非対称型サバイバル⑤

「うぉ…ぐぉおえぇぇぁ。はぁ…はぁ…」

残酷な事実が判明した後、僕は胃の中が空になるまで吐き続けた。

胃の中が空になっても吐き続けた。

二人の人間を見殺しにした事実、彼女たちが体験したであろう恐怖と絶望、自らの無能と浅はかさと愚かさを心に留めておくことができなかったのだ。

だが、僕は浅はかで無能であっても決して無力ではない。

彼女たちを救う力はあったはずだ。

おそらくこの事件はまだ終わらない。

また、必ず誰かがあの悪意の塊の被害を受けるはずだ。


「今度は、今度こそは見逃さない。絶対に救ってやる」


次の日、僕はバイトを休んで朝から悪質なアプリを起動したパソコンに張り付いていた。

そして、午後六時頃、予想通り画面の中に一人の少女が映りこんだ。

歳は前の二人より少し下だろうか、小柄で大人しそうな彼女の酷く怯えた表情は、明らかにこの風景以外にも恐怖の原因があることを予見させた。

「こっちへ来るんだ!君を助けたい!」

僕は画面の中の少女へ向かって叫んだ。

それに気づいた彼女はとても驚いた様子で一度周りを確認すると、僕の方へ向かって走りだした。

直後、丘の影からあの忌まわしい怪物が姿を現す。

この二日間、僕は助けを呼ぶ声を見逃し、そのせいで彼女たちは死んでいった。

けれど、僕は『見逃した自分が一番悪い』なんて思わないぞ。

「確かに僕はチャンスを逃したクソ野郎だ。だがどう考えても、俺よりも、根本的に、一番悪いのはお前だ!怪物野郎!」

『助けますか?』と書かれた選択肢の一番上、一万円ボタンを押すと同時に画面内の地面から現れたそれらは、この世界の異様さには似つかわしくない、まったく別の異様さを持った、無機質な『機関銃軍団ガンズ』だった。


機関銃軍団ガンズ』は忌まわしい怪物に銃口を向けると、重々しい発砲音と共に怪物を一瞬にしてミンチにする。

あれだけ啖呵を切っておいて助けられなかったらどうしよう、なんて考えていた自分があほらしくなってしまうような銃撃だった。

どうやら本当に僕は彼女たちを救うことが可能だったらしい。

僕と同じように呆然としていた少女は、我に返って僕にお礼を言うとだんだん姿が薄くなっていき、消えてしまった。

これで無事に戻れたのだろうか。

怪物は倒したからもう犠牲者が出ることも無いのだろうか。

「とりあえず、仇は取れたことだし今日のところは良しとするか。」

今まで通りなら画面の中に取り込まれるのは一日一人だけのようだし、二十四時間パソコンに張り付いているわけにもいかないので、今日はもう終ろう。


「・・えか・・・し・・て・・・さねぇ」

その声は、もう何物もいないはずの画面の中から聞こえてきた。

画面の中を覗き込むと、怪物の死体が未練がましくうごめいていた。

機関銃軍団ガンズ』の一斉掃射によって蜂の巣にされた怪物には、目や口にあたる器官は確認できなかったが、は明らかに僕に向けて強い敵意と悪意を持った視線と言葉を放っていた。

不謹慎なんだろうが、僕はその怪物の「声」を聴いたことで怪物の人間性に恐怖し、同時に少しだけ、ほんの少しだけ…安心してしまった。


次の日、画面の中にはスーツを着た成人男性が立っていた。

そしてその男性は殺された。

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