非対称型サバイバル②

黒髪を肩まで伸ばした女子高生は、震える体を抑えながら恐る恐るといった足つきで画面手前に向かって歩いて来ていた。

彼女の着ている学生服がこの異常な景色をなおさら異質なものに見せ、今見ている映像への一種の不気味な印象を僕に植え付ける。

僕は彼女が近づいてくるにつれ、異常なものに囲まれた普通であるはずの女子高生が、周囲の異常性に浸食されていることに気づかされた。

どうやら彼女は靴を履いていないようで、靴を履いていたと思っていたその足は、ニーソックスの上からでもわかる程痛々しく傷を負っていた、。

画面に映る景色は、芝生のような草が生い茂っているので裸足で歩いても問題ないように見えるが、彼女の足は荒廃した岩場を走りまわったように傷だらけだ。

さらに、ボロボロなのはニーソックスだけではなく、学生服もいたるところが裂けており、その一部分――左の袖口とスカートの先は木や岩に掛けて裂けたというより、何者かに破られたという傷のつき方をしていた。

モデルのように美人であることが見て取れる顔も、影も無いほどの恐怖と憔悴の表情で歪んでしまっていた。


不穏な女子高生はしばらく歩くと不意にこちらを見た。

正確にはこちらというよりもこの映像を撮っているカメラを見たのだろう、彼女のあてもない歩みは明確な目標を持ったものに変わり、速まった歩調のまま画面に迫った。

「こっちが見えているんでしょう?お願い、助けて!あいつをどうにかして!」

不穏だった女子高生は涙を浮かべて、おそらくカメラがあるであろう場所を叩き必死に懇願してきた。

さらに続けて彼女は助けを求める。

「ねぇ、お願い無視しないで、パーマのお兄さん!あなたならあいつをやっつけられるんでしょう?あいつ倒して私を家に帰してよ!」

彼女の言葉に僕は寒心する。

恐怖の原因は、この景色、そしてその姿、表情とセリフから想定される典型的で危険な彼女の現状ではない。

今時、核戦争によって現代社会が崩壊する映画を見て、明日にも現実に戦争が起こるかもしれない、と想像を膨らませることはあっても、実際に核シェルターを用意する人はいないのだ。

僕が驚いたのは彼女が僕の髪形に言及したことだ。

もちろん、僕が気にしているこのパーマヘアのことを言われたからという意味ではない。

パーマのことは全然気にしていない、ほんとに。

本当に危惧すべきことは、助けを求めてきた彼女が正確に僕の目に視線を合わせ、僕の髪型の特徴を捉えた発言をしたことだ、僕のパソコンにはカメラが付いていないのにも関わらず。

とすると、カメラではなくあちらにもパソコンか何かが置かれているのだろうか?こんな自然のまっ只中に?と、この場合そんな予想はナンセンスだろう。

カメラ無しになぜ僕の姿がわかるというのだ。


僕が黙ったまま思考を巡らせていると、少女がこちらから目をそらした。

途端、彼女の顔は急激に青ざめ、叫び声をあげながら走り去ってしまった。

彼女が何を見たのか、それを考える時間を必要とせず、疑問の答えが画面の中を横切る。

これまでウィンドウの中に想像の産物と呼べる異常な光景を見てきたが、僕は今画面に映し出されたを何者かの想像の産物だとは決して思いたくない。


怪物、化物、鬼物きぶつ、そうとしか言い表すことのできないは、ゆっくりと女子高生の後を追いかける。

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