非対称型サバイバル④

次の日の夜、バイトから帰ってきて早速ウイルス対策ソフトをダウンロードしてやろう、とパソコンを立ち上げた。

パソコンを立ち上げると同時に例の悪質なウィンドウが開かれたが、昨日あれだけ摩訶不思議な映像を見せられた僕は今更勝手にウィンドウが開く程度では驚かない。

僕はすぐにウィンドウを閉じようとマウスを動かした。

しかし、×ボタンを押す直前に僕の手は止まった。

画面の端、木とは思えない木の根元にあるものに気が付いたからだ。

それを目にした瞬間僕は強い嫌悪感でいっぱいになる。

その生々しさに目がくらみ、心の中には昨日見た怪物の醜い姿が浮かび上がった。


そこには昨日のうちに起きたであろう惨状の一部が見切れるようにして映っていた。

人間の構造とは異なった方向へ向いている手足と、赤黒くひしゃげたそれらの持ち主がこちらを見るようにして倒れていた。

その顔は絶望で真っ黒に塗りつぶされていた。

最悪の気分だった。

現実でないとわかっていてもどうしても罪悪感を覚えてしまう。

さらに、画面の奥、大自然の丘の上には昨日の女子とは別の女の子が立っていた。

歳は昨日の子と同じくらいだろうか、ショートカットにいかにも体育会系といった清涼感のある女の子は、丘の上から周りの自然を興味深そうに眺めていた。

しかし、僕はもうこれ以上この悪質な詐欺アプリに関わるつもりは無く、その女子がこちらに気づく前にウィンドウを閉じてしまった。

それが最善だと判断したからだ。


僕はその後すぐに他に同じ詐欺の被害にあっている人がいないかネットで調べた。

ここまでインパクトのある詐欺なら必ずネットで話題になっているはずだ。

だが、一日かけてもこの悪質な詐欺の情報は全く見つからず、時間を無駄につぶしただけだった。

とんだ徒労だった。

まるで僕だけしかこのアプリケーションを知らないかのように、誰一人として話題にもしていないのである。

とりあえず、アプリの対処法はまた明日調べることにして、僕はもう寝ようと思いながら何気なくニュースサイトを見ていた。

そこで僕はある記事を見つけ、あの最悪の画面を見たとき以上の衝撃を受けた。


記事の内容は殺人事件があったというものだ。

殺人事件なんてさほど珍しくも無い、とまでは言わないが普段の僕なら絶対に見逃しそうなその記事に僕の心は大きくざわめく。

その事件の被害者――尼崎あまさき賀古かこ(十五歳)の顔写真が昨日画面の中で見たあの女子高生と瓜二つなのだ。

路上で死体を見つけた人は、あまりの傷の酷さから初めは人の死体とは気づかなかったのだと報道されていた。

僕にはその死体の様子を想像することが難しくはなかった。

まさか昨日見た、この世のものとは思えない光景は、実はこの世のものだったのか?

そして僕はたった一万円ぽっちのために救える命を見逃したのか?

いや、まだそうと決まったわけではない…と、思いたい。

きっと「何らかの偶然」がいくつも重なっただけだけだ。

僕は散乱する思考を落ち着かせ、画面に視線を移し、初めて自分の意志で例のアプリを起動した。

ウィンドウは不気味なほど静かだった。

丘の上にいた女子高生も見当たらず、伸縮する木々の音だけがスピーカーから聞こえてきた。

その静けさに僕の不安がより一層掻き立てられる。

そして、事実「偶然に偶然が」重なったのだろう、次に僕がニュースサイトを見たとき、速報の記事が追加されていた。

内容はこれまた「偶然」、またしても女子高生が殺害されたそうだ。

桐月きりつき喜美きみ(十六歳)――ニュースサイトにはまだ顔写真は無かったが、掲示板にはすでに卒業アルバムの写真が広まっていた。

その顔は「偶然にも」先ほど画面の中で見た女子高生と酷似していた。


僕は確信した。

これは決して「偶然」ではない。

どうやって、何のためなのかはわからないが、彼女たちはこの画面の中で、あの怪物に殺されたのだ。

必死に助けを求めたにも関わらず、見捨てられて殺されたのだ。

見殺しにしたのだ。

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