第7話

 エス博士は椅子に腰掛け、その正面に立つエム子を見上げながら質問をしていく。それに対し、エム子は質問されたことの一つ一つに対して説明を加えながら答えていく。

 先の反省からエム子の自由に説明をさせると、むしろ逆に訳が分からなくなることを理解したエス博士は、まずはわかりやすそうなところから質問を始めることにした。

 先ほどエム子が披露した情報の羅列もまったくの無意味ではなく、関係のないように見える事象も実はちゃんと一つながりとなっているに違いない。ならばどこから聞いても恐らく最終的には全貌にたどり着ける。エス博士はそう予感していた。


「あの首相は何だったんだ? 人間ではなさそうだったが」

「アレは地球外から来た群体生命体が、人間に擬態したモノです」

「ぐ、ぐんたい? 軍隊……いや群体か。ということは、あ、あれだな……」

 エス博士は遠い日の学生時分の頃を思い出す。生物学の講義で聞きかじっただけの、なけなしの知識を全力で絞り出して、なんとか

「サンゴとかイソギンチャクとか、そういうやつだよな?」

 と口にする。

 しばしの沈黙のあと、エム子は何かを察し「群体とはですネ」と説明を加える。

 傍から見ればその様子は、まるでエス博士の方が学生で、エム子から個人的に講義を受けているようにも見える。


 ここで極めて大雑把にではあるが、群体についての説明をしておく。群体とは、本来なら個々の生命体として独立したものであるにもかかわらず、その個々がまとまり、密集などして全体として一つの大きな個体のような姿をあらわすものである。たとえばエス博士が言ったようなサンゴやイソギンチャクもそうである。


 エム子の説明するところによれば、この地球外来生命体は他の生物に取り付き、その生物を栄養として吸収する。その際に、その生物の外見をはじめ体組織や構造、内部器官まで群体としてコピーし、その擬態元となる生命体と同等の能力を疑似的にとはいえ獲得することができるらしい。

 たとえば人間をその擬態元とした場合、その人間の脳をコピーし擬態することで、その脳が持つ知識を獲得できるのだという。ただしこれは疑似的なものであって、個々の個体そのものに知性はないし、知性を獲得したわけでもない。これは人間の脳にしても同じことが言えるかもしれない。脳に様々な情報が詰まっているからといって、脳細胞一つ一つに知性が詰まっているわけではない。

 エス博士はこの地球外来群体生命体を《worm:ワーム》と名付けることにした。そしてこの国の首相やその周囲にいたSPたちはいつからそうだったのか不明だが、この地球外来群体生命体ワームであった。


「ん~~? なんでそんなに詳しいんだ? あいつらの生態については、どうやって調べたんだ?」

「インターネットで調べマした」

「……」

 エス博士は頭を抱えた。


 よくよく訊くと、エム子にも最初は地球外来生命体がこの国に入り込んでいる、というところまでしか情報はなかったらしい。また、この地球外来生命体を人間として判定するか否かという判断は保留状態にあったという。その後、各地の監視カメラのコントロールを拝借して、観察を続けた結果、その地球外来生命体は群体生命体であるという結論に至った。そしてエム子は人間の定義をデータベースから参照し、地球外来群体生命体ワームは人間 《ホモ=サピエンス》にはあたらないと判断した、ということだった。


「首相が人間じゃなかったってことはわかった」

 が、それが私とどう関係があるというんだ? どう危険だと? という問いには行きたくてもまだ行けない。ここでその質問はおそらく飛躍した回答が返ってくる。エス博士は慎重に一つずつ、順番に説明させようと誘導する。


「なぜ殺す必要があった?」

 と問いかけることにした。

「議員の汚職疑惑は工作されたモノ。様々な情報から、ワタシはそう類推しマした。そしてその工作の手引きヲしたのが、首相ワームだと結論しマした」

 エス博士にとって、政治家なんぞ代わりがいくらでもいる者のことも政治の裏のこともどうでもよかった。問題は首相ワームと自分がどこでつながるのか、であった。


「それで?」

「コノ疑惑の議員が追及しようとシテいた件というのが、首相ワームが利権絡みで新規設立しようとシテいたロボット研究開発機関です。様々な情報から、すでにこの首相なるモノが地球外来生命体でアルことは推定済み事項。ただしこの段階において、この地球外来生命体ヲ人間として判定するか否かという判断を保留中」

「知らなかったとはいえ、何かとんでもないところに私は就職希望してたってことか」

「当該機関への所属を希望されル場合の、効果的かつ最適手段はワタシ本体、あるいはワタシに関するレポートの提出など、です」

「だろうなぁ」

「所属した場合の想定しうル危険について。一、首相なるモノを『人間』と想定した場合の件数……」

「あー、もういいぞ。聞きたくない」

 仮に首相が人間だったとしても、そんな機関で下手に出世しようものなら汚職が露見した場合……いや、今はもうそんな「もしも首相が人間だったら」なんて生易しい話ではないな、とエス博士は思い直す。


 最悪のシナリオがいくつあるのかわからなくても、現状から一つ思いつくだけでエス博士には十分だった。

 エス博士が擬態元とされ、その後ロボットのプラグラムに組み込まれた三原則のうち「人間」の記述を「地球外来群体生命体ワーム」に書き換えられれば、それはもう……。


 椅子の背もたれに体重をあずけたまま、ボーっとしてエス博士はエム子を眺める。

 あの日、振り向いた時、エム子はそこにいた。いつから? どのくらいいた? いずれそう長い時間ではなかったはずだ。そのわずかな時間で今日までのすべてを計画していたというのか?

 そう考えると、エス博士は今さらながら戦慄するしかなかった。

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