非対称型サバイバル⑥
その男性はオールバックにビシッと決まったスーツ姿をしており、いかにもできるサラリーマンといった風貌だった。
彼はこの異常は世界にも物怖じせず、しばらく僕と話していた。
そこで僕は彼について様々なことを聞いた。
彼の名前が
彼はこんな状況に陥りながらも懸命に生きようとしていた。
僕なら昨日のように助けることができると思った。
だからこそ油断してしまったのかもしれない。
そんな風に御志田さんと話していると彼の後ろからそれは現れた。
昨日まで、この狂った世界に迷い込んだ人々を襲っていたもののことを、僕は怪物と表現していたが、彼の後ろに立ってたそれは怪物という言葉だけで言い表すことはできない。
人の形を模しているが、その蠢く体に人間の身体と一致する要素は一つとしてなかった。
体はまるで砂のように流動する黒い粒子で構成されていた。
目や口にあたる部分は粒子の凹凸によって顔が表現されているだけで、粒子以外の構成要素は無いように見える。
僕にはそれが人間から抜け出た意思の塊に見えた。
とびきりの悪意の塊——『唯一の
『唯一の恣意』はまるで人間が歩くように御志田さんへ近づいてきた。
御志田さんを殺すつもりなのだろう。
もちろん、僕はそんなことを見過ごすつもりは無く、一万円の課金ボタンを押した。
再び『
しかし、その弾丸は全て『唯一の恣意』の体をすり抜けるばかりで、その歩みを止めることはできない。
『唯一の恣意』は御志田さんの体を掴むと、その見た目からは想像できない握力で御志田さんの手足の骨を折っていく。
「ぐああぁぁぁ!た、助けてくれ!」
御志田さんは必死に抵抗するが流動する体を虚しくかき回すだけで、逃れることができない。
初めのうちは痛みに叫んでいたが、次第に弱弱しくうめくことしかできなくなっていった。
パソコンの画面にはすでに「助けますか?」の選択肢は無く、僕には彼が動かなくなる様を見ていることしかできなかった。
御志田さんが死んだ原因はわかっている。
「助けますか?」という課金画面、そこには三つの選択肢があった。
僕は昨日今日と、一番低い金額の一万円を選んだ。
おそらくもっと高い金額を選んでいればこんなことにはならなかっただろう。
この金額による差のことは、なんとなく想像はついていた。
正直に言うと初めから直感的に使い方はわかっていたのだ。
一万円で『
自分でもなぜだかわからないが、声を聞いたあの日からこうなることは知っていた気がする。
にもかかわらず、僕は命がかかっているとわかっていながら、確実な方法をとらなかったのだ。
尼崎さんのときも、僕が課金すれば助けることができると知っていた。
今回だって一万円では足りないことが容易に想像できた。
僕はいったい何をやっているんだ。
助けると決めて、助けることができるとわかってもなお、なぜ実行できないんだ。
「あぁ~あ。やっぱ男はダメだな。煮ても焼いても楽しさが足りないや。」
不意に聞こえたその声に、僕は聞き覚えがあった。
昨日、僕が初めて人の命を救えた日、蠢く怪物の方からかすかに聞こえてきた声と全く同じものだった。
無力感から俯いていた顔を上げると、御志田さんを殺した流体が、こちらを覗き込んでいた。
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