非対称型サバイバル③
その怪物の姿は僕が今まで見たどんな生物とも異なっていた。
表面は赤黒く、鈍く光を反射する様子から少し湿っていることが伺える。
顔や体を思わせる部位は見当たらず、中心と思われる部分から長さ三メートル、直径四十センチ程の触手が全方向に向かって伸びていた。
触手は中間で折れ曲がっており、先端に向かって円錐状に緩やかに細くなっていた。
しかし、細くなった触手の先端は歪な台形になっており、その底辺からさらに五本の小さな触手は生えていた。
無数の触手の下半分は体を支えるため上のものより太く筋肉質になり、穢れた大地をさらに醜く染め上げていた。
僕はその光景のあまりのリアリティに、パソコンに映し出された映像であることを忘れ、僕の目に映りこんだ存在――パソコンの画面上に映し出された『多触の
さらに、僕は目を背けたくなるような存在をまざまざと見てしまったことで、自らの持つ嫌悪感の知りたくもない正体に気が付く。
なぜ僕はこの怪物を今まで見たことのない生物だと思ってしまったのか。
これが生物であることなんて他の生命体に対する冒涜であり、あってはならないことだと、まずそう考えるべきだ。
しかし、僕はすぐにこの怪物が生物であること、もしくは地球上の生物を模して生まれたものであると考えてしまった。
なぜなら僕は、僕が見たその怪物――『多触の晃』の嫌悪すべき触手たちが漠然と、なんとなく、人間の四肢と酷似していると、そんな冒涜的な考えを持ってしまったからだ。
これが彼女の恐怖を駆り立てたものの正体なのだと、疑念を挟む余地もなく僕は理解した。
怪物は少女の走っていった方へ向かう。
「まさか、助けろってあの怪物から助けろってことか?無理無理無理!あんなのどうしようもないだろ。そもそも僕は見てるだけで何もでき・・・?」
気が付いてしまった。
この非現実的な光景を見せつけられている間に、いつの間にかウィンドウの下に新しい項目が出ていた。
なるほど確かに現実的で、この世の理を体現したといっても過言ではないその画面には、「助けますか?」という文字と共に現代人の僕には見慣れた選択肢が提示されていた。
僕は気づく、ハッとする、一気に現実に引き戻された気分だ。
身に覚えのないウィンドウに、感情に訴えかける映像、そしてトドメに見慣れた選択肢――上から一万円、三万円、五万円と書かれたそれは、スマホアプリなどでよく見かける入金画面だった。
「詐欺じゃん!」
なんて悪趣味な詐欺だ。
危うく騙されるところだった。
僕はウィンドウを閉じて、早々にパソコンをシャットダウンした。
今日のところはもうパソコンは使わず、他のことでもして時間を潰そう。
そして、明日になったらすぐウイルス対策ソフトを新調しよう。
そう決めて僕はパソコンから離れた。
しかし結局、その日は一日中あの女子高生の助けを呼ぶ声と怪物の陰湿な笑い声が頭の中から離れなかった。
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