非対称型サバイバル①

次の日はバイトが休みだったので一日中ネットの掲示板にかじりついていた。

そうしているうちに突然、勝手に知らないウィンドウが開いた。

「何か怪しいリンクでも踏んだか?」

普通このような場合はすぐにでも予期せぬウィンドウを閉じるべきだ。

世の中にはサイトにアクセスするだけで感染するタイプのコンピュータウイルスもあるというし、そうでなくても勝手に出てくるやつにいいものは無い。

ところが僕は、すぐに模範的な行動をとることができなかった。

ウィンドウの中に広がる風景を見て、まるで美術館で運命的な絵画に出会った時のように、僕の手は固まってしまったのだ。

穏やかな日差しに照らしだされた自然風景は今までに見たことが無いほど美しかった。


その場所は丘のようになっていて、遠くにはビル二十階分はあろうかという崖がそびえ立ち、その頂点からは細い滝が流れていた。

滝つぼは丘に隠れて見えないが、水しぶきも見えないことから、画面に映っていないだけで滝つぼはまだまだ深い場所にあるようだ。

丘の上にはまばらに木が生えており、それらは杉の木のように見えるが名前まではわからない。

そもそも、僕は別に木の種類に詳しくなく、青い木で見分けがつけられるのなんか杉か銀杏の木ぐらいだ。

だが、その木の種類がわからないのは、僕が植物に詳しくないことだけが理由ではないと言えるだろう。

その木は大きな幹が真っすぐと伸びてはいるが、その枝はカメレオンの舌のようだと言えばわかるだろうか、実物ではなく漫画とかでよく見る渦巻いた舌だ。

その木の枝はゆっくりと、枝の上に乗った何かを包み込むようにと幹に向かって渦巻いていた。

例えを出すなら同じ植物であるゼンマイ草の方が良かっただろうか?

だが、ゼンマイ草では少しイメージに違いが出てしまうだろう。

なぜなら、ゼンマイ草の渦は広がったり閉じたりしないが、正体不明の木々の枝はゆっくりと動いているからだ。

風で木の葉が揺れるように不規則にそれぞれの枝が伸縮しているのだ。

僕の持っていた曖昧な違和感が確信に変わる。

この映し出されている景色の中の自然は僕の知っているものとは全く異なるのだ。

自然も大地もそして空さえも、得体の知れない静かなる悪意に満たされているように感じた。


そんなあり得ない植物が生えているのに、なぜかその風景には妙な説得力があり、僕はまるで現実にこの画面の中の世界が実在しているのではないかとあてもない想像を膨らませてしまう。

僕が知らないだけでこの世界のどこか、もしくは僕の知らない世界の光景が僕のパソコン上に映っているのではないかと。

しかし、そんな疑念はすぐに振り払う。

こんな世界は存在しない、なぜそう言い切れるのかなんて説明する必要もないだろう。

そう自分に言い聞かせているとき、画面の中に動く影が見えた。

もちろん動いているのはあの不気味な枝などではなく、影は景色の奥からこちら側に向かって歩いていた。

木々を避けながら段々と近づいてくるその影の正体を僕はやっとのことでとらえることができる。

その影は何の変哲もないただの女子高生だった。

普通の女子高生が普通でない景色の中をゆっくりと、息を殺して歩いていた。

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