でも、主人の心を知らないで遊んでいたものと、主人の心を知っていながらそれでも遊んでいたものとは、どっちが重く罰せられるか考えてみたらいい。神理を聞いて実践しないものは、神理を聞かされていないものよりも救われるのは難しいよ。自分が実践していないことを上手に受け売りして人々に伝えても、波動が伝わらないから人々を改心させることはできない」


「でも、先生ラビ。それなら、知らなかった方がよかったってことになりませんか?」


 トマスの問いに、イェースズはまた少し笑った。


「それは違う。例えば人を殺すのはいけないと知っていて殺すのと、いけないんだということを知らないで殺すのとでは、知っていて殺した方が普通は重く罰せられるよね。でも、よく考えて見てごらん。人を殺すのはいけないことだと知らないで平気で人を殺す方が、恐いと思うだろう?」


 使徒たちは感心してうなずき合った。


「あなたがたは人々よりより多く与えられているんだから、やはり幸福だよ。それだけ御神縁が深い証拠だ。でも、多く与えられたら多く要求されるということも、覚えておかないといけない。厳しいことを言うようだけどね、もし人々が救われなかったら、神理を告げられたのに伝えなかったあなた方の責任だよ」


 ひえーっというようなしぐさで、小ユダが首をすくめた。それを見て何人かが笑い、その笑いの中にイェースズもいた。


「いつも言うように、人が神様に祈るように、神様にも人々に対する祈りがある。それを汲み取ることだね。あなた方はみんな神の子で、一人一人が神様にとってかけがえのない存在だ。だから、より多くの恵みを与えられている。でも、『ああ、与えられた。ありがたい』で終わっていいのかな?」


「やはり、感謝で報いていかないといけないでしょう」


 と、エレアザルが言った。


「さすがだ、エレアザル。では、今度はあなた方のために一つのたとえ話をしよう。ある主人が三人の下僕に財産を預けて、旅に出た。一人は五タラント、一人は二タラント、そしてもう一人は一タラントだった。そして主人が旅から帰ってくると、三人の下僕はこのように言った。まず、五タラント預かったものは、それを元手にさらに五タラントもうけましたって。二タラント預かった人も、やはりその二タラントを元手にもう二タラントもうけたって。ところが一タラント預かったものは、いくら増やすための商売だからと言って、そこに主人から預かっているお金をつぎ込むなんて言語道断だと思ったとかで、その一タラントをなくさないように土に埋めていたということだった。つまり、自分がいちばん主人に忠実だと思っていたようだけど、ところがそれを聞いた主人は怒ってね、『なんて、怠け者だ。それならせめて銀行に預けておけば利子もついただろうに』と、その男の財産を全部取り上げてしまったんだよ」


 使徒たちは皆、驚いたように怪訝な顔をした。イェースズはかまわず話し続けた。


「いいかい、与えられただけでそのままにしておいたら、それは与えられっぱなしということで神盗人かみぬすっとになってしまう。このタラントは、才能のことだと考えてもいい。神様から頂いた才能を十分に活用してそれを倍にしてお返しするくらいでなくちゃ、与えられているものも取り上げられてしまうよ。何のために与えたのかってことでね。神様は絶対他力だ。そのお方を無視して、与えられた力を自分の力だと慢心して神様をないがしろにするのもよくないけど、逆に与えられた自力を生かすこともなしに神様という他力にただただ頼っているだけなのも考えものだね。絶対なる他力に創られ、生かされ育まれているということを十分に認識した上で、その他力によって与えられた自力で精進するというのがコツなんじゃないかなと思う」


先生ラビ、一つお聞きしてもいいですか?」


 ヤコブが、小さく手を挙げた。


「いいよ。なんだい?」


「私たちはその終末の時までに、どうやって与えられた恵みを倍にしていけばいいんですか?」


「前に律法学者と話していた時にも出たけれど、律法の中でいちばん大事な掟は心をこめて神様を愛することと、自分と同じく神の子であるすべての隣人を愛すること、この二つだってことになったよね。これだよ。世の終わり、火の洗礼を乗り越えて救われる人と救われない人を左右に分けた時、神様は救われる人々にはこうおっしゃるだろう。『あなた方は私が飢えている時には食べさせてくれて、のどが渇いている時には水をくれた。旅をしている時には宿を貸してくれて、寒さに凍えている時には着る物をくれた』ってね。でも、いくらなんでも神様に食べ物を与えるなんて、そんなことをしたなんて覚えがある人はいないだろう? そこで神様は、こうおっしゃるだろうね。『あなた方が飢えている人、のどが渇く人、旅人、寒さに震える人にしてあげた善徳は、すべて私にしてくれたことと同じだよ。なぜなら、そういった人たちもみんな私の大事な子供なんだから』って」


 使徒の何人かは、まだ小首をかしげていた。


「いいかい。まだよく分からない人がいるようだけど、すべての人類は、神の子なんだ。その神の子であるすべての人を愛さなかったとしたら、その創り主である神様をも愛していないということになるじゃないか。だから、すべての隣人を愛さなければいけない。本当は見ず知らずの人をも含めて、全世界全人類を愛さなければいけないんだけど、せめてもということで自分のいちばん身近な隣人を愛しなさいって、神様はそうおっしゃっている。つまり、愛するってことは、救わせて頂くってことだよ。これは、宇宙の大法則だ。決して道徳とか倫理ではない。利他愛の想念で生きる時、天国はあなた方の中にある。同じ親神様の子で、だから自分にとっては兄弟に当たるすべての人を愛さないのなら、神の子を愛さないということで、すなわち神様がお喜びにならない。人類の愛和一体ということは、このように霊的に重大な意味がある。火の洗礼を乗り越えられない人っていうのは、利他愛を隣人に与えず、自分さえよければいいという自己中心の自利愛に生きた人だ。そういった人々には、神様はこうおっしゃるだろう。『あなた方は私が飢えている時も食べさせてくれなかったし、着物も与えてくれなかった。自分の利得以外のことは何もしなかったではないか』ってね。みんな一人一人、どんなに神様に愛され、その大愛の中で生かされているかってことについて考えてごらん。そんなに与えられている自分だから、今度は与える側に回ろうと思うのは、それこそ究極の人のミチじゃないかな」


 夜もかなり更けていた。これからベタニヤに帰るには、道は遠すぎる。だからといってここでの野宿は、風が冷たい。


「この世は終わる。でも、私が伝えた教えは決して滅びることはない。祈ろう」


 と、イェースズは言った。朝まで祈り続けよと言うのだ。使徒たちはそれに従った。

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